「うーん、お茶が美味しい。もう一杯貰える?」
「家じゃないんだから」
「ああ、大丈夫ですよ。でも、お茶がきれたので、新しいものを持ってこさせます」
「ブライト、あんまり甘やかしたらダメだと思う」
「甘やかして欲しいな、ブライトお兄様」
「うわ……」
キモい。と、思わず口に出そうになったが、鳥肌が立って身震いしたことによって、何とかその言葉は喉の奥の方に流れていった。
ブライトも、何も言わずにお茶を淹れてにこりと笑って、たまあに、ブライトも何を考えているか分からないところがある。でも、お兄様、と呼ばれてあまりいい顔をしなかったのは、すぐに分かった。
(記憶を失ってるし、と言うか、ブライトの弟についてはそこまで何も思ってないからかもだけど……これが、わかっていっているんだったら、相当たちが悪いのよね……)
ブライトは弟を失ったばかり。ラヴァイン自体、自分に兄がいるから、必然的に弟だって言うことは分かっているんだろうけど、その弟という立場というか、属性を利用して、こうブライトを言いくるめているというか、いいように使っていると思うと、ラヴァインはヤバい奴だと思う。さすがに、他人のことを兄のように思ってしたって……とか、冗談だったらやらない。冗談じゃなかったとしたら、相違の気持ちが必要な気がする。
「ぶ、ブライト……良いの?」
「何がですか?」
「ラヴァインのこと、あんまり甘やかしたら……というか、こんな風に懐かれたら絶対面倒くさいって」
「別に、彼のことは弟などと思ってませんから。僕の弟はもういませんし……かといって、甘やかしているわけでも、彼を弟の代りのように思っているわけでもありませんし」
「じゃあ、何で?」
「彼、甘えられなかったんじゃないですかね」
と、ブライトは、お茶菓子に手を付けながら言った。
甘えられなかった、それはアルベドにたいしてだろうか。
ブライトは、懺悔の意味でラヴァインに優しくしているのだろうか。ファウダーにしてあげられなかった分。だが、そうじゃないと言っているところを見ると、他に何かありそうなのだ。それが、ブライトの言う、アルベドと、ラヴァインの関係か。
(首突っ込むことじゃないんだろうけど……なあ)
アルベドは、孤高の存在だったし、ラヴァインも自由人だったし。どんな兄弟関係だったか未だに分からないままなのだが、ブライトから見て、ラヴァインは甘えてこれられ無かった弟、と言う風に見ているのだ。
「二人の性格からして、互いに一歩引いていたというか、すれ違っていたんじゃないですかね」
「あ、あり得るかも……」
それが大きくなって、今の関係になったと。家が二つ割れるぐらいの大きな問題に。
(うーん、私にも妹がいるけど、前世は早くに信者って存在自体忘れていたからなあ……かといって、今世は滅茶苦茶愛されて姉妹だけど姉妹愛を越えた何かを向けられているというか。私も、トワイライトのことは大切に思っているけれど……)
私も複雑と言えば、複雑な関係ではあったけど、女の子同士、姉妹だからそこまで何か思った事はないけれど、男性同士だと……兄弟だとまた違うのかと思った。まあ、境遇とか色々重なった結果がこれなんだろうけど。
「……」
「エトワール様?」
「ああ、ごめん。何かあった?」
「いえ、エトワール様が、ラヴァイン・レイの記憶を取り戻す手伝いをしているのは、レイ卿の為だとは僕も分かっているんですけど……」
と、ブライトは言う。
その通りだと、私は取り敢えず頷いておく。何が言いたいのかは分からないけれど、下心、といえば、そのアルベド捜索の手がかりが欲しかったからである。でも、それとは別に、ラヴァインにも思うところがあるのだ。
(何度も思うけど、ラヴァインのことも救ってあげたいって……そういうこと)
でも、先ほどのラヴァインの発言から、此の男が簡単な男じゃないことは分かってしまったわけで。リースもブライトも、他の攻略キャラ達だって、そこそこ、思いが通じるのには時間がかかった。だからこそ、ラヴァインも時間をかけないと理解しえないかも知れない。時間がどれだけかかるか、分かったもんじゃないけれど。
「それでも、私が決めたことだから。向き合うって事」
「本当に、エトワール様は素晴らしいですね。尊敬します」
「それをいうなら、ブライトの方が……」
