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夜のヨークスフィルンの光景を楽しんだ後は、明日に備えて就寝タイム。
寝るのを察したアリエッタは、眠気を含んだ目でピアーニャを見た。しかしその視線に恐怖を感じたピアーニャは、ロンデルの手を掴んで自分が止まる部屋へと逃げていった。
部屋は3つ取ってあり、ロンデルとピアーニャ、ネフテリアとリリ、そしてアリエッタ達の大部屋に分かれている。ちなみにネフテリアはミューゼと、リリはロンデルと同室を希望していたが、今日の所は…と却下されていた。
食事前に一度全員集まった時に、ミューゼが魔法でまとめて洗った水着を、大部屋のそこそこ広い洗面所に干してある。ロンデルは少々恥ずかしがったが、今更気にするなと、ピアーニャとリリによって説得されていた。明日もこのまま海へと出かけ、遊び倒す気満々である。
「アリエッタはピアーニャちゃんと一緒に寝たかったのよ? また明日もあるのよ。今日は私と一緒に寝るのよ~」
「ぱひー……」(むぅ、眠い……今日はぱひーと一緒?)
眠気があれば、幼いアリエッタの頭はほとんど回転しない。コシコシと目を擦りながらベッドに寝かされ、腕枕と豊かな胸に包まれて、あっさりと眠りに落ちていった。
「おやすみー」
「おやすみだし」
程なくして部屋の明かりは消され、全員がすぐに眠りにつく。初めてのバカンスではしゃいだせいもあり、かなり疲れていたようだ。
アリエッタ達が止まっている場所とは違う宿。
フラウリージェの店長ノエラは、店員達を集めて、部屋で簡単なパーティを開いていた。
「素晴らしいアイディアをくれたアリエッタちゃんに、カンパーイ!」
『かんぱーい!』
浜から抜け出して、ファナリア人が支店長の服飾店に行き、そこで新作の水着を売り込んだノエラ。
これまでの単色ビキニに対し、カラフルで形状の違う様々な水着をアピールすれば、同じ衣類を扱う店は黙ってはいられない。
交渉を進めていくうちに、フラウリージェを取り込もうという流れになっていったが、今のノエラにはネフテリア王女の服を作るという仕事も抱えている。それはつまり、王族の後ろ盾があるようなもの。
交渉中に水着の図面を見せた時、しれっとネフテリアの絵も混ぜておいた結果、それを見つけたファナリア人の支店長が固まった。追い打ちで仕事内容も話題にすると、支店長がいきなり大人しくなったのだった。
その店は、ファナリアのエインデルブルグに本店を構える超大手服飾店のヨークスフィルン支店。一般的には知らない者などいない人気店だが、流石に王族のオーダーメイドという大仕事は抱えていない。
もちろんノエラはそれを知っていて交渉に入った。その結果、慌てて本店に連絡し、店長が後日に直接やってくるという状況へと持ち込む事ができたのである。店長からの返事もかなり丁寧で、これなら絶対に甘くみられる事は無い…と思えるような手ごたえを感じていた。
「交渉はおそらく明後日。今夜と明日はのんびりと楽しみましょう」
部屋からは少し遠いが、海の蒼晶花がよく見える。店員達はその景色を楽しみながら、浜辺であった出来事を面白おかしく話すのだった。
「それであたし達付き合う事に……」
「はやっ!? まだ1日目よ!?」
「たしかクリムさんと同じ水着だったわよね? よし、私のも同じだ。色違いだけど」
「むむむ、アタシのはネフテリア様のと同じだから、まだ希望はあるよねっ。あの方かなり目立ってたし」
行動力の差はともかく、新作水着は効果てきめんの様子。
売り込みのネタが増えたと、ノエラはほくそ笑んでいた。
「ネフテリア様の予定、空いてないかしら……」
ほぼ反則とも思える交渉を考えているようだ。
「むっ!」
男はいきなりガバリと身を起こした。
「ケイン! 大丈夫ですか?」
「ああ……ふぅ、ちゃんとあるな」
女性もののビキニを着た変態…ケインと呼ばれた男は、下半身に手を添え、ソレの存在を確認した。流石に小さくて非力な少女に引きちぎられる程、人の身体はヤワじゃない。
無事を確認したケインは、ゆっくりと立ち上がる。ちょっとナニかがはみ出しているが、お構いなしだ。
