智Side
 
 誰でも一度は思うだろう‥
 他人の持っている物を欲しいと思う感情。
 
 それは、服だったり、車だったり、装飾品だったり‥
 
 そして‥
 
 それが誰かの恋人であったりすることも‥。
 
 まさに”隣の花は赤い”ってことだ。他人が持っているものを羨ましく感じる。
 
 最初は何とも思わなかった。
 犬のように無邪気に祐希に引っ付く藍を見ても、ああ‥いつもの光景だと。
 祐希に対してもそうだった。いや‥これは過去形になる。
 藍に対する愛情は人一倍だった。関係を知っている俺の前では、臆面もなく惚気話をしている時もあった。
しかし、それは次第にエスカレートしていく。
 “智君、俺‥もっと藍に愛されたい”
 “協力してくれる?嫉妬させたいんだ”
 
 そう話してきた時の祐希の表情を今でも覚えている。子供のような笑顔をしながら、その瞳には欲望の色を濃く表していた。
 昔からの付き合いだと‥二つ返事で了承したが、これが間違いだった。
 
 藍に向けられる無償の愛に‥次第に妬みが生まれる。
 
 あんなふうに俺も愛されたいと。
 
 溺愛されたらどんなに幸せなのかと‥。
 
 しかし‥
 そんな俺にも恋人はいる。
 優しい、穏やかな陽だまりのような愛で包みこんでくれる存在。
 
 不満など1つもなかったのに。幸せだったのに。
 
 それでも‥
 
 求めてしまう。
 祐希の愛が欲しいんだと。
 それが例え‥
 
 許されない行為だと知りながらも‥
 
 
 俺は‥
 愛されたい。
 
 祐希に。
 どんな手を使っても。
 
 藍から奪いたい‥
 
 
 
 「ふーん‥」
 
 隣で着替えている藍に聞こえよがしに呟いてみる。
案の定、怪訝な顔をしてこちらを見つめる。俺の本性を知ったからだろうか‥遠慮なく不信感をあらわにしている姿は‥まるで子供のようだ。
 
 「なんすか?」
 「ああ‥ごめん、聞こえた?いや‥昨夜はお盛んだったのかなと思って‥わざわざそんな所(首元)に印つけてくるんだもんな。見せつけるためにだろ?ご苦労さん」
 
 我ながら嫌味な言い方になってしまったが、本音でもある。
 「別に見せつけてる訳じゃないっすよ。大体これつけたのは‥ゆう‥きさんやし‥」
 祐希、と名前を呼ぶ時にだけキョロキョロと周りを伺っている。更衣室には数名ほどいるが、話に夢中で誰も俺等の会話なんて聞いてる奴はいないのに。
 「あっそう。でも、誘ったのはお前だろ?」
 図星だったのか、あからさまに顔を赤く染める。
良くも悪くも藍は素直だ。
 時々‥それが羨ましくもある‥
 “アイツはガキっぽいところがあるからな‥“
 いつだったか、祐希が笑いながら話していた。呆れた口調の中にも愛しいと思う気持ちが見え隠れしていた。
 
 「周りにバレたくないならもっとポーカーフェイス保てるようになったほうがいいと思うよ?」
 「‥智さんには関係ないやん‥///」
 オレの言葉に頰を膨らませ抗議する。
 「どうだが‥俺の言葉に焦って誘ったくせに。それで?どうだったの?祐希に愛されたって錯覚してさ‥」
 「なっ!?‥残念やけど、錯覚やないし!ゆ‥うき‥さん俺の事好きやって言ってましたよ」
 「祐希が?」
 俺の言葉にやたらと大きく頷く姿に内心、胸がズキンと痛む。
 
 「だから、智さんは諦めてください。愛されてるんは俺だけやから」
 「俺の事は?」
 「えっ?」
 「俺の事は何も言ってない?」
 「‥‥‥‥‥」
 勘だった。特に理由があって聞いたわけではなかったが‥先程までの余裕はどこにいったのか、藍の顔が曇る。これは何かあるに違いない。
 
 「何?言えないわけ?俺の事は喋ったのに‥」
 
 「言えんわけじゃ‥」
 「なら言えるよね?」
 「‥‥智君から誘われたら行くん?って聞いただけやし‥」
 「へー、で?祐希はなんて言ったの?」
 渋々話す藍に矢継ぎ早に話しかける。重要なことかもしれないのだから。
 
