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「……ぁ」
「……ッ、目覚めましたか。グランツ・グロリアスさん」
「…………ブリリアント卿」
フッと微笑んだ彼は、いつもと変わらぬ笑顔で俺を見る。薄い笑みの裏に何かが隠されているのではないかと疑ってしまうのは悪い癖だと思った。俺は、俺しか信じていなかったから、誰かに頼ることもなくて、そうやって、自分に優しくしてくれる人の好意に素直に甘えることが出来ずにいた。
(生きて……いる)
死闘の末、生き延びた。生き延びた、と言う言い方があっているようには思えないが、兎に角、生きている。身体の傷は完治しているようで、かなり長い時間眠っていたことがわかった。何も覚えていない。
ただ、ブリリアント卿とは対峙したし、同じくエトワール様の護衛であるアルバにも剣を向けた。違う、俺はエトワール様自身にも剣を向けて、彼女の護衛を自ら降りたんだ。
(馬鹿げている)
他人に対してではなく、自分に対しての言葉だった。馬鹿げていると。自分の行動が、どれだけの人に迷惑をかけ、傷付けたか。そして、自分が愛して敬愛も親愛も、そして恋愛も全て含めて、俺の全ての愛を捧げてきた彼女に対して、最悪の裏切りをしてしまって。
俺は取り返しのつかないところまで来てしまっていた。
なのに、どうして、ブリリアント卿は、俺に優しくするのだろうかと。それが、怖くて仕方なかった。何も信じられない自分が嫌だった。信じず生きると決めたときから、その気持ちは捨てたはずなのに。
「ブリリアント卿は……」
「はい」
「何故、俺に優しくするんですか。手当てして、くださっていたんですよね。俺が眠っている間ずっと」
俺が、聞けば、また彼は困ったような表情を浮べる。親が、子供の無鉄砲ぶり差を心配するような、そんな目に、少しだけ不快感を覚える。確かに、ブリリアント卿の方が年上で、彼の知識や経験の豊富さは知っている。彼が、秘密主義で、隠し事が好きな人間であると知った上でも、彼は信頼できる人間であると分かっているから。だからこそ、その間に出来た壁のようなものを取っ払えずにいるのかも知れない。俺は、彼に甘えているところが実査いないわけでは無いから。
ブリリアント卿は、少し、悩んだ素振りを見せた後、俺に視線を戻した。アメジストの瞳は、部屋の照明を受けて輝いている。暗闇の中に輝く美しさ、が彼の本来の輝きなのかも知れない。同じ、光魔法を使うものだとしても、何となく、彼は俺と違うな、とそして、ブリリアント卿は少し異質だなと思う。
「理由は沢山あります。僕が、個人的に心配していたという理由もありますが、一番はエトワール様ですかね」
「エトワール様……」
「はい。貴方が眠っている間、ほぼ毎日ここを訪れていましたし。貴方が亡くなって一番に悲しむのはエトワール様でしょうから」
と、ブリリアント卿はいうと目を伏せた。
本当にそうなのだろうか。と俺の胸に疑問の影が差す。俺は、エトワール様を裏切るような形で、彼女の前から姿をくらまし、そして、敵になって、彼女に剣を向けた。そんな彼女が、俺が死んで悲しむのだろうかと。
ブリリアント卿のいっていることが全て嘘という風には聞えない。でも、エトワール様は全てを許してくれるほど寛大な方ではなかったはずなのだ。俺も初めは寛大な方だと思っていた。けれど、彼女は間違っていることは、間違っていると言えるほど強い人で、正しさを教えてくれる光、星なのだ。だから、彼女が俺を許すなんてこと……
(俺は、もしかして、まだエトワール様のことを理解できていない?)
