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テラーノベルの小説コンテスト 第4回テノコン 2025年1月10日〜3月31日まで
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◇◇◇




「お姉さま~……? お姉さま~っ!」


直前までと雰囲気の変わったユウヒが必死の形相で呼び掛けている。

否、彼女はユウヒではない。プリスマ・カーオスの魔法を体内に受けたユウヒ自身の意識は既に奥底へと沈み、その体の主導権はノドカへと移っている。


「……そんな魔法が……! ますたー!」


眷属スキル《アナリシス》で直前に察知出来たとはいえ、それまではアンヤも想像していなかった魔法だ。

相手の魔力の庇護下にある体内に直接、魔法術式を展開することなどほぼ不可能に近い。

プリスマ・カーオスの笑い声が響き渡る。


「この力を手にした我にもはや不可能などない。貴様らの主が目覚める時は永遠に訪れないのだ」


アンヤは何とかしてノドカの下へ駆けつけようとするが、過激さを増すカーオスの魔法を凌ぐことで手一杯だった。


「それでは既に出番を終えた役者にもご退場願おうか」


両手に剣を携えたカーオスが降下姿勢を取る。

そして翼に溜めた魔力を放出すると、ユウヒの体ごとノドカを葬るために加速した。

ノドカも接近するカーオスを迎撃しようとするがユウヒの意識が存在せず、ハーモニクスの体を成していない以上は攻撃魔法を使うこともできない。

それでも魔力の翼を使うことで初撃を回避することに成功するが、カーオスもすぐに追撃を図る。


「コルポ・ディ・ヴェント~!」


弓の形に変形させた己の得物を構えるが、やはり彼女だけでは矢を生成するどころか満足に引くことすらできない。

地上からも悲痛な叫び声が届いてくる。


「姉さん!」


それでも風の結界を駆使して攻撃を凌いでいくノドカだが、遂に凌ぎきれない瞬間が訪れる。


「さようなら、だ」


眼前に迫る剣身にノドカは身を固くした。

――だがいつまで経ってもその時はやってこない。

それは突如として割り込んできた閃光によって、カーオスが立ち止まらざるを得なかったためだ。

そしてその直後、下方向から炎と水が飛来してカーオスへと襲い掛かる。


「コウカねぇのおかげで結界は超えられたけど……」

「これってどういう状況よ」


空へ向かって杖を向けるシズクとヒバナが声に困惑を滲ませる。


「お姉さま~!」


そんな彼女たちに覆いかぶさるように何かが空から落ちてきた。


「ノドカ!?」

「ノドカちゃん!?」


抱きついてくる彼女の正体に2人の困惑は深まるばかりだ。


「ユウヒはどうしたの」

「ますたーは……カーオスの魔法で……」


