テラーノベル
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『アンタなんか産まなきゃよかった。発情で恥さらすりなんて、この家の恥よ』
『…っ』
言い返したい気持ちをぐっと抑える。
そっちが勝手にセックスして産んだくせに
できが悪いと文句を言う。
そんな理不尽さにも、もう慣れていた。
『何よその目、うざいわね。とにかく、薬でも何でも飲んで、まともなフリくらいしなさい!』
『で、でも抑制剤は…飲みすぎると不感症になるかもしれないから、容量は守ってって先生が……っ」
『はあ、だからなに?学校でバレたらどうするの? 変態って思われるわよ。アンタのせいで私が笑われるの!!』
『あんたに責任取れるの!?』
「…で、できるだけ、薬で抑えるように努力する……」
『そんなこと言って、どうせ発情して誰かの前で腰振るんでしょ?ハイパーΩなんてそういうものよ』
「そ、そんなことしないよ!」
『何でもいーけどな、ΩならΩらしく、適当にα掴まえて早く子供産んどけ』
否定する間もなく、今度はβの父親の声が飛んできた。
「……俺、そういうのは、ちゃんと自分で決めたいよ。運命の番を見つけて…愛され、たい」
言葉にしてみると、やけに幼く聞こえた。
『はあ……バカだから教えてやるけど、Ωなんて〝愛される〟んじゃなくて〝使われる〟だけだ』
何を言っても無駄だった。
「そ、そんな…っ」
『ふっ、それになに、運命の番?夢見てんじゃないわよ。アンタなんか誰にも愛されないわ』
中学時代、そうやって刷り込まれて育った。
◆◇◆◇
俺の名前は花宮楓。
高校を卒業した俺は、息苦しい実家を飛び出し、すぐに上京した。
ずっと好きだった花の仕事に就き、今では花屋を自営業で担っている。
「楓ちゃん、こんにちは」
「あっ相澤さんこんにちは!今日も来てくれたんですね」
常連の相澤さんは一児の母親で、ここの花をよく買ってくれる、気さくな一児の母だ
数ヶ月前からこの店に通ってくれている。
「今日はどうされたんですか?」
「今日ねぇ、娘の誕生日なのよ。だからプレゼントと一緒に渡す花を買いに来たの」
「娘さんの…それはおめでとうございます。プレゼントはもう決められたんですか?」
「ええ、デパコスのリップ。前から欲しいって言われてたから、ちょっと奮発しちゃったの。ふふ、旦那には内緒だけどね」
「高校生のお嬢さんなら、おしゃれにも興味出てくる頃ですもんね」
「そうなの。で、そこで楓ちゃんの出番ってわけよ、お祝いにぴったりなお花って何かあるかしら?」
「はい、そうですね…」
レジを出て、バラの棚へ案内する。
「高校生ぐらいの女性に贈るなら、華やかでやさしい印象の花がいいと思います。こちらなんかどうでしょう?」
淡いピンクのバラ。
花弁が重なって柔らかな印象を持つ一輪を指す。
「ピンクのバラは『感謝』『愛情』という花言葉があります。娘さんへの思いを込めるにはぴったりか
と」
「まあ、綺麗…!じゃあそれをお願いできる?」
「かしこまりました。何本ご用意しましょうか?」
「16歳だから、16本でお願い」
「承知しました。ラッピングも含めてご用意しま
すね」
手際よく花を選びながら、包装紙とリボンを準備し、レジに戻る。
「楓ちゃんって本当にお花が好きなのね。店内もいつも整ってるし、丁寧に扱ってるのが伝わってくるわ」
「ありがとうございます。昔から花が好きで……こうして好きなものに囲まれて働けるのは、本当にありがたいです」
ふと、あの母親の言葉が頭をよぎる。
『アンタなんか誰にも愛されない』
そんな過去の戯言をかき消すように笑顔を作った。
すると相澤さんは、バラを見つめながら笑う。
「きっと、その気持ちが花にも伝わってるのね。だからこのお店は居心地がいいのかも」
「…ふふっ、そう言ってもらえると、働きがいがありますね」
丁寧に16本を束ね、包装する。
「お待たせしました」
