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ガルドの巨大な剣が、ヌシの足を斬り飛ばした。
地面に落ちた先端を残し、残りの足は滝つぼに消えていく。
その光景を、ガルドは微妙な顔で見ていた。
「――ああ。あとで、謝ってまわらなければ……」
「あん? どういうことだい、旦那」
「この滝は、この付近の水源にもなっているんだ。だから、斬った場所から出た体液が……な」
その言葉に、アリアとメルヴィナはぞわっとした。
例えば料理するとき、ヌシの体液で汚れた水が混ざってしまう――ということだ。
「基本的には、自然が浄化してくれるので問題は無いのですが……。
今回のように怪我をしたり、墨を吐かれたりすると……水が少し、濁ってしまうんです」
フィオナも困ったように言う。
実害としてはあまり無いものの、近隣の住民としては……できれば、ヌシはいない方が良い。
「でも、悪いことは……していないんですよね?」
メルヴィナの言葉に、アリアはすっと返す。
「人間のテリトリーで生きている以上、迷惑が掛かるのは悪いこと。
……そう捌いた方が、考え方は簡単だよ。傲慢、だけどね」
「まぁ、そういうことだ。ヌシを倒したあと、生態系に変化が出るかは分からんが……。
今回倒すというのであれば、倒してしまおう」
滝つぼから跳ねてくる足を、アリアが杖で叩き落とす。
さすがのアリアでも、普通に戦えば杖で斬り落とすことなんて出来ない。
……加えて、今回はできるだけ目立たないようにしよう、と決めていた。
「でもなぁ……。前衛ふたりとメルヴィナだけじゃ、攻撃なんてできないぞ?」
「特に情報屋は、やることが無いよねぇ」
「うぅ……。俺の武器は、短剣だからなぁ……。ヌシの本体は、滝つぼの中にいるし。
……なぁ、旦那。力技で、ヌシを引っ張り出してくれない?」
「無理を言うな……。異能を使えば引きずり出せるかもしれんが、足がヌメヌメしているだろう?」
「ヌメヌメ……。
そういえば、旦那はどういう異能を持ってるんだ?」
ガルドはフィオナの方を一度見て、一息ついてから答えた。
「オレの異能は……『狂戦士化』だ。身体能力は跳ね上がるが、意識が飛んでしまう」
……だからこそ、彼は家族を殺してしまった。
いくら強力だといっても、使うにはあまりにも大きい代償だ。
「ふむ……。俺としては、ヌシよりも旦那の方が扱いやすいからな。
叩けば元に戻るのか? 俺が頑張れば、何とかなる?」
「さすがに、異能を使った状態ならお前には負けんぞ?
……まぁ、アリアさんなら分からんがな」
「あたしにそんな、無茶な要求をしないでくださいよ~」
……そうは言うものの、普通に倒せそうだよな。ザインは思った。
「――ただ、お得情報は伝えておきましょう」
アリアの言葉に、全員は戦いのヒントをもらえるものだと思った。
「……タコのヌルヌルは、塩もみすると取れますよ!」
「やってられるか!!」
しかし他のふたりよりもやることが無いメルヴィナは、その言葉をしっかり受け止めて考える。
……少なくとも、全身のヌメヌメを取る必要はない。
要はガルドが掴む場所だけ、そこだけでも取れればいいのだから――
「ザインさん、塩を取ってきてください!!」
「何で俺が!?」
「足が一番速いじゃないですか!?」
「アリアの方が速いだろ!?」
「パスぅ」
「ちょ、お前……っ!?」
アリアもメルヴィナも頼りにならない今、ザインの視線は自然とフィオナに向かう。
フィオナはぐっと親指を立てる。
「大丈夫です! 塩なら切らしてません!」
「塩は、丸太小屋の裏の倉庫にある。鍵は掛かっていないからな」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
納得はいかないものの……多数決のような形で、ザインは塩を取りに戻ることになった。
陽の光は落ち着いてきており、間もなく夕方に傾いていきそうだ。
「――塩ォッ!! お待ちどおさまァッ!!!!」
丸太小屋までは良かったが、丸太小屋からがまずかった。
さすがに走って持ってくるには、塩が重すぎたのだ。
「お帰りなさい。汗が凄いですね……」
メルヴィナの出した水を飲むも、一瞬、ザインはどこから汲んできたものか不安になってしまった。
しかし話を聞けば、滝から直接汲んできたということなので、とりあえず安心する。
「それより、向こうは何をやってるの?」
ザインが指差す先では、ガルドが目を閉じて、地面にどっしりと座っていた。
そしてその前では、アリアとフィオナが膝を突いている。
「……アリアさんが、祝福をしているところです。そのフォローで、フィオナさんが入っていて」
「ふぅん……? 旦那には異能があるのに、また何かしようとしてるのか?」
アリアの祝福が、異能や才能を与えることはふたりも知っている。
ただ、異能を持つ人間にさらなる異能を――というのは見たことがなかった。
しばらくすると、不思議な光がガルドを包み込んで……そして、アリアとフィオナもゆっくりと立ち上がった。
ガルドはその後にゆっくりと立ち上がり、自身の身体を見てまわす。
「よう、旦那。気分はどうだい?」