ダンゴによってお姫様抱っこされるような体勢となっているアンヤがノドカ達と合流し、そう告げる。

今も彼女の目はユウヒの体内を透視してはいるが、ユウヒ自身の魔力が濃すぎるために何も見えていない。


「魔法の正体が分からないと……あぁ、もう!」


じれったく思いながらも必死にシズクは解決策を模索するが、焦燥感が募るばかりだ。

そしてそれを空の上にいるカーオスにぶつけるように弾幕を激化させる。


「大丈夫だよ、シズク姉様。ボクたちはここまで来られたんだ。絶対にどうにかできるはずだよ」

「ノドカ、何か分からないの?」


ヒバナからの質問にノドカは渋い顔をして悩むばかりだ。


「お姉さまは~感じられるけど~……いくら呼びかけても~起きてくれなくて~……」

「だったら、意識を直接叩くとか」

「でも~意識の深いところに行こうとしても~これ以上行けなくて~……」

「ちょっと、原因はきっとそれよ。魔法で目覚めないようにされているに違いないわ!」


彼女たちが確信に近付いたところで空から大量の魔法が降り注いでくる。


「なんて魔力量……!」

「ボクがみんなを守るよ! シズク姉様とヒバナ姉様はそのままアイツを撃ち続けて!」


アンヤを地面に下ろしたダンゴは盾を直上に向けて構える。


「わたくしも手伝います~! だから~」


ノドカはアンヤに向けて手を伸ばした。


「え?」

「お姉さまの力を借ります~! モジュレーション~!」


彼女の意図を理解したアンヤはその手を掴む。

するとユウヒの体からノドカが飛び出し、ユウヒの姿が変化する。

――そしてゆっくりと瞼を開いた彼女は姉たちに告げる。


「……アンヤがますたーを迎えに行ってくる」


ユウヒの体の中には今、アンヤがいる。そして体の主導権を握っているのも彼女だ。


「そうね、この状況ならあなたが適任よ。絶対にユウヒを叩き起こしてきて、任せたからね」

「カーオスの魔法でそうなっちゃっているんだったら、何かが仕掛けられているかもしれない。気を付けて、アンヤちゃん」

「主様を連れて帰ってくるまではボクたちがちゃんと守り抜く。だから安心して行ってきなよ、アンヤ」


姉たちの激励を受けて確かに頷いたアンヤは目を瞑り、体をノドカへと預ける。

彼女は眷属スキル《アナリシス》を使用しながら、注意深くユウヒの意識の深層へと自らの意識を潜り込ませていく。


「――いったいどういう状況ですか、これは!」

「説明してる暇はないから、コウカねぇは何も考えずに戦って!」

「え……了解です!」


意識の外からはそんな会話が聞こえてくるが、集中している今の彼女にはそのやり取りの意味を理解することができなかった。

アンヤは自身を送り出し、今も支えてくれている彼女たちのことを信じて全てを委ねることを選んだのだ。


(すぐに迎えに行く……だから少しだけ待ってて、ますたー)







