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スマホは、ベッドの脇に伏せたままだった。
画面を見なくても、
通知が来ていないことはわかる。
この部屋は、音が少なすぎる。
朝に淹れたコーヒーは、
もう冷めている。
口をつけると、
苦味だけが残った。
砂糖を入れ忘れたことを、
今さら思い出す。
指先でスマホを引き寄せる。
画面が点くまでの一瞬が、妙に長い。
――マッチングアプリのチャット画面――
涼真
おはよう
紗良
おはよう😊
涼真
ちゃんと寝れた?
紗良
うん、わりと
涼真
よかった
紗良
今日は仕事?
涼真
うん、まあ
紗良
忙しそうだね
涼真
そうでもないよ
紗良
……そう?
「……そう?」
その三点リーダーが、
画面に残ったまま動かない。
カーテンの隙間から、
白い光が差し込んでいる。
天気はいいらしい。
でも、今日は外に出る予定はない。
スクロールすると、
続きを促すように文字が並ぶ。
紗良
そういえばさ
紗良
プロフに書いてなかったけど どこ住み?
涼真
……東京だよ
紗良
そっか
(…….)
紗良
東京、広いよね
涼真
まあね
紗良
じゃあ 会うのも大変そうだね
涼真
そうでもないよ
紗良
……そう?
紗良
ねえ、ひとつだけ聞いていい?
そこから先は、ない。
既読は、ついていない。
未読でもない。
ただ、止まっている。
指が、送信ボタンの上で止まる。
何か返すべきなのか、
それとも――
返さない方が、
正解なのか。
「東京だよ」と打ったとき、
なぜ、少しだけ間を置いたのか。
その理由を、
もう自分でもはっきり説明できない。
部屋に残る洗剤の匂いが、
鼻につく。
さっき洗ったマグカップの、
水気がまだ乾いていない。
会いたい、とも。
会いたくない、とも。
どちらも、まだ言っていない。
マッチしただけ。
それ以上でも、
それ以下でもない。
それなのに、
この沈黙だけが、やけに重かった。
スマホを伏せる。
画面は暗くなるのに、
「ひとつだけ聞いていい?」という声だけが、
耳の奥に残ったままだった。
――もし、返すとしたら。
自分なら、
なんて書く?
答えは、
まだ打たれていない。