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🍽 みりん亭 第11話「料理名未設定(no_title)」
「……え? これ、なんて料理?」
そう言って顔をしかめたのは、紫のカーディガンにスカート姿の女性アバターだった。
髪は耳下の長さで、前髪をぱっつん気味に整えている。
表情は淡々としているが、目元はどこか不安げで、指先には癖のように掴まれたメモ紙があった。
「失礼いたしました。本日の料理……名称が未登録となっております」
くもいさんは、いつも通りの落ち着いた口調で頭を下げる。
濃い灰の和装に、今日は薄桃色の帯。
髪は後ろでしっかりと結われていたが、耳元にだけ小さな花の飾りが添えられている。
「料理に名前が……ないの?」
「はい。“名前を付け忘れたまま、提供された一品”でございます」
やまひろは、棚の上からふわふわと降りてきていた。
黄色い鳥の姿。ログ画面の上を何度も羽でタップする。
シェルID:new_dish_test03
ステータス:公開ON
名前:null(未入力)
コメント:
// あ、名前つけてなかった……
「うーん……ま、いっか」
(と言いたげな羽ばたきで、やまひろは静かに引っ込んだ)
「じゃあ、その“名前のない料理”をください」
女性は、メモ紙をくしゃっと握ってカウンターに置いた。
その文字はかすれて読めないが、端には小さく「どうしてうまく言えないんだろう」と書いてあった。
料理が出される。
透明なスープの中に、色のない小さな具が浮いている。
見た目に特徴はなく、香りも味の演出もなかった。
ただ、湯気だけがゆっくりと揺れている。
「……これ、“あのとき言えなかった言葉”みたい」
そう言って、女性は小さく笑った。
「何も伝わらないけど、ぜんぶ詰まってる。そんな感じ」
くもいさんは、目を細めて言った。
「言葉にされなくても、届くものがあると、わたくしは信じております」
「……名前のない料理、悪くないかもね」
女性は静かに立ち上がり、
メモ紙をそのまま置いて、席をあとにした。
その後、やまひろはログを開きながらつぶやいた(音はない)。
コメント:
// 名前がなくても、注文は入る
// 名前がないほうが、合う人もいるのかも
→ メニュー名を更新しますか?
[いいえ]
→ 現在のまま維持:”料理名未設定(no_title)”
その日、ログの注文履歴には、
「料理名:なし」「評価:ありがとうだけが残った」と記録されていた。