カーテンの隙間から漏れる太陽の光がもう朝だと告げてくる。

柔らかいベッドの上で上半身を起こした私はグッと体を伸ばした。今日も目覚めの良い朝だ。


「おはよう……ってあれ」


ここは私の一人部屋だし、当然誰もいない。だというのにどうして起きて早々朝の挨拶をすることになるのだろう。

身に覚えのない寂しさに首を傾げつつ、それはまだ親離れできていないからかと一人苦笑する。

まだ寝ぼけているようだし、まずは顔を洗ってからリビングに行こう。

部屋の時計を見ると時刻はまだ6時過ぎ。寝坊しているわけでもないし、学校に行くまではゆっくりとできそうだ。


部屋を出て、階段を降りた私は壁のスイッチを押してから洗面所の敷居を跨ぐ。

そして洗面台の前に立つと水を出して、両手で掬い上げたそれで顔を洗った。


「ふぅ……あれ、髪……」


濡れたままの顔で正面の鏡を見るとを抓んでいる私がでこちらを見つめている。

――いや、当然じゃないか。

両親ともに黒目黒髪で今まで私は一度として髪を染めたこともない。

だというのに違和感を覚えるなんて、まだ寝ぼけている証拠だ。

もう一度冷たい水で顔を洗い直した私は柔らかいタオルでしっかりと顔を拭い、洗面所を後にする。


次に行くのはリビングだ。近付いていくごとに美味しそうな匂いが鼻孔をくすぐる。

まるでそれに釣られるような形になりながら、リビングへと入った。

そして台所へ近付いて、そこに立つママへと声を掛ける。


「おはよう、ママ」


手を止め、こちらに振り向いたママが柔和な笑みを向けてくれる。


「おはよう、優日ゆうひちゃん。今日もちゃんと早起きできたわね、ふふっ……えらいえらい」


洗った手を拭いたママが優しい手付きで私の頭を撫でてくれる。

そこで私はここ最近の癖になっている出まかせの文句を言うのだ。


「もーやめてよぉ。私だってもう高校生なんだよ」


ちゃんと自分で起きられるし、子ども扱いだってされる必要はない。そうやって甘やかすから、私がいつまで経っても親離れできないのだ。

……為されるがままにそれを甘受している私も悪いのだけれど。

一番悪いのはやっぱり事あるごとに甘やかしてくるママ、そしてパパだと思う。


「そうだ、パパは……もうお仕事に行っちゃった?」


リビングを見渡すがそこにパパの姿はない。

私の気分が少しだけ下がる。


「今日は早い日だったから仕方ないわ。でもその分、早く帰ってきてくれるみたい」


何もなければ、という言葉が間に挟まるが。

それでもパパの仕事においては仕方のないことだ。


「そうなの、やった。夜ごはんはみんなで食べられるかな」

「ええ、きっと。でも夜ごはんの前にまずは朝ごはんを食べないと。お手伝いしてくれるかしら?」

「うん!」


すっかりと気分が良くなった私はウキウキとしながら食卓を拭き、ママが作ってくれた朝ごはんを並べていく。

そんな上機嫌な私を見たママがクスっと笑ったので、少し恥ずかしい気持ちになったのは秘密だ。


「――それじゃあ、いただきましょう」

「いただきます」


ママと向かい合う形で座り、出汁の効いただし巻き卵を口にする。

そんな私をずっと微笑ましげな表情で見つめていたママが首を傾げて尋ねてくる。


「おいしい?」

「うん、とっても! いつもありがとね、ママ」

「ふふ、ママもそんな優日ちゃんの言葉を聞けてとっても嬉しいわ。優日ちゃんがいつも美味しそうに食べてくれるから、ママだってすごく張り切っちゃうの」


そう言って両手で握り拳を作ってポーズを取るママは子供っぽくて少し可愛い。

娘の私がそう思うくらいなので、パパなんていつもこういう所にデレデレになっている。


「でも優日ちゃんもお料理の練習はしておかないと。ママがお仕事やめちゃってからお手伝いはしてくれても、自分じゃめっきりやらなくなっちゃったでしょう?」


不意に眉を下げ、心配そうな表情でこちらを窺うママに私は苦笑する。


「だってママの作ってくれたごはんが、一番……あれ……?」


言葉に詰まったことで、ママの表情がさらに深刻なものへと変化していく。

私は慌てて思考を整えた。


「優日ちゃん?」

「う、ううん。自分で作ったのよりもママが作ってくれたごはんが一番好きなんだもん。でもそんなに心配なら、今日の夜ごはんは一緒に作ろうよ」

「まあ、それはいい考えね。いつも頑張ってくれているパパもきっと喜んでくれるわ。それで何を作りましょうか」

「うーん。そうだなぁ――」


ママが一番じゃなかったら何が一番になるというのだ。ママ以外が一番だなんてそんなの絶対にあり得ない。

――じゃあ、この心の引っ掛かりは何?