ケインを兄貴と呼んだ男は、壁に背を預けてクールを装いながら心配そうにしている……が、その姿は当たり前のように女装。なんとミニスカメイド服を着た爽やかな変態男だった。しかもすね毛は処理されていない。
「コーアン、状況説明頼む」
ミニスカメイド男…コーアンに気絶している間の事を聞いた。
シーカー総長のピアーニャによって雑に返却された話から始まり、団体がリージョンシーカー関係者である事、ファナリアの王女がいる事、新作の水着に関してどこかで交渉中だという事、そして妙な血だまりがあった事など、浜辺にいた人々から普通に聞ける情報が挙げられていった。
「なるほど……重要人物が多いな」
「明日からは全員でかかるしかないでしょうね」
「うむ」
ケインはコーアンの横にあるドアを開き、部屋を出た。コーアンも後に続く。
「しばらくは荒れそうだな」
「まぁ、たまにはこういう事もあるでしょう」
歩きながら今後の事を考え、少し楽しそうに笑うのだった。
そして大きな扉を開き、大声で叫ぶ。
「お前ら! 明日から気合入れていけよ!」
『おうっ!!』
その広い部屋には、見た目で分かりやすい変態達が、多数ひしめいていた。
海がよく見える一室で、その男は身を起こした。
「お目覚めですか?」
「……ああ」
傍に控える人物に対し、気だるげに返事をする男。
ため息をついてから、差し出された飲み物を口にし、一息ついた。
「ピアーニャ達はどうなった?」
リージョンシーカー一同がヨークスフィルンに来る少し前から泊まっているその男は、しきりにピアーニャ達の様子を気にしている。
「予定通り、この宿に泊まっております」
「だろうな。王族が泊まれる場所は多くない」
男は立ち上がり、外を眺める。青い太陽の光が赤い髪を照らし、少し妖しさを醸し出している。
「もう深夜だったか。ならば明日こそピアーニャを……」
「おやめください! 危険過ぎます!」
心配そうに男を止めようとするが、それで思いとどまる程、男の意思は弱くない様子。その瞳には、ギラギラと燃えるような力強さが宿っていた。
そんな熱い意思を目の当たりにしてしまっては、傍にいる男も強く止める事は出来ない。明日は何事も無いようにと無事を祈りながら、心の中で可能な限りの対策を考えるのが精一杯だった。そして一旦部屋を出る。
「こうなれば…先に合流してもらうしかないか」
主を身を守る為、策を講じたその男は、別の部屋の扉を叩いたのだった。
そして誰もが寝静まった深夜。
数人の寝息が聞こえるその大部屋で、1人の影が誰も起こさないように、忍び足でコソコソと部屋の奥へと向かっていく。途中、ミューゼが眠るベッドの横で止まり、起きる気配の全くないその様子を確認し、再び動き出す。
何事も無く奥へとたどり着き、静かにドアを開けた。もちろんそのまま誰も起こさないように、するりと中へ入って行く。
「………………」
そっとドアを閉め、安心しながら洗面所を少し明るくした。そしてある方向を見て、ごくりと唾を飲みこんだ。
視線の先にあるのは……干してある水着である。すぐに手を伸ばし、愛おしそうに水着へと触れた。水着は時間が経ってほぼ乾いている。
「…………んふふっ」
乾いた水着の1つを手に取り……アリエッタはニヤリと口の端を吊り上げるのだった。
ヨークスフィルンでそんな様々な人物の思惑が蠢いている頃……巨大なキノコの家の屋根の上で、1人の人物がただひたすら唸っていた。
「うぅぅ……これってやっぱりアレだよなぁ……イヤだあぁ~」
頭を抱えて、そのままうずくまって、どうしようかと悩み続けている。
「ん~、あっちの方か。ハウドラントには当分行かないだろうから、直接会いに行くしかないな。行きたくないな……でもこのままじゃマズイというか、変な事になりかねないしなぁ……」
紫と黄色の斑模様になっている空を見上げながら、非常に長い溜息をつく。空と一緒で顔色がとにかく悪い。
「こうやって悩んでいても仕方ない! 確かめに行こう!」
諦めて結論を出したロンデルは、キノコの屋根の上で立ち上がり、真剣な顔で虚空を見つめるのだった。