「お邪魔します! 」
勢いよく扉が開け放たれる爆音で危うく薬瓶を落す所だった俺は、フランチェスカをじとりと睨んだ。ノックしろだの扉はゆっくり開けろだの言いたいことは色々あるが、取り敢えず一つ。
「昨日の今日で来る奴があるか!」
「えへへ」
フランチェスカはにっこり笑って、すとんと作業机と化したダイニングテーブルの側の椅子に腰を下ろした。そのままにこにこして何も言わない。これは間違いなくはぐらかされたな。
こいつと押し問答しても状況に変化はないし、何なら俺が精神的ダメージを負う。それは昨日の一件で痛いくらいよくわかった。これはもう、触らぬ神に祟りなし、だ。既に触ってしまっている分、せめて接地面積を少しでも減らしたい。
はぁとため息を一つついて時計を見ると、既に正午を回っていた。仕方がないので机の薬瓶を片付けて戸棚から一つの薬を取り出す。
「それは何の薬なのでしょうか?」
飲もうとした所で後ろから声をかけられた。ちっ、目敏いな。まぁ、隠す程の代物でもないから別に構わないが。
「薬じゃねぇよ」
「では、ジュース?」
「薬瓶でジュースは飲まねぇよ危ねぇだろうが!…これはな、完全栄養食だ」
気を取り直してドヤ顔で答えてやると、純粋な興味で輝いていたフランチェスカの瞳がみるみるうちに怪訝なものになっていく。おい、その目は何だ。
「本日の昼食は…?」
「これ」
「まさか、毎日…?」
「ん」
ババアが生きている内はきちんと作っていたのだが、一人になった途端ぱたりとやめてしまった。非効率的だし、面倒だし、何より馬鹿馬鹿しい。いくら作ったって食べるのは所詮俺だけなのだ。 まぁ、毎食きちんと食べてるお貴族様ならこんな食事など気が遠くなるような代物に他ならないだろう。でも、便利なのだから仕方がない。
薬に口をつけようとした瞬間フランチェスカの声にならない悲鳴が響き渡り、俺が驚いている隙にばっと薬が奪われた。
「な…」
「絶っ対駄目です!!」
信じられないものを見るような目でお互い見つめ合う。いやいや、駄目って何がだよ。いや、まぁ、分かってるけど。普通に考えて三食薬なのはもう字面だけで駄目なのが丸分かりだけど。だけど。
「いちいち作るのは面倒だし、食うのは俺だけなんだから別に良いじゃねぇか」
「う」
フランチェスカはあからさまに言葉に詰まり、口をきゅっと結んだ。ほらな、言い返せない。俺一人の飯のためだけにわざわざ料理に時間割くぐらいなら、新薬を調合してた方がよっぽど良い。ワーカホリックだの何だの他の魔女にはつべこべ言われるが、そんなの知ったこっちゃない。…まぁ、料理自体は別に嫌いじゃないけど。でも面倒なものは面倒だ。
上手い返答を考え出そうと唸るフランチェスカに気付かれないよう、そっと薬に手を伸ばす。が、すいと遠くに移動されてその手が薬に届くことはなかった。
「おい…」
苛立ちながら視線を上げて、そして、動けなくなった。
「…それなら」
絡み合った彼女の視線が、いつものものとはまるで違ったから。こんなに真剣な彼女の眼差しは初めて見た気がする。俺はフランチェスカの紅い瞳に撃ち抜かれて動けない。
しかし、そんな金縛りも続く言葉に解かれる。
「それなら、私がこの薬を飲みます!」
「え」
有言実行とばかりに勢いよく薬を飲もうとするフランチェスカの腕にしがみつき、瓶を口から外させようとする。瓶に口をつけようとするフランチェスカとやめさせようとする俺の小競り合いは案外良い勝負をしていた。どこからこんな力が出てきてるんだ。さっきまでお前割と非力だっただろ。
「ばっ…この…お前、何しようとしてんだ!」
「私、昼食をまだ食べていないのです!すっかり忘れておりまして!だから、アンブローズ様と同じ物を食べようと思いまして!」
「はぁ!?」
王族にこんな物を食べさせたと知られた折には…分からん。処罰の想像がつかない。だが、まずいという事だけは分かる。
「ぐうぅぅ…」
俺の心と体の平和のためだ。仕方ない。
「普通の飯を作ってやるからせめてそれを食え!」
庶民の飯と薬だったら断然前者だろう。そもそも薬の分が悪すぎる。ヤケクソで俺が言った途端にフランチェスカはぴたりと抵抗を止め、それはそれはいい笑顔で薬を机の上に置いた。
「では、早速材料を買いに参りましょう!」
「…ん?」
ぐいぐいと腕を引っ張られ、あっという間に家の外へ連れ出される。
「ま、待て待て待て!村に行くのかよ!?」
「食材が家にあるのですか?」
「ぐ…いや…探せば少しぐらいは…」
「善は急げですよ!」
「言い訳ぐらい聞けよ!」
どんどん山道を引きずられながら進んでいく。ささやかながらも抵抗はしているはずなのに何故か止まらない。こいつ、これだと決めたら梃子でも動かないを物理で行ってるな。これが意志の力なのか。だとすると、既に引きずられて体勢が崩れている俺に勝ち目はない。
「わかった!せめて自分で歩かせろ!」
言った途端にぱっと手を離されて後ろにどさりと倒れ込んだ。普通に道の上なので痛い。
「あ、ごめんさない!」
慌てた様子でしゃがみ込み俺を見下ろすフランチェスカに、絶対に昼飯にこいつの嫌いなものを入れてやろうと固く決意するのだった。