「こちら、ご注文の16本のピンクのバラです。お嬢さんに喜んでもらえるよう、可愛らしく仕上げました」
「本当にありがとう。娘、きっと大喜びだわ」
満面の笑みで花束を受け取る相澤さん。
その笑顔を見て、少しだけ心が軽くなる。
「素敵な誕生日になりますように」
「いつも、ありがとう、楓ちゃん。また来るわね」
彼女を見送り、レジに戻る。
まだ昼過ぎ。
混み始めるのは夕方から。
花の点検でもしておこうと腰を上げたとき、モニターに流れたニュースが目に入る。
Ωとαのモデル同士が結婚した、という報道。
ああ、昔、俺もあんな風に“愛されたい”って思ってたな。
母親の言葉は今も心に引っかかっている。
それでも、花に囲まれ
人の笑顔に触れられるこの場所がある限り、少しずつ前を向ける気がする。
(……誰かに、ちゃんと愛される日が来たらいい
な)
そんなことを考えながら、店先の花に水をやっていたときだ。
「すみません」
背後から聞こえた、低めの声
振り向くと、そこに立っていたのは
身長は俺より大きい180cmぐらい
紫がかった髪、ウルフカット。
鎖骨が見えるVネックにチョーカー
ピアスも多い。
整った顔立ちだが、どこか危うさをまとっている。
服装も雰囲気も尖っている。
お客様にはすごく失礼だが
ぱっと見、偏見を持つなと言う方が難しい危なそうなタイプに見える。
「い、いらっしゃいませ」
少し戒しつつも、接客モードに切り替える。
彼は店内を見回してから、こちらに視線を戻した。
「少し、花束を頼みたいんすけど」
声は低いが、意外と柔らかかった。
「はい。贈り物でしょうか?用途やイメージがあればお聞かせください」
「……一応、ファッションデザイナーやってまして。コラボ成功の祝いに渡したいんだけど…こういう店、慣れてないもんで」
予想と違う、首に手をやって少し照れたような話しぶりに、こちらも肩の力が抜けた。
「なるほど。それならいくつかご提案できますので、どうぞ中に入ってください」
彼を伴って店内を回りながら、花を見せていく。
「こちらの胡蝶蘭や、アンスリウムなんかオススメですよ。」
「へえ、綺麗ですね。」
「ありがとうございます。胡蝶蘭はお祝いの定番でして」
「……じゃあ、それと…あと、これと、その隣の花で花束作ってもらっていいっすか?」
彼が選んだのは白いカスミソウとバラ、ピンポンマイムとユリ。
どれも清楚で上品な印象だ。
「承知しました。少々お待ちくださいね」
顧客管理のためにいつもお客様にはお氏名を聞いているため
ペンをエプロンの胸ポケットから取り出す
「すみません、お名前伺っても宜しいでしょう
か?」
「えっと、犬飼です」
「犬飼様ですね」
氏名を記入し終え、お会計を済ませて作業に移る。
手際よく束ねながら、ふと彼を見る。
綺麗な顔だ。
同性に対してそんなことを思ったのは初めてだった。
どこか中性的な顔立ちと雰囲気に、思わず見惚れ
る。
そんな視線に気付いたのか、彼もこちらを見た。
ハッとして目線を手元の花に戻して、動揺を誤魔化す。
存在感のある白い胡蝶蘭をしっかりと手に持つ。
花びらの向きを微調整して
一番美しい表情が出るように…
これが、花束の顔になるからと丁寧に、丁寧に。
次に、この白いバラを胡蝶蘭のそばに添える。
丸いシルエットが、胡蝶蘭のシャープさを和らげて、優しい印象をプラスする。
二つの花が、お互いを引き立て合うようにして
次に白いピンポンマムを、バラの近くに。
ころんとした形が、可愛らしいアクセントになっている。
高さを少し変えて、単調にならないように気をつけながら。
そして白いカスミソウは、ここでは全体を覆うというより、隙間を埋めるように
花と花の間から、そっと顔を出すように白い粒のアクセントとして添えていく。
まだ蕾の白いユリは、少し奥に配置して、奥行きを出す。
これから開く姿を想像しながら全体のラインを作る意識で…
