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夜の森を抜ける頃には、 雨雲は消えていた。
空には月が浮かび、 淡い光が道を照らしている。
エレナは歩きながら、 小さく息を吐いた。
「疲れた?」
隣を歩くルシアンが聞く。
「少しだけ。」
「少しだけ?」
「ちょっとだけ。」
ルシアンは笑った。
「強くなったな。」
「そうかな。」
「最初なら。」
少し考える。
「泣いてた。」
エレナは頬を膨らませた。
「失礼。」
「本当だろ。」
「本当だけど。」
二人は小さく笑った。
そんな穏やかな時間が、 永遠に続けばいいのに。
エレナは、ふと思った。
しかし
ルシアンは足を止めた。
「……誰かいる。」
エレナも辺りを見回す。
気配はない。
だが
ルシアンの勘は外れない。
「隠れよう。」
近くの岩陰へ身を寄せた。
しばらくすると
街道を一台の荷馬車が通った。
老夫婦だった。
御者台には白髪の老人。
隣には、その妻らしき女性。
二人は静かに話していた。
「聞いたかい。」
老人が言う。
「逃亡者の話。」
老婆は頷く。
「ああ。」
「人間の娘と、 ヴァンパイアなんだってね。」
エレナは息を呑んだ。
老人は続ける。
「賞金も出てるらしい。」
「怖いねぇ。」
「怖いねぇ。」
荷馬車は去っていった。
エレナは俯いた。
「……有名になっちゃった。」
ルシアンは何も言わなかった。
しばらく歩く。
今度は小さな村が見えた。
広場に人が集まっている。
遠くから話し声が聞こえた。
「見たらしいぞ。」
「本当に?」
「ああ。」
「ヴァンパイアが人間を連れてたって。」
「娘は操られてるんだ。」
「きっとそうだ。」
「可哀想に。」
エレナは立ち止まった。
(違う。)
そう言いたかった。
誰にも操られていない。
自分で選んだ。
自分で歩いている。
でも
誰も知らない。
ルシアンがそっと肩に触れた。
「行こう。」
エレナは頷いた。
村を後にする。
その背を
誰かが見ていた。
小さな少女だった。
井戸のそばに立ち、 二人をじっと見つめている。
目が合った。
少女は驚いたように目を丸くする。
エレナは思わず笑った。
少女も少し笑った。
そして
何も言わず、 小さく手を振った。
エレナも振り返した。
ルシアンが聞く。
「知り合いか。」
「ううん。」
「じゃあ。」
「わからない。」
少し笑う。
「でも。」
月を見上げる。
「悪い人には見えなかった。」
ルシアンは何も言わなかった。
その頃、 別の場所では
追撃隊の本部に、 報告が届いていた。
「目撃情報です。」
机の前に立つ男が言う。
隊長セラスは顔を上げた。
「話せ。」
「北の街道。」
「村。」
「森。」
「各地で確認されています。」
部下は報告書を置く。
「人間の娘は、自分の意思で同行しているようです。」
部屋が静まり返る。
「操られているのではないのか。」
「その可能性もあります。」
「ですが。」
部下は言葉を選んだ。
「助けを求めたという証言は、一つもありません。」
セラスは黙った。
窓の外を見る。
月が浮かんでいる。
「……ルシアン。」
小さく呟いた。
部下が聞く。
「隊長。」
「追撃を続けますか。」
長い沈黙。
やがて
「当然だ。」
静かな声だった。
「掟は変わらない。」
しかし
その横顔は、 どこか苦しそうだった。
一方
狩人たちも焚き火を囲んでいた。
「見たか。」
「ああ。」
「若い二人だった。」
「本当に賞金首か?」
「さあな。」
一人が酒を飲む。
「ただ。」
火を見つめる。
「逃げてる恋人にしか見えなかった。」
別の男が笑う。
「情が移ったか?」
「馬鹿言え。」
笑い声が上がる。
だが
誰も続けなかった。
焚き火だけが揺れていた。
そして
ルシアンとエレナは、 丘の上へ辿り着いた。
月が綺麗だった。
街の灯りが、 遠くに見える。
エレナは座り込んだ。
「ねえ。」
「なんだ。」
「みんな。」
少し迷う。
「私たちを見てる。」
ルシアンも隣へ座った。
「ああ。」
「怖い?」
エレナが聞く。
ルシアンは少し考えた。
「前は。」
「前は?」
「怖かった。」
風が吹く。
「今は。」
エレナを見る。
「おまえが隣にいる。」
静かに笑う。
「それだけで、少し平気だ。」
エレナも笑った。
「私も。」
遠くで鐘が鳴る。
誰かが二人を探している。
誰かが二人を憎んでいる。
誰かが二人を哀れんでいる。
誰かが二人を応援している。
世界中が
目撃者だった。
それでも。
エレナはルシアンの隣へ寄った。
「ねえ。」
「なんだ。」
「もし。」
月を見上げる。
「世界中が敵でも。」
ルシアンは頷いた。
「うん。」
「一人だけでも。」
その手を握る。
「あなたが信じてくれるなら。」
ルシアンは、 少し驚いた顔をした。
そして
静かに答える。
「一人じゃない。」
「え?」
「俺も。」
その手を握り返す。
「おまえが信じてくれるなら。」
月明かりが、 二人の影を長く伸ばした。
世界は見ている。
逃亡者たちを。
禁忌の恋人たちを。
人間とヴァンパイアを。
裁く者も
憎む者も
憐れむ者も。
そして
密かに、 その幸せを願う者も。
誰もが、 この物語の目撃者だった。
だが、 その夜
二人はまだ知らない。
自分たちを見つめる視線の中に
追撃隊でも
狩人でも
人間でもない。
もう一つの「目」が、 静かに紛れ込んでいることを。
月明かりの届かない森の奥
黒い外套の影が、 二人の背を見つめていた。
そして
誰にも聞こえない声で、 静かに呟く。
「……ようやく、見つけた。」
風が吹く。
その姿は、 夜の闇へと溶けて消えた。
――
#コメディ時々暗闇
奏音•*¨*•.¸¸♬︎💙
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#恋愛
ばたっちゅ
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