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そして、翌日。
お日様の光をいっぱいに浴びて、石鹸の香りがふわりと漂う上着を丁寧に畳み、僕は幻獣たちの隠れ家へとやってきていた。
「こんにちはー!…あれ?こうちゃん、照さんは…?」
《大ちゃーん!》と寄ってくるこうちゃんを撫でながら声をかけると、彼はバサバサと大きな翼を揺らした。
『照にぃ?照にぃは泉に行ったで!あっち!』
大きな翼が、鬱蒼と木々が生い茂る方向を指し示す。 《泉があるんだ…!》 僕は胸を弾ませた。幻獣たちの住まう里の泉なら、さぞかし幻想的で美しい場所に違いない。そう思いながら、僕はこうちゃんに教えられた道を歩いていった。
がさりと草木を分けた先には、木漏れ日に煌めく水面が見えてくる。
「照さ…、」
声をかけようとした僕は、その場で完全に言葉を失った。
きらきらと輝く泉の中、脇腹まで水に浸かった状態で、照さんは空を見上げて佇んでいた。遮る布など何一つ身に纏っていない、完全な素裸の状態で。
それは、彫刻のように美しく鍛え上げられた、逞しい男の身体そのものだった。だけど、
「な、なぁっ!!??」
「?…あぁ、佐久間か。」
視線が真っ正面から絡み合い、照さんが濡れた銀髪を無造作に掻き上げたその瞬間、僕の顔が一気に沸騰したように真っ赤になる。
「しっ、失礼しましたぁっ!!」
彼の上着を抱えながら、ばっと片手で自分の目を覆い隠し、僕はその場で背中を向けた。心臓は、うるさいくらいにバクバクと鳴っていた。
「ご、ごめんなさいごめんなさいっ……!」
佐久間が声をひっくり返らせながら謝ってくる。
突然草むらから現れたかと思えば、大慌てで回れ右をして背中を向けた佐久間の様子に、俺は不思議そうに首を傾げ、特に深くも考えずに声をかける。
「何がだ?」
「な、何がって、!」
「…?」
背中を向けたまま、佐久間が小さく身震いした。
「い、今、人の姿で…っ!」
「ああ…まあ…そうだな?」
人の姿の方が魔力を使わなくて済むし、そもそも狼の姿のまま浸かったら毛皮が水を吸って重くて仕方がない。当たり前のことを言ったつもりだったのだが、彼は更に肩を竦ませた。
「《そうだな、》じゃないです…っ!」
佐久間は耳の裏まで真っ赤に染めながら、必死に目を覆った手に力を込めている。そこまで頑なに俺を見るのを拒む彼の態度に、俺の胸の奥で小さな困惑が広がり始めていた。
「別に、見られて減るもんじゃねぇだろ?」
「そういう問題じゃありませんっ!!」
「あ?」
俺は片眉を上げ呆れたように鼻を鳴らすと、地団駄を踏みそうな勢いで、佐久間が背中を向けたまま叫ぶ。その声は心做しか震えていて、かなり動揺しているのが伝わってきた。
そうして佐久間は目を覆ったまま、更に顔を下に向けた。
「その、は…裸ですよ!? 照さん、隠すものを何も身につけていらっしゃらないじゃないですか…っ!」
「まあ、水浴びだからな。服を着て入る奴が居るのか?」
「居ないですけどっ!!」
即座に突っ込みが返ってくる。必死すぎて敬語のトーンが少し上擦っているのが少しだけ可笑しい。
「理由がどうあれ、人様のそんな、あられもない姿を見てしまうなんて…っ!神様の教えにも反しますし、僕の心臓的にもよくないです…!」
ここまで必死に捲し立てられて、俺は本当に困ってしまった。何をそんなに罪深いものを見るかのように怯えているのか。俺にとっては、ただ水に浸かって身体を清めているという日常の光景でしかなく…別に裸体を見られて恥じる理由がどこにもない。
水の中で暫くの間、真剣に考え込む。 そして、
ザァッ、と泉の水が大きく揺れると、狼の姿へと変えて彼へと近付いた。
『佐久間、もうこっち見ていいぞ。』
「え、あ…ほんとですか…?」
佐久間は恐る恐る振り返り、指の隙間からこちらを見た。水に濡れた毛並みの狼の姿にホッと胸を撫で下ろす佐久間だったが、急激に上がった体温は直ぐには下がらず、まだ耳まで赤いままだ。
『…そんなに恥ずかしいもんなのか?』
