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きなこもち
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#サレ妻
都築七美
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神崎は真っ直ぐに一花を見ていた。
「桜井さんが悪いことは、何もありません」
「でも……」
「ありません」
神崎はもう一度、静かに言い切った。
「その傷は、桜井さんが望んで負ったものではないでしょう」
「まして、それを理由に傷つけられていいはずもありません」
一花の目から、また涙が溢れた。
拭っても追いつかず、次から次へと頬を伝っていく。
神崎は少しだけ間を置き、声を和らげた。
「辛い時に、無理に一人で何とかしようとしなくていいんです」
胸の奥から声にならない感情が込み上げて、一花は唇を噛みしめる。
「私でも、榊でもいい。困った時は頼ってください」
一花は目を伏せた。
「でも、先生たちにまで迷惑を……」
「迷惑なら、最初からここまで関わっていません」
神崎の言葉は、いつも通り淡々としていた。
けれど今は、その飾り気のなさがかえって優しく、一花の胸へ静かに沁み込んでいく。
「全部、一人で背負う必要はありません」
一花は頬を伝う涙を手の甲で拭った。
「……はい」
その声はまだ少し震えていた。
それでも先ほどよりは、ちゃんと自分の声で答えられた気がした。
少し落ち着いたところで、一花はテーブルに置いていたスマートフォンへ手を伸ばした。
画面には、少し前に届いていた榊からのメッセージが表示されている。
《今日の夜、時間ある? 例の画像のことで分かったことがある》
《俺からも連絡するけど、できれば蓮も一緒がいい》
一花は文面を読み返してから、向かいに座る神崎へ視線を向けた。
「榊さんから連絡がきました」
「榊から?」
「はい。例の画像のことで分かったことがあるみたいで……」
一花は少し迷ってから続ける。
「先生も一緒に来てほしい、って」
神崎は小さく頷いた。
「分かりました。では、また後ほど」
「でも……大丈夫なんですか?」
「何がですか?」
「最近、付き合ってもらってばかりですし……お医者さんって、忙しいんじゃないかなって」
神崎は手元から視線を上げ、ちらりと一花を見た。
その表情が、ほんの少しだけやわらぐ。
「今日は当直ではありませんし、大丈夫ですよ」
「でも……」
「気にしなくて大丈夫です」
神崎の声は、いつもと変わらず淡々としていた。
その変わらなさに、かえって一花は少しだけ救われた気がした。
「……ありがとうございます」
「はい。また後で」
一花はようやく、張っていた肩の力を抜いた。
その夜、一花と神崎は、榊の事務所を訪れていた。
扉を開けると、榊はすでにいくつもの画面を立ち上げたまま、デスクに向かっていた。
一花たちに気づくと、手を止めて椅子を指す。
「来たね。座って」
一花は神崎と並んで腰を下ろした。
モニターには、数日前から拡散されている風俗店の在籍ページを模した画像が大きく表示されている。
「結論から言うと、これ、かなり手が入ってる」
榊がマウスを動かし、別の画像を開く。
「まず、この顔。元になったと思われる写真を見つけた」
表示された瞬間、一花は目を見開いた。
「……これ」
「知ってる?」
「はい。何年か前に、友達と撮った写真です。その子がSNSに載せてて……」
「たぶん、そこから拾われたんだと思う」
榊は、その写真と問題の画像を横に並べた。
「ここ見て」
カーソルが、一花の目元をなぞる。
「目の位置、輪郭、口角の上がり方。かなり一致してる。でも、髪型も服も背景も別物だ」
「じゃあ……」
「元の写真を使って、別の画像に作り替えた可能性が高い」
榊はさらに画像を拡大する。
「それと、こっち」
「……何ですか?」
画像の端には、文字とも記号ともつかない薄い跡が残っていた。
「生成に使ったサービスのマークの一部っぽい。消したつもりだったんだろうけど、完全には消しきれてない」
一花が画面へ顔を近づける。
「本当だ……」
「ただ、これだけじゃ断定できない」
榊はすぐに別の箇所を指した。
「耳と髪の境目。ここ、少し溶けてる。それから服の肩のところ。線が途中で不自然に増えてる」
言われて初めて分かる程度の違和感だった。
けれど、拡大して見れば見るほど、確かにどこかおかしい。
神崎も画面を覗き込む。
「こうして並べると、かなり不自然ですね」
「うん。ひとつだけなら加工ミスで済むけど、こういう痕跡が複数ある」
榊は再び元の写真へ戻した。
「だから俺は、この写真を元にAIで髪や服、背景を作って、風俗店の在籍写真っぽく仕立てたんじゃないかと思ってる」
一花は二枚の画像を見比べた。
友人と笑って写っていた、何気ない一枚。
それが今は、まったく別の意味を持つ画像へ作り替えられている。
背筋に冷たいものが走った。
「……こんなことまで、できるんですね」
「できる。だから余計に厄介なんだよ」
榊は次の画面を開く。
「でも、まだある」
そこには、問題の在籍ページと、実在する店の公式ページが並べられていた。
「店そのものは本当にある。ただ、このページは本物じゃない」
「え?」
「レイアウトも表記も、本物と一致してない。プロフィールの項目名も違うし、ボタンの位置も違う」
「店の情報だけ使って、それっぽく作った偽物だと思う」
一花は画面を見つめた。
「じゃあ……写真も、ページも?」
「両方作られてる可能性が高い」
神崎が静かに口を開く。
「実在する店を使ったことで、本物らしく見せたということですね」
「たぶんね。完全な架空店舗より、ちょっと調べただけじゃ嘘だと気づきにくい」
一花は膝の上で両手を握った。
誰かが、自分を陥れるためだけにここまでした。
偶然できた噂ではない。最初から、信じ込ませるために作られた嘘だ。
コメント
1件
いやあ、今回も良かった……!神崎先生の「迷惑なら最初から関わってません」って台詞、めちゃくちゃ刺さったわ。淡々としてるのに優しさがにじみ出てて、ああいう大人にちゃんと守ってもらえるの、一花にとってすごく大きいだろうな。 で、榊の解析パートも熱かった!写真の一致、耳元の溶け、サービスのロゴが消しきれてない——この「痕跡を積み重ねて偽物を暴く」展開、ガチの捜査ものみたいでめっちゃ興奮した。しかも実在する店を使って偽ページ作るって、悪質すぎるけど手口がリアルで怖い。 46話でまだまだ終わらない感じ、続きがマジで気になるわ🔥