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世界は、静かだった。
少なくとも___この目に映らないものを、見ない人たちにとっては。
夜の路地には、誰もいない。
そう思われている場所に、彼らはいた。
壁に溶ける影。歪んだ笑み。名前を持たない何か。
妖怪と呼ばれる存在たちは、人の視線の外で息をしている。
___そして、そのすべてが、少年には見えていた。
見えてはいけないものが見える。
それだけで、この世界はひどく生きづらくなる。
「気持ち悪い子」
「変なことを言うな」
「そんなもの、いるわけがない」
大人の声と、鈍い音。
感情のない暴力は、理由を必要としなかった。
少年は学んだ。
見えることは、言ってはいけないことだと。
家の中は、いつも冷たかった。
人の形をした怒りがうごめき、
言葉にならない考えが、空気を汚していた。
そしてある日、
少年は”不要なもの”として、外に置かれた。
夜。
寒さよりも、静けさの方が怖かった。
妖怪たちは、こちらを見ている。
だが、手は伸ばさない。
___人の世界の出来事だから。
そのときだった。
「……この子、連れて帰ろう」
低く、落ち着いた声がした。
命令でも、同情でもない。
ただ、そう決めただけの声。
振り向くと、五人の大人が立っていた。
誰も、同じ目をしていない。
少し距離を取って。
近づきすぎず、触れもしない。
まるで、壊れやすいものの扱い方を、よく知っているみたいに。
最初に動いたのは、柔らかい目をした人だった。
見下ろすのではなく、
少年と同じ高さまで、静かにしゃがみ込む。
「寒いな」
それは質問でも、慰めでもなかった。
ただの事実。
少年は答えなかった。
答え方を、忘れていた。
別の一人が、路地の奥を見る。
誰もいないはずの暗がりを、
何度も確かめるように。
「……もう、いない」
何が、とは言わない。
けれど、その声には確信があった。
三人目は、少年を見ていた。
目ではなく、
もっと奥を見ているような視線で。
「……よく、生きてたね」
褒めるでも、驚くでもない。
ただ、確かめる言葉。
四人目は、少し遅れて息を吐く。
「想像より、ずっと……」
続きを言わず、黙る。
最後の一人は、五人の1番後ろに立っていた。
怒っているようにも、冷たいようにも見える。
けれど、その視線は、少年から一度も外れない。
「連れて帰る」
短く、それだけ。
少年の肩が、わずかに揺れた。
――帰る。
その言葉は、
もう使われないものだと思っていた。
「……大丈夫だ」
最初にしゃがんだ人が、静かに続ける。
「君が見てるものも、
君が黙ってきたことも、
ここでは責めない」
喉の奥が、ひりついた。
見える。
見ている。
それを、言ってもいい場所。
怖さが、遅れてくる。
期待したら、また壊れるかもしれない。
信じたら、また捨てられるかもしれない。
それでも。
「……行こう」
誰かが言った。
五人は、誰も手を引かなかった。
代わりに、
少年が歩き出すのを、待った。
一歩。
震えながら、前に出る。
妖怪たちは、路地の端でそれを見ていた。
影に溶けながら、
小さく、小さく頷く。
___よかったな。
___今度は、人だ。
___ちゃんと、見えるやつらだ。
少年は、振り返らなかった。
けれど、
背中が少しだけ、軽くなっていた。
夜の路地は、まだ暗い。
彼は初めて知った。
この先に続く道が、