ブリリアント卿からしか見えないエトワール様の顔、皇太子殿下からしか見えないエトワール様の顔……きっと、エトワール様は見る人によって違う表情を見せるのでは無いかと思った。それこそ、星の裏側のように、俺の視点から、またブリリアント卿視点から、電化の視点から見えない部分もあるのだろうと。
エトワール様は、それを別に隠しているつもりなんて一切無いのだろう。ただ、俺達が、その場に留まって彼女を見ているから、見えないだけであって、彼女は全てをさらけ出していると。そういうことだろうか。
(……それならば、俺が、彼女の周りを公転できる衛星になれれば……)
そうすれば、どんな表情も、俺は見えて、独り占めできるのに。と、また、黒い感情が生れてくる。この感情を察して、エトワール様はいつも強ばった表情をしていたのだろう。隠しているつもりだったが、溢れて止らなかった。災厄のせいにしても良かったが、きっとエトワール様はそんな言い訳を嫌っただろうから。
「俺が死んだら……彼女は、エトワール様は本当に悲しんでくれるんでしょうか」
「グランツさんには、エトワール様がどう見えているか分かりませんが、少なくとも僕にはそう見えますよ。そうだと思います。彼女は、僕達が思っている以上に頑固で、正義感が強くて……でも、本当に寛大な方なんです。結局は許してしまう」
そういうと、ブリリアント卿はフッと微笑んだ。まるで、エトワール様には、敵わないというように。それは、俺も同じだった。
そのエトワール様の優しさに、何度も何度も甘えて、そして、何度も何度も利用してきた。彼女が、俺を手放さないだろうってそういう確信があったから。
我ながら、酷いやり方だったと思う。俺が、宿敵である、アルベド・レイや、皇太子殿下のように、真っ直ぐと彼女に愛を伝えていたら、変わっていただろうか。
いいや、無理だった。俺は、あの二人みたいに輝けない。立場が……とか、元皇族だから……とかそういうのではなくて、もっと大きな、決定的違いが、あの二人と、俺の間にあったのだ。俺は、エトワール様の影を踏んでいただけ。それで、満足して、その影にキスを落とすことしか出来なかった。
(悔しい……)
爪が食い込むほどぎゅっと拳を握って、俺は顔を上げる。ブリリアント卿もまた、選ばれない人間だと、そう同情の目を俺に向けてきている。
「そう、ですか。エトワール様は」
「……話は変わりますが、本当に良かったです。グランツさんが目覚めて」
「ご迷惑、おかけしました」
この言葉は果たして、正しいのだろうか。
ブリリアント卿は受け入れる、許すといった視線を送ってくれているが、俺は俺のした事が決して許されることではないと分かっている。だからこそ、何故彼もまた、俺を許してくれるのか、理解できなかった。
エトワール様だったら、ゆるすから? そんな理由じゃないだろう。
「貴方も、大概お人好しなんですね」
「僕が、お人好しですか。いわれたことないです」
なんて、ブリリアント卿はまさか、と笑う。そういう所なのではないかと思った。確かに、彼の秘密主義は度を超えていると思う。言葉足らず、薄い笑みを貼り付けて、彼は自分の中に他人が踏み入れるのをよしとしていなかった。けれど、彼は、そんなあくまで他人すら許す優しい人で。
「グランツさんの目には、そう見えるんでしょう。僕が優しいと」
「優しくないんですか」
「さあ、グランツさんがそう見えたのなら、優しいんでしょうね。でも、僕は自分自身は薄情な人間だと思っているので。貴方も、気づいているでしょうけど、よく隠し事しますし、嘘も言葉に幾つも混ぜますから。自分で自分が嫌になるときだってある」
ブリリアント卿はそういって、ため息をつく。自分に対してのため息だと、俺は彼の行動を隅々まで監視する。ブリリアント卿もよく分からない人だ。帝国一の光魔法の家門で、侯爵が亡くなり、その爵位は完全にブリリアント卿、ブライト・ブリリアントに受け継がれたわけで。そんな、ブリリアント卿は、侯爵として侯爵家と、領地を治める義務が出来て。
けれど、忙しいという感情を表に出さず、風が吹くように、野を駆ける兎のように、波風立てないその姿から、二人いるのでは無いかと思えるほど、彼は落ち着いているのだ。一切の隙が無いともいうが。だからこそ、分からないところが発生するのだろう。エトワール様が星であるなら、ブリリアント卿は絵画だと思う。絶対に俺達には表面しか見えない、見せないもの。その裏に、キャンバスの裏に何が隠されているか、画かれているかなんて分からない。鑑賞者が、その裏を見よう何て思わないだろう。裏にどれだけ、汚いあとがあっても、見せられないような骨組みがあっても。彼はそれを表に出すことは絶対にない。綺麗な部分だけを俺達に見せている。
じゃあ、俺は何なのだろうかと。
「グランツさん?」
「いえ、考え事をしていただけです……やはり、ブリリアント卿は優しいと。そう、改めて思いました」
努力も、苦しみも、俺達には見せない。結果だけをくれる。だからこそ、信頼できるのかも知れない。結果が全てだから。
それはさておいて、本当に、エトワール様をのぞいて、彼は何故、俺の看病を、心配してくれていたのかともいうことも気になった。この疑問が解決できるまでは、ブリリアント卿をこの部屋から出さないと、見ていれば、彼はすぐに観念したように肩をすくめた。
「そんなに見ないでください。見つめられるのは苦手です」
「はっ……いえ、すみません」
「怒っては無いです。謝らなくても」
「ですが」
大丈夫なので、とブリリアント卿にいわれ、俺は口を閉じた。そんな俺を見て、またブリリアント卿は仕方ないなあ、なんて感じに笑う。
「気になるんですよね。僕が、何故グランツさんのことを心配していたか」
「はい。聞く必要も無いことかも知れませんが。俺と、貴方の接点は、考えてもあまりないように感じたので。教えて下さい」
そう、僕が言えば、ブリリアント卿は、口を少し開いた後、とじて、アメジストの瞳を少しだけ曇らせた。