ママとの会話に花を咲かせながらもどうしても拭えない違和感を覚えていた。

学校に行く準備を終えて、ソファに座って朝のニュース番組を見ているときも同様だ。

ちょっとしたことで私の心に何かが引っ掛かる。


「あら、優日ちゃん。そろそろじゃない?」

「あ、ホントだ」


そんなことを考えているうちに家を出て学校に行く時間となっていた。

私は制定カバンを持ち、玄関へと向かう。


「優日ちゃん、お弁当を忘れちゃっているわ」

「あっ、ありがとう。それじゃあ行ってくるね、ママ」

「ええ、行ってらっしゃい。帰ったら一緒にお料理しましょうね、優日ちゃん」

「うん、楽しみ!」


家を出て、住宅街を抜けた私はいつもの通学路を通って学校へと向かう。

普通に歩いているが、時間的には余裕がありそうだ。




やがて学校へ辿り着いた私は上履きに履き替えて、教室へと向かった。

そして自分の教室の中に入ると、見知った顔の彼女たちに挨拶を交わす。


「おはよう、委員長。二川ふたかわさんも」

「ええ、おはよう。でもその“委員長”って呼び方はどうにかならないの。いつも言ってるけど」

「だって二川さんと区別できないし」

「はぁ……別にいいけど。シズ」


長くて綺麗なを自分の手で振り払った彼女は机に肘を突き、私に背を向けたまま立っていたもう1人の少女へと呼びかける。

すると肩を震わせた“シズ”と呼ばれる少女はこちらへと振り返った。


「お、おはよう……有明ありあけさん」


文庫本を胸の前で抱え、視線を忙しなく泳がせている彼女の顔は委員長のものとそっくりだ。何を隠そう、彼女たちは双子の姉妹。

“委員長”こと学級委員長の二川緋花ふたかわひばなさんと、一応図書委員をやっている二川雫ふたかわしずくさんだ。

二川雫さんは隣のクラスだが、いつも委員長にべったりなのでこうして休み時間のうちはこの教室にやってくる。

そんな2人とは色んな繋がりがあって、仲良くさせてもらっている形だ。


「はい、はーい。3人ともおっはよう!」


教室の中にとびきり元気な声が響き渡る。

こんなに大きな声で元気よく挨拶するのは彼女だけしかいないだろう。


「おはよう、団子だんご


やっぱり彼女だった。平均よりもだいぶ低い身長が特徴的な土呂壇子とろだんこちゃん。

こう見えて、大家族の長女という小さくもパワフルなお姉ちゃんだ。

実家は大きな花屋さんでお婆さんが世界的にも有名なガーデナーだとか。その影響で花が大好きな子でもある。

そして好物がみたらし団子であるため、“壇子”という名前をもじってその愛称は“団子”。

甘いタレの匂いがすることから、今日も早速食べて来たのだろう。花を見ながら団子を食べれば1億倍美味しいとは彼女の弁である。

そんな小さくて元気いっぱいな彼女はクラス中に愛されているのだ。


「あっ今、コイツ小さいなって思っただろ優日!」

「思ってない、思ってないよ」


ただ身長のことがコンプレックスらしく、基本的には快活で付き合いやすいのに少々面倒くさいところがあるのが玉に瑕だ。

それにこのことだけに関して、一点集中型ではあるのだが非常に鋭い。

しかし、すぐに弁明したのが効果あったようで団子はすぐに引き下がってくれた。


「今日も朝からうるさいわね、土呂」

「そんなこと言わないでよ、緋花。これくらいの元気がないと、うちのチビたちの相手は務まらないんだよ!」

「いつ聞いても兄弟が何人もいるってほんと大変そうね。うちはシズだけっていうか同い年だし、楽なものだわ」


団子から聞く兄弟に関する話はいつも壮絶だ。

一人っ子の私には到底理解できるものではないのだが。


「グッモーニン、エブリワン!」

「今度はうるさいヤツに加えて暑苦しいヤツまで来たじゃない」

「おはようございマス、皆サン。ところでそれはワタシのことデスか、緋花」

「あんた以外に誰がいるのよ、クォーカ」


私たちの輪に入ってきたのは綺麗なブロンドヘアを靡かせる少女だ。

外国人の父と世界的なモデルであった日本人の母を持つハーフである彼女の存在は非常に目立つ。何よりも容姿端麗なのだ。


「おはよう、明里あかり。今日も朝練お疲れ様」

「オゥ、おはようございマス、優日!」


