テラーノベル
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――それから数日後。
ドリコは、ラウルから届いた手紙を苦々しい表情で睨みつけていた。
そこには、王子らしからぬ直球な筆致でこう書かれている。
『余の聖剣、いつになったら返ってくるのだ? そなた数日中に金庫を開くと言ったよな? まさかとは思うが、余が第三王子だから渡したくないと思っているのではないか? よいか、2、3日中に金庫を開けよ。無理などという言い訳は一切聞かぬ』
「……くそっ、しびれを切らし始めたか。あの無能王子、的外れな疑念を抱いてるな」
内心で毒づきつつも、ドリコは分かっていた。
こうなったのは、フリーデが砦から出てこないせいだ。
本来なら、鍵のかかっていない金庫の前で王子を待たせる必要などない。
聖剣を渡す前に、彼女の心を完全に折り、自分のものにする。それがドリコの狙いだった。
しかし予想外の事態が起きる。魔族部隊の襲撃により、戒厳令が発令されたのだ。
将軍クラスの外出は禁じられ、フリーデも自宅に戻れなくなった。
おまけに、砦の訪問も厳しく制限されてしまい、完全に接触の機会を失ってしまった。
「短時間で砦に出入りしすぎたか」
おそらく、兄バルトは選挙対策か何かだとでも勘違いしているのだろう。
「チッ……バルトのやつ、私が票集めのためにフリーデを訪ねてたと思ってるな」
このままでは、せっかくガタガタにした彼女の精神が回復してしまう。
それだけは絶対に避けなければならない。
ドリコは、フリーデだけが解読できる魔術暗号文を作成した。
内容はこうだ。
『これ以上砦にこもるつもりなら、お前だけが映った映像を帝国軍内にばら撒く。2日以内にバルトに戒厳令を解かせろ。無理なら砦を抜け出してカジノへ来い』
同時にラウル王子には、こう返事を出す。
『お待たせして申し訳ございません。金庫は3日後に開きますので、カジノへとお越し下さい』
すべては明後日。
ドリコは拳を握りしめながらつぶやいた。
「明後日だ。明後日に――フリーデを完全に落とす」
◇
しかし――その翌日。
「聖剣が盗まれただとぉ!!?」
カジノの名物金庫ゴールドロックに聖剣を保管していたドリコは、朝一番の報告を受けて怒り心頭。
目の前にずらりと並んだ警備員たちに、唾を飛ばしながら怒鳴りつける。
「何をやっていたのだ貴様ら!?」
肩をビクつかせながら、代表の警備員が報告を続ける。
「さ、昨夜、空調から催眠ガスが流され、警備員のほとんどが昏倒しました。犯人はゴールドロックの鍵が開いていることを知っていたようで、金庫の扉に破壊の痕跡はほとんどありません。中の聖剣だけが盗まれていました。幸い死傷者は出ておらず、被害も聖剣のみと思われます」
「何が幸いだ! お前たちの仕事は、死んでも金庫の中身を守ることだろうが! ふざけるな!!」
「も、申し訳ございません……!」
「で、賊に心当たりは!?」
「そ、それが……恐らく、この街の住民だと……」
「理由は?」
「ゴールドロックは鍵が開いていたとはいえ、扉の重量はおよそ4トン。怪力スキル持ちの者でも、最低5、6人は必要です。ですが聞き込みの結果、昨夜そのような集団を見たという者は誰もおりません。つまり賊は地元民で、聖剣を奪った後すぐに一般市民に紛れたのではと……」
「……ふざけおって」
「さらに……住民の中には、意図的に事実を隠しているような者も……」
「隠している?」
「はい。我々が尋ねても、何かを伏せているような。まるで真実を話す気がないといった様子でした」
「……なんだその煮えきらぬ報告は!」
ドリコは苛立ちを露わにする。
「もういい、私が直接聞き出す!」
エスタで最も大きなギルドに到着したドリコは、荒々しい足音を響かせながらエントランスへ踏み込んだ。
さすが栄えた街の拠点だけあり、ギルドの中は広く、クエストカウンターには六つの窓口が並び、次々と依頼を捌いている。
集まっている冒険者たちも一癖ありそうな者ばかりで、装備も中級以上と見えた。
ドリコは肩で風を切りながらカウンターへ向かう。すると、応対に現れたのはスーツ姿のギルド支配人だった。
「おお、これはドリコ様。ご視察ですか? 本年度こそはリガルド・ギルドコンテストで一つ星を頂けるよう、ギルド一同尽力――」
「そんなことはどうでもいい。昨夜、我がカジノに賊が入った」
「なんと……! では冒険者を募って捜索隊を――」
支配人の申し出を遮るように、ドリコがギルド内に怒鳴り声を響かせる。
「聞け、ここにいる雑兵ども! 我がカジノから、宝を盗み出した極悪人がいる! 情報を提供しろ! 隠し立てする者がいれば、ただでは済まさんぞ!」
その大声に、ギルド内の視線が一斉にドリコへ集まる。
「賊はこの街に詳しく、内部事情にも通じていた。つまり貴様らの顔見知りの中に、犯人がいるはずだ!」
ざわつくかと思いきや、ギルド内は静まり返った。
支配人も、いきなりヒートアップしているドリコに戸惑っている。
「ドリコ様、情報が必要であれば、信頼できる情報屋をご紹介できますが……」
「とぼけるな。知っているんだろう、答えろ! 匿った者も同罪とみなし死罪にする!」
