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音楽が鳴り止んだ。
それに合わせて岩崎の動きも止まった。
少し息が上がったのか、整えているように思えたが、同時に月子の胸もドキドキ高鳴っている。
髭のない若く見える岩崎と、至近距離にいる為なのか、慣れないドレスを纏ってダンスもどきの動きをしたからか。
いや、答えは月子も分かっていた。
恥ずかしくなった月子は、岩崎を避けるかのように離れようとする。
しかし、岩崎は月子を離そうとはしなかった。
何か言いたげにモジモジしている。
そして、ついにというべきか、意を決したのか、
「……月子、言ってなかった。その、なんだ。とても、綺麗だ。ドレスは……とても似合っている。あと……、なんというか、その……、月子は、いつも月明かりのように静かに寄り添って、こんな私についてきてくれる……。ありがとう」
岩崎は月子へ感謝を述べた。
「だ、旦那様?!」
「あ、あのな、言わなければ分からない事は多いし、少なくとも、私は、言ってもらわねばわからんので……やはり、その、ちゃんと言葉にすべきであって……」
さらにオドオドしながら岩崎は、月子と距離をおくと長椅子へ誘った。
困った時は、一旦腰かけるものだとか、また分かりにくい事を言いながら、岩崎は月子と共に椅子に座った。
「まあ、その、なんだ」
照れ隠しとこの場の雰囲気を誤魔化すごとで、岩崎はコホンと咳払いする。
「そ、そうだ!月子!ちゃんと踊れていた。そう、ダンスが上手だった。何も心配することはないぞ。月子は、月子でいいんだ。色々面倒なことは、兄上達に任せておけば良い。だから……泣く必要はないのだよ?」
言って、そっぽを向きながらも、岩崎は月子の手を握る。
「で、だなぁ」
岩崎は、月子の手を握ったまま、何か饒舌に話し始めた。
その内容は、月子の耳を通り過ぎて行く。
岩崎の言わんとすることに、胸がいっぱいになったからだ。
御前様との晩餐会での事を、月子なりに惨めになって泣いてしまった事を、そして、なにより、身分が違うと苛立ちをぶつけられた事に対して、岩崎は心配してくれている。
その気遣いに、月子は嬉しいよりも、しっかりしよう、めそめそと泣くまいと心から思えた。
自分が泣けば、こうして岩崎がオロオロする。いや、月子が泣けば、岩崎が慰めてくれる。
ちゃんと受け止めてもらえると思っただけで、月子は安心できた。
その安堵が月子から暗い気持ちを消し去った。迷いと苦しい思いはどこかへ流れ去り、ふっと力が抜け体も軽くなる。
こんなに手を握られているという行為が、心落ち着くものだったなんて……。
すうっと、月子は息を吐いた。
「ん?月子?話を聞いているのか?!花のワルツについて、説明しているのに、どうした?」
せっかく話しているのにと、岩崎は少しムッとしている。
「だからだ!花のワルツは、魔法をかけられた王子と一緒に冒険している少女が、訪れた国で歓迎される時に流れる曲でだな、鼠の王様と戦う前の一時の安らぎのような場面で……」
「王子様?鼠?」
ぽかんとする月子へ、あの曲は童話が元になっていると言っただろうと、岩崎が大声を上げた。
いつもながらの大きな声に、一瞬、月子はたじろいだ。
話を聞いてなかった自分が悪いと思いつつも、岩崎と踊った曲には王子が出てくるのだと知った月子の頬は緩んでいた。
やっぱり、王子様と踊っていたのだ。
自分は、光輝く王子様と踊ったのだ。
そんなことを思いつつ、月子は小さく笑った。