「……今なら、お前のことを簡単に倒せる気がするが?」
ガルドは不敵に笑った。ただ、アリアがガルドの頭を杖で小突く。
「ガルドさーん、血の気が多いのはダメですよぉ。
フィオナさんのフォローで上手くいきましたけど、しばらくは使うのは控えめに!」
「いえいえ、アリアさんの祝福があってこそです。
祝福の形って、いろいろとあるものなんですね……」
「それを理解できるフィオナさんも凄いですよ!」
「……ふっ。まぁ、そういうことだ。とにかく今は協力して、あのヌシを倒すことにしよう」
「ああ、そうだな。ヌメヌメを取るのも、大変みたいだし……。
それにしても、誰がヌメヌメを取るの?」
「情報屋でしょ?」
アリアの無慈悲な言葉に、ザインは膝から崩れ落ちてしまった。
――再び滝つぼに近付くと、先ほどと同様、勢いよく足が1本だけ襲い掛かってきた。
ガルドはそれを、剣の腹で叩き落とす。
「あたしも少しだけ、お手伝い~♪」
アリアは帽子から丈夫なロープを取り出して、ヌシの足を地面に固定した。
それだけでは心もとなかったので、ガルドがヌシの足を思い切り踏んで、動けないようにする。
ただ、ヌメヌメすることもあって、完全に動けなくするのはさすがに無理だった。
「ザインさん、頑張ってください!!」
「が、頑張るけど……! メルヴィナも手伝えよ!?」
「情報屋ー。さすがにそれは、ダメだよ~」
「塩を掛けるだけなら、何とか……。えいっ!」
「い、いや。どちらかというと、このグチョグチョする方を手伝って欲しい……」
「うぅ、生臭い……」
「俺もだよ!?」
文句を言うザインだったが、それでも手は動き続けていた。
……正直、ザインのことを見直してしまう一同だった。
ちょこちょこと襲ってくる足は、アリアが杖で叩き落としていった。
できるだけ穏便に、逆上して襲い掛かってこないように……アリアなりに、気を付けていた。
「……さて、そろそろ大丈夫だろう」
ザインが地面に倒れる横で、ガルドはアリアから渡された桶を使って……ヌメヌメの名残りを取り除いた。
ガルドは続けて、暴れるヌシの足を強く握りしめる。
アリアは手際よく、固定していたロープを外していった。
「――『狂戦士化』」
ガルドが呟く。
途端に身体が肥大化して、全身の筋肉がバランスよく膨張していく。
「ガルド、大丈夫?」
「はい。おふたりの祝福のおかげです」
『狂戦士化』とは本来、自我を失う代わりに攻撃力を得る異能だ。
しかし新たに、アリアとフィオナによって付けられた異能――
……『狂気無効』が、そのデメリットを完全に打ち消していた。
「……でも、まだ揺らぎがある。
さくっと終わらせて、さくっと戻りましょ♪」
「ああ、そうだ――……なッ!!!!」
ガルドは大きな声を上げて、そのままヌシの足を思い切り引っ張った。
ヌシの巨大な身体は滝つぼからヌルリと現れ、そのまま宙に飛んでいく。
「はぁ!? 何だよ、この力――」
しかし、宙に飛ばされたヌシは、目をギラリと光らせた。
よく見れば、目の下の口のようなところが地面に向いて……動いている。
……メルヴィナは、目が良かった。
細微なものを見慣れているせいで、どうしても細かいところに注意が行ってしまう。
そしてふと、嫌なことを想像してしまった。
「――意味がなかったら、すいません……!!」
メルヴィナは両手を空に掲げた。
すると、ヌシの真横に光の巨大な鳥が生み出される。
彼女の異能……『光の饗宴』による、ただの像だ。
しかしヌシはそれに反応して、誰もいない宙に、黒々とした墨を吐き飛ばした。
アリアはそれを見て、おお……ナイス……と、正直思ってしまった。
――ズウウンッ!!
長い時間に思えた一瞬が終わる。
ヌシは地面に落下して、それでも何とか、ノロノロと滝つぼに戻ろうとする。
しかし地上は、ヌシのテリトリーではない。
ガルドは大きな剣を構えて、ヌシの頭に突き下ろした。
「……ふぅ。終わったねぇ♪」
まずはアリアが、最初の言葉を放つ。
決してクールな戦いではなかったが、持っている手札で何とか勝つことができた。
こんな泥臭い戦いは、今後一生、お目に掛かることはないかもしれない……。
全員ができるだけ、澄んだ水で身体を洗っていく。
そんな中、フィオナがアリアに近付いて、楽しそうに声を掛けた。
「久し振りに、とても楽しかったです。私、アリアさんのことが大好きになっちゃいました♪」
「あははっ。あたしも久し振りに、尊敬できそうな人にお会いしましたよ~♪」
……フィオナは結局、今まで孤独だった。
自分自身に特別な力があるからこそ、故郷を追われ、今は寂しく暮らしている。
――しかし、アリアから聞いてしまった。
自分以上に孤独で、自分以上に特別だった……彼女の人生を。
そして彼女が求めたものは、自身の異能。自分には必要ないもの。それなら――
「――決めました。
私の異能……『生命付与』を、アリアさんにお譲りします」
フィオナの言葉に、アリアは頷いた。
そして彼女の横に立って、目を合わせずに続ける。
「ありがとうございます。
……ガルドさんのことも、お借りしますね」
空には夕闇が迫っていた。
清流の中、肌寒さを感じつつも……ふたりの胸の中には、何か熱いものが込み上げてきた。