市長であるドリコに、そんな権限はないはずだが、彼が司法ともズブズブという噂はよく聞く話だった。
ギルド内は、さらに深い沈黙に包まれた。
「……クソッ、使えぬ奴らめ!」
ドリコは舌打ちし、支配人へと詰め寄る。
「この辺りで、盗賊どもを束ねているようなギルドはあるか?」
「そ、それでしたら……貧民街にあるダーククロウというギルドが、それらの類を一手に引き受けていると……」
「チッ、貧民街か。なぜここに登録されていない?」
「それは……少し前に暴力事件を起こし、ギルド連盟を除名されまして……」
ドリコは思い当たる節に顔をしかめた。
「あいつらか……。奴らなら私に恨みがある。動機は十分だな」
聖剣を盗んだのはダーククロウに違いない――そう確信したドリコは、そのまま貧民街へと足を向けた。
相変わらずの汚れた街並みに、空気にはツンとしたアンモニア臭が漂っている。息を吸うのさえためらわれるこの貧民街に、ドリコが足を踏み入れると、ボロボロの服を着た住民たちが、救世主でも見つけたかのように駆け寄ってくる。
「市長、貧民街を消すなんて嘘ですよね!?」
「婆様はもう動けねぇんだ……」
「市長、せめて街のゴミ拾いでもいいから、仕事を……」
住民たちはゾンビのように手を伸ばし、ドリコにすがりつく。しかし、ドリコはそれを嫌悪するように振り払った。
「ええい、触るな! 汚らわしい連中め! そんなことよりダーククロウはどこだ!」
「ダーククロウ? あのギルドならとっくに解散しましたよ」
「……なんだと?」
「ギルド連盟に追放されて、活動できなくなったって話です」
「嘘をつくな! あのドブネズミどもが、日々チョロチョロしているのを私は見ているんだ!」
納得できないドリコは、貧民街の闇市へと足を運ぶ。そこでは住民たちが、広場で露天を広げていた。ゴザの上に並べられているのは魚の骨や空き缶など、ガラクタ同然の品ばかり。
「ダーククロウはどこだ! 匿っているなら容赦はせんぞ!」
「ダーククロウ? これのことかい?」
露天商の一人が、カラスの死骸を差し出してきた。
「ぐぬぬぬ……バカにしているのか、貴様ら!」
ドリコが怒鳴ると、周囲の浮浪者たちは口元を歪め、ニヤリと笑う。その中の一人、干からびたような老人が、歯の抜けた口で言った。
「ここにいる連中は、あんたに痛い目に遭わされた者ばかりじゃ。なんで協力してもらえると思ったんじゃ?」
「……チッ。いいだろう。協力したら金をくれてやる!」
ドリコは懐から金貨を取り出すと、地面に放り投げた。しかし誰一人として飛びつこうとはしない。ただ、その金を冷たい目で見下ろすだけだった。
「あんた、人生壊された人間をなめとるな。そんなチンケな金で、この恨みが消えると思っとるのか?」
「この蛆虫どもが図に乗るなよ! 少し早いが、皆殺しにしてやってもいいんだぞ!」
すると、老人が静かに口を開いた。
「ひとつ教えてやろう。あんたは自分が頂点のつもりかもしれんが……ここには、あんたを殺せるなら死んでもええと思ってる奴らが、ゴロゴロおるんじゃよ」
その言葉を合図にするかのように、ボロボロの小屋からナイフを手にした少年が姿を現す。露店を広げていた男は折れた剣を手に取って立ち上がり、洗濯をしていた女は錆びついた包丁を構えてにじり寄ってくる。その数はどんどん増え、ドリコのボディーガードたちが警戒を強める。
「ド、ドリコ様、小屋の中に弓を構えた者が数人……。ここは危険です」
「なぜ私が、こんなみすぼらしい連中から逃げなければならんのだ!」
怒鳴った直後、彼の足元に弓矢がビーンと突き刺さる。
老人は鋭い目でドリコを見ると、冷静に言い放つ。
「次は当てるぞ」
「くそっ、蛆虫共に構ってられるか!」
ドリコは負け惜しみを言い放って踵を返す。
老人はその背中を「クカカカ」と笑う。
「弱者を切り捨ててのし上がったものは、大事な時に弱者に邪魔されるんじゃよ」
「爺さん、ご苦労さん。協力してくれてありがとう」
後ろから匿われていた、ダーククロウのメンバーが声をかける。
「なに、あんな権力に取り憑かれた人間より、王子についたほうが良いと思っただけじゃよ。して、約束のもんはあるのか?」
「ああ、やっぱり彼は本当の王子だったみたいだ。報酬が出てる」
メンバーが取り出したのは、【帝国用労働者登録書】だった。身分証を持たない貧民街の人間が、喉から手が出るほどほしい書類で、これさえあれば街で正規の働き口を見つけることができる。
老人は書類に手を合わせて拝みこむ。
「ありがたや。さすが王子じゃ。貧民には金渡しとけばいいと思ってる、バカ市長とは大違いじゃ」
ありんす
1,555
宮毘羅
20
#シクフォニ
らの☆📢🍍×🌸推し
269
コメント
1件
読み終わりました。第80話、めちゃくちゃ胸がすく展開でしたね。ドリコの高圧的な態度がついに跳ね返ってきて、貧民街の住民たちに囲まれるシーンは「さあ来た」と手に汗握りました。特に「弱者を切り捨ててのし上がった者は、大事な時に弱者に邪魔される」という老人の言葉、重すぎます。王子が密かにダーククロウと繋がって住民を助ける流れも好きです。ドリコが追い詰められていく構図、続きが気になりますね!