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眠狂四郎
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#戦国時代
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#戦国時代
眠狂四郎
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「昔の話だ。」
船縁に寄りかかりながら、スピリタスが不意に言った。
ラエリウスが振り向く。
「昔?」
「ああ。イージプとグランが、まだ仲良くやっていた頃の話だ。」
海の向こうには、ヌミダスの海岸線がかすかに見えている。
スピリタスはそこを眺めながら、遠い記憶を手繰った。
「当時のスパルーニャは、北をグラン、南をイージプが治めていた。
我ら一族は、北に住んでいたんだ。」
「そういえば、将軍はスパルーニャ育ちでしたね。」
「今ほど両国の仲も悪くなかった。商人も旅人も、普通に行き来していたよ。」
スピリタスは少し笑った。
「父は生きていた頃、街ではそれなりの有力者だったからな。
旅の途中の客人を屋敷に泊めることも珍しくなかった。」
「へえ。」
「ある時、ヌミダス王がやって来た。」
ラエリウスが目を瞬かせる。
「ヌミダス王?」
「ああ。何の用だったかは覚えていない。俺もまだ子供だったからな。
とにかく父とずいぶん意気投合したらしい。何日か、うちに滞在していた。」
スピリタスは腕を組んだ。
「その時、お前いたっけ?」
ラエリウスは少し考えてから首を振る。
「いや……いないと思います。」
「そうだったか。」
「たぶん。」
「まあ、どっちでもいい。」
「聞いた意味あります?」
スピリタスは無視した。
「帰る時、王が父に馬を一頭くれたんだ。」
「ヌミダスの馬を?」
「ああ。それは見事な馬だった。」
幼い日の記憶が蘇る。
黒く艶やかな毛並み。
細く長い脚。
子供だった自分には、見上げるほど大きく感じられた。
「名前が……なんだったかな。」
スピリタスは眉間に皺を寄せた。
「カ……カス……」
「知りませんよ。」
「お前に聞いてない。」
しばらく考え込んで――。
「ああ、そうだ。カスケードだ。」
ようやく思い出して、スピリタスは笑った。
「俺は嬉しくてな。ずっと馬の周りを走り回っていた。」
「昔から馬が好きでしたからね。」
「ところがだ。」
スピリタスの口元に、妙な笑みが浮かんだ。
「その馬のそばで、泣いている奴がいた。」
「泣いている?」
「俺と同じくらいの歳の男の子だ。馬の首にしがみついて、わんわん泣いている。」
ラエリウスの眉が寄る。
「……ちょっと待ってください。」
スピリタスは笑った。
「気づいたか?」
「まさか……。」
「ああ。」
海風が二人の間を吹き抜けた。
「マシニーサだよ。」
ラエリウスはしばらく言葉を失った。
「……ええっ?」
「俺はあいつに、子供の頃に会っていたんだ。」
スピリタス自身、つい先ほど記憶の底から掘り起こしたばかりだった。
あの時は名前など知らなかった。
ただ、自分がもらった馬を取られたとでも思ったのか、
いつまでも泣いている妙な少年がいる。
それだけだった。
「じゃあ……マシニーサ王子は、カスケードを取られて泣いていたんですか?」
「たぶんな。」
「それ、本人に言わない方がいいんじゃないですか?」
「なんでだ。」
「絶対怒りますよ。」
スピリタスは声を上げて笑った。
「だったら聞いてみよう。」
「やめてくださいって。」
再び海へ目を向ける。
その笑みが、少しずつ消えていった。
あれから、どれほどの年月が流れただろう。
馬一頭を惜しんで泣いていた少年は、戦士となった。
父を失い。
祖国を奪われ。
軍を失い。
今はわずかな供回りだけを連れ、どこかで戦っているという。
そして――。
自分もまた、あの日の少年ではない。
スピリタスは遠くに見えるヌミダスの大地を見つめた。
「不思議なものだな。」
「何がです?」
「あの日、俺たちは何も知らなかった。」
グランとイージプが敵になることも。
スパルーニャが戦火に包まれることも。
互いの父が、この世からいなくなることも。
そして――。
