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花が去ったあと結衣はしばらくその場から動けなかった。
指先にはまだぬくもりが残っていて、
それが逆に胸を締めつけた。
夕闇が落ちきるころ、
結衣はようやくゆっくりと歩き出した
家へ向かう道なのに
何度も立ち止まってしまう。
花の言葉が 胸の中で何度も反響する。
あの穏やかな声が 耳にこびりつき離れない。
帰り着いた部屋は灯りがついていないまま
結衣はカバンを落とし、 そのまま座り込んだ。
花は 何を決めたんだろう。
どこへ行くつもりなんだろう。
問いがいくつも浮かぶのに
そこに答えは一つもない。
ふと
スマホが震えた
結衣は手を伸ばす。
花からのメッセージ
たった一行
『結衣は優しいけどね、優しいだけじゃ届かん場所ってあるんよ』
意味なんて分かりたくないのに 分かってしまうようで
胸の底がひどく冷えた。
結衣は震える指で返信を打とうとする。
でも言葉が形にならない。
何を言えばいい
どう止めればいい
どうすれば花に届く
思考ばかりが焦って
指だけが止まる。
その間に
画面の明かりが消えた。
外から
かすかな雨音が聞こえ始める。
結衣は立ち上がり、 傘も持たずに外へ出た。
花を探すためだけに。
どこにいるの
どこへ向かったの
分からなくてもいい
探さなきゃいけない
今すぐに
夜の街は雨で霞んで
冷たくて
知らない匂いがした。
それでも走った。
何度も水たまりを踏み
息が荒くなるのも構わずに、
花の声が耳から消えない。
終わらせてくる 全部
それは まるで
最初から誰にも届かない場所へ向かう人の声のようだった。
結衣は雨の中で、 何度も名前を呼んだ。
届くはずがなくても、 呼び続けた。
その声が
雨に溶ける頃
結衣はようやく気づいた。
花が向かったのは
自分には踏み込めない。
絶望よりも静かな場所かもしれないと。