明里=フォービー・クォーカ、それが彼女の名前だ。

少し言葉が片言っぽいのは彼女が生まれてから2年前まではずっと海外で暮らしていた影響である。

そんな彼女は日本文化が大好きで部活も剣道部に所属している。

いつも練習を頑張っている努力家で、全国大会でも入賞経験があるくらいすごい子でもある。


「ぁ……おはよう、安屋あんやさん」


不意に聞こえてきた声に耳を傾けると、珍しいことに私たちにも人見知りを発揮する二川雫さんから話しかけている子がいた。

いつの間にか、この輪に入ってきていたらしい。


「……おはよう」

「ワオ、ビックリしましたヨ、光月みつき。来ているのならそう言ってくだサイ」

「……安屋は呼びかけてたつもりだった」

「リアリー? オゥ、気付きませんデシタ。ごめんなさいデス」


物静かで何を考えているのかが表情から読み取りづらい彼女は安屋光月あんやみつきさん。

自分のことを名字で呼ぶ少し不思議な子だ。


「声が小さいからだぞ! もっと声を張り上げようよ、光月!」

「……そういうあなたはいつもうるさい」


団子が耳元で大きな声を上げたため、安屋さんは耳を抑えて迷惑そうにしていた。幼馴染なだけあって、2人は仲がいい。

そんなやり取りをしていると、予鈴まであと5分と言ったところで窓越しに見える校門に1台のリムジンが止まっているのが見える。

この学校で態々リムジンに乗って登校する子なんて1人しかいない。そして今日もいつもの調子で教室に入ってくるのだろう。


――そして数十秒後、教室のドアが開いてそこから黒いスーツに身を包み、サングラスをかけた数人が誰かを大事そうに抱えながら入室してくる。

彼女は今日も起きられなかったらしい。


「おはようございます~……」


南風崎はえのさきのどかさん。世界を股にかける四風グループを母体とする南風崎家の御令嬢だ。

自席まで運ばれた彼女は頭を揺らしながら気の抜ける挨拶をした後にガクンと机に向かって落ちていく。

そこに潜り込ませる形で奇妙な動物のぬいぐるみが黒服たちによって差し込まれた。

お嬢様がこんな隙を晒して大丈夫なのかと時折心配にはなるが、数日と経たないうちに慣れてしまったのだから恐ろしい。

そんな彼女だが、どういうわけか私たちと仲良くしている。


予鈴が鳴り、そそくさと二川さんが退散した後も依然として眠り続けている彼女。

教室に入ってきた担任の先生が南風崎さんを見て頭を抱えているが、予鈴が鳴り止まないうちは何も言うつもりはないようだ。

そしてもうすぐ予鈴が鳴り終わるといったところで、廊下からドタドタと大きな足音が聞こえてくる。


「ギリギリセーフだよね!?」


勢いよく開いたドアから1人の女生徒が飛び込んでくる。


「1アウトだ。志島谷しじまやはホームルームの後に職員室へ来るように」

「うぅ……はい」


肩を落とした彼女が私の隣の席にカバンを置いた。

そんな彼女に小声で呼び掛ける。


「おはよう。朝から災難だね、瑠奈るな

「おはよー、優日……ほんとだよ。何で夜更かしなんてしちゃったんだろぉ」


そう言って肩を落とす彼女の名は志島谷しじまや瑠奈るな

私の――親友だ。


「えへへ、でも優日の顔を見ると元気出たかも!」


そう言って破顔する瑠奈を見て、私も自然と笑顔になる。

この子との付き合いは中学の途中からだけど、少し話しただけで驚くほど馬が合った。


「志島谷、ホームルーム中だぞ」

「あ、そうでした……」


先生から注意を受けた瑠奈は大人しく席に座ると私の方を見て、困ったように笑った。


好きな人たちと過ごす時間というものはあっという間で、1日というものはすぐに終わりへと近づいていく。

授業中に内緒の話をしたり、休み時間には集まったり、せがまれたからママが作ってくれたお弁当を少し分けてあげたり。

高校生活はこれからもこんな感じで過ぎていくのだと疑わなかった。

でも彼女たちとはもっと仲良くなれる気がする。

卒業するまでにもっと仲を深めていけたらいいのに。




「それじゃあ今日はボク、早く帰らないといけないから! じゃあね!」


終礼が終わった途端に教室を飛び出していく団子。


「わたくしも~失礼いたします~。それでは~ごきげんよう~」