馬のそばで出会った二人の少年が、いつの日かそれぞれ軍を率いて、
再び出会うことになるなど。
知るはずもなかった。
スピリタスは小さく息を吐いた。
「さて。」
船が、ヌミダスの海岸へ近づいていく。
「泣き虫王子を探しに行くか。」
ラエリウスは苦笑した。
「本人の前では、絶対そう呼ばないでくださいよ。」
兵員、三万。
軍船、四十隻。
そして、兵糧と軍馬を満載した輸送艦、四百隻。
水平線を埋め尽くすほどの大船団が、ヌミダスの海岸へ姿を現した。
スピリタス率いるグラン遠征軍である。
船団はウテカの街を遠くに望むフォルナ岬へ接近すると、次
々と兵を上陸させていった。
三万の兵。
武器。
軍馬。
そして、大量の兵糧。
スピリタスはついに、ヌミダス王国へ足を踏み入れた。
その頃――。
マシニーサは、わずかな供回りとともに荒野を彷徨っていた。
かつて王子と呼ばれた男の姿は、見る影もない。
国を追われ、軍を失い、それでもなお祖国を取り戻すため戦い続けていた。
そんな彼らの前に、一人の男が現れた。
「マシニーサ殿ですな。」
「何者だ。」
男は答えない。
懐から一通の手紙を取り出し、マシニーサへ差し出した。
「これを。」
「誰からだ。」
だが男は、それにも答えなかった。
手紙を渡すと、何事もなかったかのように立ち去っていく。
「待て!」
部下が追おうとした。
「いい。」
マシニーサが制した。
手紙には、差出人の名すら書かれていない。
怪訝に思いながら封を切る。
そこには、たった数行だけ書かれていた。
『以前、貴公の父君から馬を貰った。
その時、君とした約束を覚えているか。
ちなみに、私の馬の名はカスケードだ。』
「……なんですか、それは。」
隣にいた部下が、横から手紙を覗き込む。
「何かの暗号で?」
マシニーサは答えなかった。
カスケード。
その名が、記憶の奥底に沈んでいた何かを呼び起こした。
遠い昔。
まだ父が生きていた頃。
父とともに訪れた、スパルーニャの街。
見知らぬ屋敷。
そして――。
大好きだった馬。
「……いや。」
マシニーサの口元が、わずかに動いた。
「思い出した。」
「え?」
「まさか……。」
荒野の景色が消えていく。
代わりに蘇ったのは、幼い日の光景だった。
父が、一頭の馬を誰かに与えた。
納得できなかった。
だから泣いた。
馬の首にしがみついて、絶対に渡さないと駄々をこねた。
そんな自分を、少し離れたところから困った顔で見ている少年がいた。
『そんなに泣くなよ。』
『泣いてない!』
『泣いてるじゃないか。』
『これは僕の馬だ!』
『でも、君の父上が俺にくれたんだぞ。』
『カスケードは僕の友達だ!』
少年は困り果てた。
そして、しばらく考えてから言った。
『じゃあ、約束しよう。』
『……約束?』
少年は得意げに胸を張った。
『もし君に危機が訪れたら――』
馬の背をぽん、と叩く。
『僕がこの馬に乗って、君を助けに行く。』
『本当か?』
『本当だ。』
少年は手を差し出した。
『男同士の約束だ。』
幼い二人は、固く手を握った。
そんな約束など、いつしか忘れていた。
国を追われ。
父を失い。
仲間を失い。
生き延びることだけで精一杯だった。
だが――。
マシニーサはもう一度、手紙を見る。
『ちなみに、私の馬の名はカスケードだ。』
思わず笑いが漏れた。
「……馬鹿な。」
「マシニーサ様?」
「そんな約束……。」
手紙を握る手が震えていた。
「覚えているものか。」
部下たちは顔を見合わせる。
「誰なのです?」
マシニーサは顔を上げた。
遠い北の空を見つめる。
そして、子供の頃と同じように笑った。
「友人だ。」
「は?」
「ずいぶん長い間、会っていなかった友人が――」
手紙を懐へしまう。
「約束を果たしに来たらしい。」
その日。
ヌミダスの荒野を、数騎の騎馬が北へ向かって駆け始めた。
コメント
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いやー、第83話「カスケード」、めっちゃ良かったわ…!スピリタスが語る子供時代の思い出が、まさかあのマシニーサ王子に繋がるとは。馬の前で泣いてた少年が後に「泣き虫王子」って呼ばれる未来を知ってるこっちはニヤニヤが止まらんかった。そして最後の「友人だ」で全部持ってかれた。男同士の約束、しっかり果たしに来たスピリタスかっこよすぎる🔥