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第五章 封じられた真実
第一話 月影の兆し
それからしばらくして、城内へ慌ただしい足音が響き始めた。
ーーコンコン!
「アクセル殿下!」
客間をノックする音。
アクセルは急いで立ち上がり、扉を開ける。
そこに立っていた近衛騎士は、明らかに顔色を変えていた。
「城下南区画にて、魔物出現の報告です!」
ハッと息を呑む三人。
「数は?」
「現在確認されているだけで三体。
既に騎士団が向かっています!」
その瞬間、部屋の空気が変わった。
帝国内部、しかも城下町。
本来なら、ほとんどあり得ない。
ソレイユ帝国の中心部は、太陽の加護によって瘴気が薄い。
だから魔物はほとんど出現しない。
それなのに、最近こうした事件が増えていた。
「俺も向かおう」
アクセルは迷うことなく言う。
「被害状況は?」
騎士はすぐに答えた。
「現時点では、魔物を最初に発見した住人が負傷しましたが、避難誘導が迅速だったため、他に怪我人は確認されておりません」
「ただ……」
騎士の表情が曇る。
「出現場所とされる屋敷の主人が、見当たらないとのことです」
アクセルの目が細くなる。
またか。
最近の魔物事件では、時々“消える者”がいた。
普通なら、魔物による被害には何かしらの痕跡が残る。
だが、行方不明になった者達だけは、まるで最初から存在しなかったように消えている。
それが妙だった。
「俺たちも行く」
クロードとラスタが立ち上がる。
アクセルは短く頷いた。
城下町南区画。
夜の通りには、重苦しい空気が漂っていた。
砕けた露店。
怯える人々。
騎士達の怒号。
そして、鼻を刺すような濃い瘴気。
「っ……」
ラスタが眉を寄せる。
「これ……いつもの魔物と違う気がする」
空気そのものが重い。
まるで、この場所だけ夜が濃く沈んでいるようだった。
その前方。
氷の刃が夜を走る。
白銀の光が黒い魔物を貫いた。
白馬に跨ったクロード。
銀髪が夜風に揺れる。
その姿は、相変わらず鋭くも美しかった。
残る一体。
それは、他の魔物とは明らかに違っていた。
人型の真っ黒い身体から溢れ出す瘴気。
圧倒的な力。
咆哮をあげ、振り下ろされた鋭い爪が石畳を砕く。
騎士達が近付くことすらできないほどの威圧感。
「……強い」
クロードが小さく呟く。
普段なら、一撃で終わるはずの魔物。
しかし、これは違う。
まるで内側に何かを抱えているようだった。
その瞬間、太陽の光が夜を裂いた。
アクセルが前へ出る。
手にした大剣へ、黄金の光が集まっていく。
それは燃え盛る炎ではない。
全てを照らす太陽の力。
闇を押し返し、道を示す光。
「終わらせる」
振り下ろされた大剣。
黄金の斬撃が夜空を切り裂く。
魔物は最後の力で抵抗する。
しかし、太陽の一撃は、その瘴気ごと包み込んだ。
次の瞬間、魔物の姿は光の中へ崩れ落ちた。
静寂が辺りを包む。
そこに残るのは、薄く消えゆく瘴気だけだった。
だが、クロードは剣を下ろさなかった。
その銀の瞳が、じっと地面を見ている。
「……どうした?」
駆けつけたアクセルが声を掛ける。
クロードはゆっくり周囲を見回した。
壊れた建物。
残された瘴気。
そして、
「……行方不明者は?」
低い声で問う。
騎士の一人が答える。
「この家の主人です……」
傍の壊れた扉を指差す。
「突然魔物が現れたと思ったら、気付いた時には姿が見えなくなっていたと」
ラスタが不安そうに辺りを見る。
「でも、おかしいやろ。普通、魔物って襲った跡残るやん」
「人を喰うっていうのは聞いたことないし」
「どこかに攫われたとか?」
アクセルは黙って考える。
それが一番自然な考えだ。
だが、何かが引っ掛かる。
すると、クロードがぽつりと呟いた。
「……違う」
二人が見る。
クロードの目は、遠い過去を見ていた。
「攫われたんじゃない」
静かな声。
「俺は……似たものを見たことがある。瘴気に侵された、生き物を」
ラスタの表情が変わる。
「……どういうこと?」
クロードの脳裏に蘇る。
雪、血、母の顔。
そして、白狼――リュカ。
幼い頃から共に育った、大切な存在。
あの日、リュカは黒い瘴気に飲まれた。
苦しむように暴れ、やがて、別の存在へ変わっていった。
「最初は苦しんでいた」
クロードの声は静かだった。
「でも……最後には、もう全てが変わってしまった」
沈黙が落ちる。
アクセルは険しい表情で夜の街を見る。
最近増えている魔物。
消える人々。
濃くなる瘴気。
全てが、一本の線で繋がっているような気がした。
「……城へ戻ろう」
三人は馬を走らせた。
夏の湿った夜風が頬を撫でる。
その背を、満月が照らす。
足元に伸びた影は、夜の闇よりも深く、濃い色を纏っていた。
コメント
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読了しました、第38話「月影の兆し」。今回は魔物事件の調査を通じて、クロードの過去が重くのしかかってくる回でしたね。「攫われたんじゃない」という台詞の静かな確信が、白狼リュカを失った記憶に根ざしているとわかり、胸が締め付けられました。瘴気に侵された者が別の存在へ変わる——この世界の魔物発生の本質に関わる伏線でしょう。アクセルの太陽の力は頼もしい反面、瘴気に蝕まれた者を救えるのかという問いも感じます。次が気になる終盤でした。