「あー!腹減ったー!」
長いダンスレッスンの後、楽屋の床に大の字になって俺、深澤辰哉は叫んだ。
汗だくの体はもう一ミリも動きたくない。でも、腹の虫は正直だ。
「なんかガッツリしたもん食いてえ…ラーメンとか、カツ丼とか…」
「却下」
俺の独り言に、隣で黙々とプロテインをシェイクしていた岩本照が、即答した。
「なんでだよ!疲れた体には塩分と油が必要なの!」
「筋肉が泣いてる」
「俺の胃袋が泣いてんだよ!」
俺がジタバタと手足を動かして抗議すると、照はシェイカーを飲み干して、ふぅ、と一息ついた。
そして、俺の腹を、その鍛え抜かれた指先で、とん、と突く。
「ひゃっ!?」
「こんなぷにぷにしてるやつに、これ以上油をやる必要はない」
「ぷにぷにじゃねえし!これは愛嬌だし!」
むきになって言い返すけど、照はまったく聞く耳を持たない。
それどころか、俺のTシャツをめくって、その腹をじーっと見つめてくる。
「や、やめろ!セクハラだぞ!」
「…まだ間に合うな」
「何がだよ!」
照は立ち上がると、俺の腕をぐいっと引っ張って、無理やり立たせた。
「ほら、帰るぞ。家で俺が鶏肉焼いてやる」
「えー!ヤだ!俺はカツ丼が食いたいの!」
俺がその場で駄々をこねるように踏ん張ると、照は心底めんどくさそうに、でも、ほんの少しだけ楽しそうに、口の端を上げた。
「じゃあ、どっちがいいか、勝負するか?」
「勝負?」
「ああ。腕相撲で」
…絶対、勝てないやつじゃん。
俺がじとーっとした目で見ると、照はニヤリと笑った。
「俺が勝ったら、鶏肉。お前が勝ったら、カツ丼」
「…俺、照に腕相撲で勝てたことないじゃん」
「やってみないとわかんねえだろ」
その目は、完全に俺で遊んでいる。
でも、ここで引くのも癪だった。
「…わかった!やってやるよ!でもハンデ!両手な!」
「いーよ?」
楽屋の机を挟んで、俺たちはがっちりと手を組んだ。
照の、岩みたいに硬くてデカい手。この時点で、もう負けは確定だ。
「レディー、ゴー!」
俺が叫んだ瞬間、照の腕は、ぴくりとも動かなかった。
俺が両手に全体重をかけ、「うぐぐぐぐ…!」と唸っているのに、こいつ、涼しい顔してやがる。
「…どうした?そんなもんか?」
「くっそー!この筋肉ゴリラ!」
「はい、おしまい」
次の瞬間、俺の手の甲はいとも簡単に机に叩きつけられていた。
「……ま、負けた……」
「じゃ、鶏肉決定な」
俺ががっくりと肩を落としていると、照は俺の頭を、わしゃわしゃと雑に撫でた。
「…じゃあ…明日カツ丼、食いに行くか」
「えっ!?」
「今日の夜は我慢しろ。な?」
子供に言い聞かせるような、優しい声。
…なんだよ、それ。ずるいじゃん。
「……うん」
俺がこくりと頷くと、照は満足そうに笑った。
結局俺はいつだって、こいつの手のひらの上で転がされてんだよな。
まあ…それも悪くないんだけど?
コメント
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いわふかってなんかふわふわしてかわいいんだよなぁ!! 次も楽しみにしています!