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あさもん
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🌷心の力と言葉 アナザーストーリー🌷🌷静かな部屋のスープ
カーテンの隙間から差し込む朝の光の中に、小さなホコリが静かに漂っている。
「ミリア、少し上体を起こそうね」
ベッドの脇で、夫は努めて穏やかな声をかけた。返事はない。シーツの上に横たわるミリアの瞳は、焦点の定まらないまま天井の角をぼんやりと見つめている。かつて精神科医として多くの患者の心に寄り添い、知的で柔らかな光を宿していたその瞳には、いまや何の感情も映っていなかった。
夫はミリアの背中にそっと手を回し、ゆっくりと抱き起こす。痩せた彼女の体は驚くほど軽く、腕の中で頼りなく揺れた。
膝の上にトレーを載せる。温かいポタージュスープが入った深皿と、小さなスプーン。
「今日はカボチャのスープだよ。好きだったでしょう」
スプーンですくったスープを丁寧に口元へ運ぶ。ミリアの唇にそっと触れさせると、彼女は一瞬だけ不審そうに眉をひそめたが、やがて本能的な動作でゆっくりと口を開いた。一口、また一口と、夫の手から差し出されるスープを無心で飲み込んでいく。
激しく暴れるわけでも、拒絶するわけでもない。ただ正気を失い、自分の置かれた状況すら理解できなくなった妻。痛みに泣き叫ぶことがないのは救いだったが、何を話しかけても心の届かない静寂が、かえって夫の胸を締め付けた。
(自分が、あのカルテを渡さなければ――)
児童精神科医としての自分の判断が、ティアを救う代わりに、最愛の妻の心を壊してしまった。どんなに悔やんでも、時計の針は戻らない。
皿が空になると、夫はミリアの口元を柔らかいガーゼで丁寧に拭った。そして、ポケットから小さな粉薬の包みを取り出す。
「ミリア、これもお水と一緒に飲もうね」
自分が仕事へ出かけている間、一人きりの部屋で何が起きるかわからない。怪我をさせないため、そして自分が戻るまで静かに過ごしてもらうための睡眠薬。
水に溶かした薬を飲み干すと、ミリアの瞼はすぐに重くなり、やがて呼吸が規則正しく静かなものへと変わっていった。夫はそっと彼女をシーツに横たえ、毛布を胸元までかけ直す。
鍵をかけるカチリという音が、静かな部屋に寂しく響いた。今日も夫は、誰かの子供の心を救うために、児童精神科の診察室へと向かう。
精神科医だったミリアは、25歳の女性ティアの幻聴に左右された激しい行動によって正気を失いました。
この小説は本編ではなく、本編ではティアがミリアとのカウンセリングと薬の相乗効果で幻聴から救われています。
コメント
3件
読ませていただきました。静かな部屋のスープ、とても心に響きました。夫がミリアにスープを食べさせる優しい手つきと、鍵をかける音の対比が切なくて…。精神科医だった自分が、今は介護される側になってしまったミリアの無力さが痛いほど伝わってきました。罪悪感を抱えながらも日常を続ける夫の姿に、胸が締め付けられます。アナザーストーリーならではの重みがあって、続きがとても気になります。素敵な作品をありがとうございます🥀