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オレの案内で3人は中に入った。
「スリッパいる?」
そう聞くと、先生2人は「そこまでしなくてもいいから……」と遠慮しがちだったが
一応人数分を置いた。
すると、会長だけは当然のようにスッと履いた。
廊下を歩き突き当たりの部屋が確かリビングだったっけ、先頭のオレはドアを自信がなくそっと開けた。
全員が部屋に入ってドアが閉まった事を確認した後、3人に向かって来て母さんは、深々頭を下げ「ようこそ起こしいただきました。」と挨拶をした。
深澤先生が前に出て
「祭日の最中、我々のために貴重なお時間を割いていただき、誠に感謝しております。」
その声は落ち着いていて、聞くだけで緊張が少し溶けるような響きがある。
「私、養護教諭兼スクールカウンセラーをしております。深澤と申します。」
シルバーの名刺ケースの蓋を開け、
名刺を一枚つまみ上げてケースの上にそっと乗せ、
それから両手で名刺を母さんに差し出した。
深澤先生の動きは一つひとつが無駄なくて、
名刺ひとつ渡すだけで、空気がピシッと締まる。
(深澤先生すげぇー)
思わず心の中でつぶやく。
名刺を渡すだけなのに、こんなに丁寧で、
話すときの姿勢も、言葉の選び方も、
いつも学校で見る「先生」とはまるで別人みたいだった。
これは……社会人の世界の“作法”なんだって思う。
そして
オレは驚きと、何とも言えない感動の余韻に浸っていた。
深澤先生は落ち着いた声で続けた。
「こちらが体育教師の岩本で、道中に大切なお嬢様に何かあってはいけないと思い、ボディーガードとして同行していただきました。」
岩本先生は軽く会釈し、胸の前で拳をトンと当てる。
その仕草がやけに様になっていて、“ボディーガード”という言葉が妙にしっくりくる。
「そしてその隣はお嬢様のご学友、現生徒会長でもあります阿部です。」
……いや、ちょっと待て。
会長のご学友じゃねーよオレは。
胸の内で思わずツッコむ。
“お嬢様”って言われるのも変だし、
“ご学友”ってなんだよ、どこの貴族だよ。
オレはただの、その……クラスメイトで、
会長と対等とか、そんな器じゃねえ。
ましてや“ご学友”なんて、
なんかこう……隣に立つだけで申し訳ねぇ気持ちになる単語だ。
でも深澤先生は完全に“設定”で押し切る気らしい。
会長はどう見ても自然に受け入れてるし。
……いやいやいや。
オレだけ場違い感がエグいんですけど!?
会長は微笑みながら一歩進み、
まるで格式高い場で育ったかのような完璧な所作で頭を下げた。
「本日はお会いいただき、誠に光栄です。
これは俺からの花束ですが、受け取っていただけませんか?」
柔らかい声だった。
けど、その“俺からの花束”という言葉が刺さる。
会長は持っていた花束を差し、
母さんは丁寧に両手で花束を受け取った。
(やっぱり…母さんへなんだ。)
「……あら、阿部くん綺麗な花をどうもありがとう」
言いながら、ほんの一瞬だけ──
笑顔が引きつった。
ほんとに一瞬。
見間違えかもしれないけど、
オレの母さんは滅多にあんな顔しない。
気のせい……なのか?
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