 「‥‥‥行かないとは断言できないって‥言うとったよ‥」
 
 納得のいかない表情で呟く横顔は、すでに嫉妬心を露わにしていた。
祐希が見れば喜ぶだろう。
これは元々、藍に嫉妬して欲しくての事だから‥。
 ‥最初から分かっている。祐希の心が俺に向いていない事など‥
 でも‥
 認めたくなかった。祐希に対しての感情が変化した今となっては‥。
 祐希に愛されていると告げた割には、俺の言葉1つで一喜一憂する藍を見ると‥
 この状況を利用できるのではないかと‥
 黒い心が湧き起こる。
 
 だから‥
 
 「へー、そう祐希が言うなら俺も誘えるってわけだ‥」
 
 思わず口に出した言葉に、カッとなる藍の顔を妙に冷静に眺める。
 「構わないよな?決めるのは祐希だろ?お前じゃない‥」
 「智さん!?」
 「確かめてみるよ、今夜‥。愛されているのかどうか‥祐希にその気がなければ何もないわけだし‥」
 「そんな‥‥」
 「もし誘いに乗ったとしても‥それは祐希が決めたことだ。とやかく言われる筋合いはないよね‥ああ、今日は夜、打ち合わせがあるって言ったよね?俺にとっては好都合だ、邪魔者がいないんだし‥」
 
 フフンと笑うと、それこそ藍の顔は真っ赤になっていた。
ワナワナと震えているが‥
 ここまで言い切ったんだ、
 後戻りする気はサラサラない。
 
 
 “邪魔するなよ‥“
そう捨て台詞を吐いて更衣室から出た俺は‥さながらヒール役にしか見えないだろうな‥
 
 
 子供のように怒りを露わにする藍が‥
 堪らなく羨ましかった。
 
 その位置に俺もいたかった‥
 愛される存在になりたかった‥
 だから、思う、
 
 いいじゃないか‥
 
 
 たった1日、愛される日があったって‥
 
 
 藍、お前には分からないだろうな‥
 
 
 
 
 
 
 「えっ?今夜?」
 
 支度を終え、一目散に祐希の元へと駆けつける。藍はとっくに次の仕事の打ち合わせに出かけていて居なかったが、心が急くのを止められなかった。
家に行きたいと告げると、柔らかなアーモンドアイが何かを探るように見つめ返す。
 
 「明日オフだろ?俺も予定ないし‥それに、実は藍にも話してきたんだ。祐希の家に行くって。案の定、すっげぇ気にしてたよ。その話もしたいし、なっ?いいよね?」
 「智君ノリノリだね、笑。うんっ、いいよ!」
 
 嬉しそうに微笑む表情を見ると、俺が協力してくれているという安心感からなんだろうな。
 
 違うよ‥祐希、これは協力なんかじゃない‥
 喉元まで出かけたその言葉をなんとか飲み込み、
 “また後で‥“
 
 と告げ、先に駆け出した。
 
 
 そのままの勢いで外に飛び出し、気が付く。
 
 
 外は土砂降りだった。
 さっきまでの晴天が嘘のように‥。
 
 無数に降りかかる雨粒を鬱陶しく感じながらも‥そのまま走り出す。
 
 
 濡れるのも、泥水が跳ねるのも‥
 何も感じなかった。
 
 
 むしろ、この雨粒に打たれていたかった。
 
 
 何もかも流してくれるんじゃないかと‥
 
 
 許されざる行為に及ぶ前に‥
 
 
 
 引き返せなくなる前に‥
 
 
 
 だが‥
 
 
 
 
 俺はこの後‥超えてしまう事になる。
 
 
 超えてはならない一線を‥
後悔はない。
 
 
 
 
 
 
コメント
10件
智さんの気持ちは解らなくもないけど祐希くんが本当に愛しているのも想っているのも藍くんな訳でそれで智さんは幸せになれるのか?大人しく手をひいて小川くんにしときなさいって思っちゃいますよね!祐希くんもそこまでしなくても藍くんはもう祐希くんしか見てないのに早く気付いて! 次回も楽しみにしてます☺️

ゆうきさん!? 大丈夫ですよね? 小川さんの日だまりのような愛も無くなってから気づくのは遅いんだよ。智さん😭

続きはよー!!!