放課後は忙しい南風崎さんも、いつものように家の人たちに先導されながら立ち去っていく。


「ワタシも部活動がありマス。シーユー、またお会いしまショウ」


明里だってここでお別れだ。


「うるさいのがいなくなって、一気に静かになったわね。……いえ、まだいたわ」

「それって瑠奈のことかなー?」


委員長が私の腕に抱き着いている瑠奈をジトっとした目で見つめている。

鼻歌交じりに体を揺らす瑠奈のテンションは非常に高い。


「有明と一緒にいるあんたはいつも上機嫌で口数も多くなるし、動きだってうるさいのよ。水を得た魚ってこういうことを言うのね」

「日光を浴びた月って言ってほしいなぁ。瑠奈は優日っていう太陽が照らしてくれるおかげで輝けているからね!」

「またそれ?」


委員長の呆れが最高潮に達した時、教室の外に縮こまった状態で立っている二川さんを見つけた。

どうやら隣のクラスの終礼も終わったようだ。

それを確認した安屋さんが委員長の着ている制服の袖を引っ張る。


「……来た」

「え? ああ、シズのクラスも終わったのね。それじゃあ帰りましょうか」


そうして二川さんとも合流した私たちは5人で校舎を出て、帰路に就く。

帰る道すがら、委員長と二川さんは双子で話に花を咲かせ、私も親友の瑠奈と話すことが多いので、今日は団子がいない安屋さんは必然的に1人となる。

流石に申し訳ないので、何か話を振ろうとするが思い浮かばない。

そこで瑠奈が助け舟を出してくれる。


「今日も進路の話をされちゃったよね。2人は何か考えてる?」

「私は……まだ考え中かな。候補はあるんだけど」

「……安屋も未定」


将来がどうなるかなんて、あまり想像はできない。


「私、有明は医療関係の道に進むものだと思っていたけど。お父様がお医者様なんでしょ?」

「まあ、そうなんだけど……」

「あなた、うちのシズといい勝負ができるくらいには頭がいいじゃない。頑張ってみればいいのに」


委員長も二川さんも自分の進路を明確に決めているタイプの人間だ。

そんな彼女たちと私の考えている進路は全く別のものなのだ。

本当にそこへ進んでもいいのだろうか。


「将来はみんな、バラバラになっちゃうんだよね……」

「なんでそこで不安になってんのよ。ほ、ほら……進む道が違っても私たちってこれからもずっと――じゃない」

「とも、だち……?」


当たり前のはずの言葉なのに、どういうわけか一瞬で頭の中が真っ白になった。


「私たち……家族に……ぐっ……ぁ」


突如として激しい頭痛に襲われる。

自分が何を考えて発言したのかが理解できない。


「ちょ、ちょっと大丈夫なの?」

「あ、有明さん……?」


私は何か大切なことを忘れているのではないだろうか。

すぐそこまで出かかっている何かを掴むことができない。


「――優日、大丈夫だよ」

「瑠、奈……?」

「優日は瑠奈が送っていくよ。あなたたちは先に帰ってて」


後ろから私の体を支えてくれている瑠奈があの子たちにそう告げる。


「そう? ま、志島谷が送っていくなら安心ね。体調には気を付けてよ? それじゃあね」

「お、お大事に……」

「……ばいばい」


私は彼女たちに置いていかれたくなくて、手を伸ばす。でも何故だかは分からない。

そんな私の手が瑠奈によって握られ、ゆっくりと下ろされる。


「行こう」


耳元でそう囁くと、私の手を握ったまま先導するように前を歩く瑠奈の表情は見えない。


「こっち、家じゃないよ……」

「そうかもね」


瑠奈は何度も私の家に遊びに来ている。ママとだって仲良しで、家の方向を間違えるはずがないんだ。

……でも、ならどうして。

瑠奈は私のことを顧みることなく、ただ前へと進んでいく。


「瑠奈、待ってよ……瑠奈!」


我慢の限界が来た私は瑠奈を強く呼び止める。

すると彼女は私の手を離し、数歩進んだのちに振り返った。


「2人っきりだね、優日」

「……瑠奈?」


その表情には、微かに表情筋を動かしただけの薄っすらとした笑みが浮かんでいた。

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