俺はそのまま水に濡れた身体を勢いよく左右に震わせた。犬科の幻獣としての習性として、毛皮に含んだ水気を飛ばそうと、頭から尻尾の先まで豪快にブルブルッと波打たせれば、凄まじい勢いで四方八方に水飛沫が弾け飛んだ。
「わああっ!?」
至近距離にいた佐久間が短い悲鳴を上げる。
『…あ、悪い。』
我に返った時には、佐久間が抱えていた俺の上着も、彼自身の服や髪も一瞬にして水浸しになっていた。
人間の姿の時なら絶対にやらなかったであろうことに、俺は狼の姿のまま固まった。
「も、もう…っ!照さん!!」
濡れた前髪からポタポタと水滴を滴らせながら、佐久間はぎゅっと胸元の俺の上着を握り締め、消え入りそうな声で、けれど半分怒ったように言った。
「あのようにみだりに素肌を晒すことも、見ることも許されないので…。それでなくてもビックリしたのに、…その前に!お洗濯した照さんの上着までまた濡れちゃったじゃないですかぁ…!」
涙目でぷんぷんと抗議してくる佐久間に、俺は大きな耳を後ろへぺたんと伏せるしかなかった。
『…そういや、そうだったな。…まあ、康二と翔太に乾かしてもらおう。』
弱り切った声を返し、短く息を吐いた。彼が神に仕える身だということやデリケートさを、そのあまりの純粋さに、ついつい失念してしまう。
「もう…諸々本当に心臓が止まるかと思いました…。」
まだ顔の熱が引かないまま、水も滴る状態になった佐久間が、緊張の糸が切れたようにへたりとその場にしゃがみこんだ。
(…放っておけねぇな。)
昨日、俺に身を任せて眠っていた時と同じように、警戒心なんて欠片もない無防備な後ろ姿。俺は少しだけ甘く柔らかくなった眼差しで、その小さな背中を静かに見つめ続けるのだった。
びしょ濡れになって水滴を滴らせる僕と、その隣を大きな耳を気まずそうに後ろへ伏せて歩く照さん。二人が揃って隠れ家へ戻ってきた瞬間、広場に居た皆は一斉に動きを止め、固まった。
『…何がどうなってそうなったの?』
最初に静寂を破ったのは、蓮さんだった。その蒼く美しい瞳が、水浸しの僕達を怪訝そうに見つめる。
「ち、違うんです!僕が何も知らずに泉に行っちゃったので、」
慌てて手を振って説明しようとする僕より先に、照さんが大きな頭を少し下げ、ぽつりと小さく答えた。
『……俺だ。』
『照にぃ!?』
寝床である岩の上にとまっていたこうちゃんが、丸い目を更に真ん丸にして驚く。
『…水飛ばして。』
『んぇ?』
『水浴びの後、狼の姿で身体を振ったら、佐久間を濡らしちまって。』
一瞬の痛烈な静寂。次の瞬間。
『はっはァ!!』
翔太さんが、身体をごろごろさせて盛大に笑いだした。声を限界までひっくり返らせて大爆笑している。
『あっはははは!!照が!?嘘だろ、犬みてぇじゃん!』
『犬はお前だろうが!』
『はぇー?照にぃでもそんな初歩的な失敗するんやなぁ!』
こうちゃんまで翼でパタパタと震わせて笑い始める。
『…笑うなって。』
心底居心地悪そうにそっぽを向く照さん。見かねた僕は、慌てて両手をぶんぶんと横に振った。
「照さんは悪気があった訳じゃないんです!ただ野生の…あ、習性上の問題で!」
『…佐久間?多分それ全然庇えてないよ。』
蓮さんが低い声で静かに突っ込む。
「えっ?」
その僕のぽかんとした一言で、今度は広場全体がどっと大きな笑い声に包まれた。
『佐久間、照の上着預かるよ。』
いつの間にかこちらに来ていた涼太さんが、小さな両前足をちょんと差し出してきた。
「…うわぁ、それ可愛い…!ありがとうございます涼太さん、お願いしますね?」
『ふふ、どういたしまして。』
『よっしゃ、ほんならぱぱっと乾かしたるわ!熱かったら直ぐ言いやー!』
こうちゃんが両翼をぱっと広げる。すると、彼の周囲に春の日差しを思わせるような、優しくてあたたかい橙色の炎がふわりといくつも浮かび上がった。その炎が、僕と照さんの周りを生き物のようにくるくる回る。
「あっ…あったかい…。」
「こっちも行くぞー。動くなよー?」
人の姿になった翔太さんが軽く指を鳴らすと、柔らかな風が巻き起こった。こうちゃんの炎の熱を絶妙な温度で拾い上げ、僕の濡れた服や髪を優しく揺らしていく。
「わぁ…!」