それぞれの花の塊が、調和するように手のひらでゆっくりと回転させながら全体のバランスを見ていく。
流れを作るというよりは、それぞれの花の美しさを際立たせるようにだ。
そしたら茎をしっかりとまとめて、安定感が出るように束ねていく。
最後に、引き出しから取り出した淡い紫色のリボンで、きゅっとブーケを結んで…
「お待たせしました」
「わ、すごいっすね。めちゃくちゃ綺麗だ…」
素直にめられるのは、こそばゆい感じがするけど、やはり嬉しかった。
「ありがとうございます。お相手の方にも気に入っていただけるといいですね」
彼は花束を受け取りながら、はにかむように笑う。
「どうも」
「お買い上げ、ありがとうございました」
そう言って頭を下げると、彼も軽く会釈をして、店を出て行った。
それから1週間ほど経ったある日の18時頃
「すみませーん」
「いらっしゃいませ……って、あ!この前のお兄さん、また来てくれたんですね」
また彼が来た。
前回は12時ぐらいに来たので、昼間に見るのとは雰囲気が違って見える。
黒無地のTシャツにグレーのパーカーとブラックデニムというシンプルな服装だ。
以前と同じくラフな雰囲気だけど、どこか洗練されている感じもする。
やっぱりデザイナーなだけあってオシャレなんだろうな、と思って店内を見回している彼を見つめていると
(ん?あれって……)
なにやら紫の髪の毛に葉っぱのようなものが付いていて
さすがにアクセサリーではないよね?
と不思議に思いつつ、一度見てしまったからには、そこに注目せずにはいられなくて。
あんなオシャレなお兄さんがドジっ子パターンなのかと思い、レジを出て背後に近づいてみる。
すると、予想通り葉っぱのようなものはアクセサリーではなく、明らかに枯れ葉だ。
今日風強いってニュースで言ってたけど
もしかしてそれで枯れ木の葉っぱがタイミングよく頭に落ちてきたとか…?
それで髪の毛に乗っかかったまま気付かずに来たってことかな。
これはさすがに指摘したほうがいいだろうと思い
後ろから話しかけることにした。
軽く肩を叩いて
「あのー」と声をかけると、彼はパッと振り返った。
葉っぱが頭についていることを教えて、彼の頭を指差す。
すると彼は焦ったように
「まじか、悪いですけどとって貰えます?」
と言ったので
「あっはい、ちょっと頭下げてもらってもいいですか…?」
お願いすると、彼は少し屈んで頭を差し出してくれた。
「失礼します」
と言いながら、彼の頭に手を伸ばした。
(うわ、髪の毛サラサラだ……)
手触りのいい髪を軽く撫でながら葉っぱを取る。
「よし、取れました!」
「枯葉?……さっき来るときに枯葉踏んで滑ったから、そのときに頭に着いちゃったのかもな」
思いがけないというか、クールな印象からは予想もできないおちゃめなエピソードに
思わず笑みが溢れた。
「ははっ、犬飼さんってハードボイルドな見た目によらずドジなんですね」
手をぐーの形にして唇に軽くてて笑うと、彼は一瞬固まったが楽しそうに笑った。
「はは、よく言われます。そんなに見た目怖く見えますか?俺」
そう言われて
もしかしなくても俺、今ものすごく失礼なこと言ってしまったのでは?と焦って訂正する。
「あっ、いや!そういうわけじゃなくて、すみません!失礼なこと言ってしまって」
申し訳なかったなと思い、ぺこぺこも頭を下げる。
「いやいや、気にしてないので大丈夫っすよ」
会話を終えると、一礼してレジに戻る。
少しほっとしながら彼を見ていると、彼は店内の花を一つ一つじっくり見ながら回っていた。
(犬飼さん、優しそうな人でよかった…)
どうも、ガラの悪そうな男を見ると
過去に僕を襲い拉致したヤクザの内の一人なんじゃないのかと疑いにかかってしまう癖がある。
でも、犬飼さんは葉っぱを付けて花屋に入ってくるぐらいおっちょこちょいな人だ
有り得ないな。
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