次の日、亜蘭さんと一緒に自宅マンションに帰った。
孝介は居なかった。
机の上を見ると、離婚届とメモのような手紙、私の通帳が置いてあった。
<慰謝料、振り込んでおいた。これが今俺に支払える額。足りなかったら裁判でもなんでも起こしてくれ>
最後まで謝罪の言葉はないんだと思ったが、通帳を確認すると
「五百万!?」
予想外の金額に言葉を発してしまった。
「五百万ですか。それ、家政婦の分も含めてですよね。うーん。妥当な金額と言っていいのかな。弁護士じゃないからわからないけど。美月さんはその金額でいいんですか?」
「はい。こんなにもらえるなんて思っていませんでした」
アパート借りたりするお金が作れて良かった。
「加賀宮さんだったら足りないって言いそうですけどね」
亜蘭さんに手伝ってもらいながら、荷物を整理する。
私って、こんなに荷物少なかったんだ。
結婚してから何も買えなかったことが、こんな時に良かったと思えるなんて。
「ありがとうございました!これで全部です」
荷物を亜蘭さんと車に運んだ。
その後――。
「離婚届、出してきます」
区役所に寄ってもらい、離婚届を提出した。
未練もなにもない。出した瞬間、晴れ晴れとした気分になった。
あんなに辛かった日々も、一枚の紙で終わりを告げた。
これも迅くんと亜蘭さんのおかげ。これから私の新しいスタートだ!
「お待たせしました!」
車で待っていてくれた亜蘭さんに声をかけた。
「すっきりしたような顔してますね。良かった」
「はい」
早く迅くんに会いたい。
ありがとうって言いたいな。
…・――――…・―――…・――――…・―――
「どうしてあなたがここにいるの?」
自宅マンション前に立っている男。
悩みながらも先日まで関係を続けていた男だった。
「良かった。美和。会えて」
今日は休みなんだろうか、スーツ姿、仕事中かとも思えた。
「俺、美月とは離婚したんだ。もう会社も辞めようと思ってる。だから父さんも何も関係ない。美和だけ居てくれれば、それでいい。やり直そう」
一年前、いや、半年前でも良かった。
彼女にとって、そんな告白はもう遅かった。
「今更なに?孝介《あなた》をずっと待っていた私がバカだった。私、今日家政婦の会社をクビになったの。どうしてかわかる?あなたのお父さんが私の会社を訴えたの!自分の息子が家政婦として雇っていた女と不倫関係になって、それがキッカケで離婚することになったって。どうしてくれるの?それに、私好きな人ができたって言ったよね。孝介《あなた》と違って、積極的に将来のことも考えてくれて。とても大切にしてくれそうな人。お金持ちで、かっこ良くて。やり直そうとか、無理。さよなら」
孝介《男》を振り切って、美和《彼女》は自宅マンションに入ろうとした。
「ちょっと待てよ!俺、美和のために……。美和が払わなきゃいけない分の慰謝料だって払ったんだ!このマンションだって買ってあげただろ?俺にはもう美和しかいないんだよ」
すがりつくように孝介《彼》は嘆いた。
しかし美和《彼女》は何も言わなかった。
彼女は未練も何もない、逆に怒りの感情を伝えるように、表情は厳しい。
「誰だよ!好きな人って。俺と二股かけてたってこと!?」
彼は叫ぶようにして問いかけた。
彼女は
「加賀宮さん。あなたも知ってるでしょ?もっと早く加賀宮さんと出逢いたかった」
そう吐き捨てた。
再度振り返ることはなく、彼女はマンションへと入って行った。
「加賀宮……。加賀宮……か。あいつ……。絶対に許さない。許さないからな……」
孝介《彼》は怒りに震えながら、ギュッと手を握りしめた。
…・――――…・―――
泊まっているビジネスホテルで迅くんから連絡が来るのを待っていた。
<夕ご飯、一緒に食べよう?>
連絡が来て、ドキドキしながら待っている。
そんな時、携帯が鳴った。
<十九時くらいに迎えに行けると思うから、ホテルのエントランスで待っていて?>
メッセージが届いた。
身なりを整え、待っていると
「お待たせ」
そう声が聞こえ、相手を見ると――。
「迅くん!」
スーツ姿の彼が現われた。
思わず嬉しくて、抱きつきたくなる衝動を抑える。
「行こうか?」
彼の後ろをついて行く。
車に乗り、シートベルトを締めようとしたが――。
「んっ……」
不意打ちのキスをされた。
「会いたかったよ、美月」
彼にそう言われ、涙が出そうになる。
その言葉だけで心が満たされていく。
「迅くん、本当にありがとう。迅くんと亜蘭さんのおかげで私、あんな生活から抜け出すことができた」
フッと彼は優しい微笑みで
「よく頑張ったな。顔はもう痛くない?」
子どもの時みたいに、頭を一度撫でられた。
「うん、大丈夫」
彼の運転でレストランに向かう。
「二人きりで話がしたい」
食事が終わった後は、迅くんの自宅へ行くことになった。
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