熱過ぎず、温過ぎず。二人の息の合った連携魔法によって、僕の服の水分がみるみるうちに蒸発し、生地が本来の柔らかさを取り戻していく。
「凄い…!これが魔法…。」
こうちゃんの治癒力のある涙にも驚いたけど、初めてみる魔法に目を輝かせた僕。その直ぐ横では、銀狼の姿の照さんが、大きな身体を丸めて大人しくおすわりをしていた。
『照にぃも動いたらあかんでー?その姿なら乾きにくいんやからなー?』
こうちゃんの熱がふわりと濡れた毛皮を包み込み、翔太さんの風が銀色の美しい毛並みをさらさらと梳かすように揺らす。
『………。』
言葉は発しないものの、照さんの大きな耳だけが、心地よさそうにピクピクと細かく動いていた。それを見た僕は、顔を覗き込むようにして笑いかける。
「照さん、気持ち良さそうですね?」
『…そう、見えるか?』
「はい、とても。」
『…まぁ、悪くはないな。』
薄く目を細めて満足そうに鼻を鳴らす照さんを見て、僕は同じように目を細めた。
一方その頃。少し離れた先では。
俺は佐久間から預かった照の黒い上着を器用に持ち上げ、どうやって乾かそうものかと思案していた。折角佐久間が綺麗に洗濯してくれた大切な上着だ。雑にその辺へ放り出すわけにはいかない。
『どこか掛ける所…、』
辺りを見回すと、直ぐ隣で一連の騒ぎを静かに眺めている蓮の姿が目に入った。相変わらず無表情でクールな佇まいだけれど、その額には、綺麗で立派な黒い角がそびえ立っている。
『…あ。ちょうどいいや。』
『ん?』
蓮がこちらを見下ろすより早く、俺は軽々と跳躍し、ひょいっと彼の広い背中へ乗った。
『、…よい しょ。』
そのまま蓮の頭上に乗り、前足を使って照の黒い上着を彼の角へと引っ掛ける。まるで専用のハンガーラックのようで、我ながら完璧な出来栄えだった。
『………涼太?』
『乾くまでそのままでいいよね?』
『いや。俺の角、物干しじゃないし。』
ぱんぱん、とひと仕事を終えたように前足を払う俺に、蓮が一切表情を変えないまま、極めて冷静な声で突っ込んでくる。
『高さぴったり。』
『そういう問題じゃないよ?』
静かに抗議する蓮の頭上で、黒い上着がまるで暖簾のように揺れている。そのシュールな光景に気付いた翔太が、再び盛大に噴き出した。
「だっははははっ!!蓮、お前角に服掛けられてんぞ!似合いすぎだろ!」
康二もそれに気付き、つられて笑い出す。
『めっちゃ便利やんそれ!しょった、一緒に風送って乾かしたろや!』
「 …っぐふ、っひゃっはは!!おい蓮、そのまま動くなよ!」
『………。』
蓮は無表情のまま微動だにしない。ただ、長い尻尾だけが一度、不満そうに揺れた。
どれだけ蓮が顔色を変えずに文句を言っても、誰一人としてその角から俺の上着を取ってやろうとしない。それどころか、翔太と康二が悪ノリして余計な風を送っている始末だ。
『…涼太。』
『んー?』
二人が送る温風が余程心地よいのか、涼太はすっかり蓮の背中の上で気持ち良さそうに丸くなり、完全に目を閉じている。
『早く取って。』
『もう少し乾いてからね。』
完全に背中をベッド代わりにされ、諦めたように深い溜息を吐く蓮。そんな仲間たちのやり取りを見て、俺も佐久間も口元を押さえながら、肩を震わせて小さく笑っていた。
「皆さん、本当に仲が良いんですね。」
佐久間が温かい眼差しでそう呟いた。その一言に、ガラじゃないとは思ったが、俺は彼の直ぐ隣で口端を上げながら言った。
『…まあ、家族みたいなもんだ。』
その言葉に佐久間は《素敵です。》と愛おしそうに目を細め、その温かさを噛み締めるように、嬉しそうに微笑みながら深く頷いてくれた。
コメント
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全員が可愛いって ど〜ゆ〜事ぉ〜🩷💛❤💙🖤🧡 好きなんですけどぉ!!
水瀬菜音
11,918
#岩本照
絶対辰哉
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#BL
うさみみ
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