「ちょっと、二人でなーにいい感じに無っちゃってんの。甘いって。そういうの嫌だなあ、俺も混ぜてよ」
「混ざれると思ってるの?油と水みたいに分離するわよ」
「えー」
退屈になったのか、ラヴァインが口を挟んできたが、私はそんな風に帰してやった。辛辣……と、小さく聞えたが、ラヴァインといた時間とブライトといた時間を比べれば、そりゃ、ブライトを優先してしまうのは仕方ないことだろうと……そう納得して欲しい。
「何、構って欲しかったの?」
「別に?でも、気にくわないだけ。俺がいるのに、エトワールは違う男を見てさ」
「……嫉妬?焼き餅?いや、でもアンタと付合ってるわけじゃないし、私、こいび……婚約者いるし」
「寝取るって言う選択肢も……」
「ないから、やめて」
何、そのドロドロ展開。と言うか、そんな簡単に寝取るとか言わないで欲しい。多分、ラヴァインの兄のアルベドでも、そんな言葉は……使うかも知れない。ああ、そうだった、この兄弟そんな感じだったと、今更ながらに、性格の悪いことを思い出した。本当に今更ながらに。
「そういえば、アンタさっき、一目惚れって言ってたじゃない。それって、本当なの?」
「疑う?まあ、今も現在進行形で好感度上がってるわけだけどさ、ほんとだよ。さっきも言ったとおり、記憶喪失の前の俺も好きだったと思う。で、予想だけど俺の兄もきっとエトワールの事が好き」
と、ラヴァインは言ってのけた。アルベドは……うん、そうだった気がする。と、あの長い紅蓮を見なくなってから、彼の顔がぼんやり年か思い出せなくなっているのに気づいて、発狂しかけた。
アルベドの事、一番近くで見ていたはずなのに。あんなに強烈な赤色なのに、どうして忘れていくんだろうと、自分に嫌気がさすほどに。
(アルベドの声って思い出せなくなってるかも)
何でこんなに記憶って早く塗り変わっていくというか、忘れていくんだろうって。記憶力がよかったはずなのに、どうして、と悲しくなる。
「あっそう」
「あれ、興味ない?」
「興味ないというか、アンタの口から聞きたくないだけ」
「どれだけ、俺の事嫌いなの」
「さあ」
「さあって、何で自分で言ったくせに」
と、ラヴァインは子供のように頬を膨らました。
嫌いの度合いを言ったら、きっとまた悲しそうなかおをするから言わないだけである。人の傷ついた顔を見るのは好きじゃない。そんな趣味はないから。
「まあ、一目惚れだろうが、無かろうが。きっと俺はエトワールのこと好きになってたよ」
「どうして、そう言いきれるの」
「だって、エトワールはいい人だから」
「百点満点中、三点じゃない?その回答」
いい人だから。なんて、この世にどれだけのいい人がいると思ってるの。その数ぐらい悪い人もいるわけだけど。そんな、曖昧で大多数のくくりの中で、いい人だから好き、何て本当に。
(好きって、そんな物じゃ無いと思うんだけどなあ……)
まあ、私の婚約者は、自分に関心を持たなかった初めての女性だったから惹かれた、とまたこれもこれで理由がぶっ飛んでいる物なんだけど。それでも、私もそんな人間不信で、女性不信を極めているような学園のアイドル的存在のことを好きになってしまった訳なんだけど。
実ったのが、つい先日のことで、あっちは長年の片思いをようやく成就させた訳で。
「好きって言って貰えるのは嬉しいけど、私言ったとおり、婚約者いるから」
「えー誰?」
「分かってるでしょ。それとも、言った方が良いの?傷つかない?」
「そんなんじゃ、傷つかないし、俺の方がいい男じゃない?」
「何処が……」
「ま、まあ……あの、エトワール様そこら辺にしておいた方が良いと思います。殿下のためにも、エトワール様の為にも」
と、そこまで黙っていたブライトが口を開く。胃が痛いという風に顔を青くしていたため、よっぽど、ブライトはリースのことが苦手なんだろうなと言うことが分かった。何で苦手なのかは、分からないけれど、アルベドがブライトを嫌いで、ブライトはリースが苦手で、リースはアルベドとグランツが苦手で……グランツはアルベドが苦手。見たいな、サイクルが出来ている。
攻略キャラ同士を掛け合わせると、こんな風に面倒くさいことが起きるので、単体で会うのをお勧めしたい……
「はあ……ごめん、ブライト。ちょーっとこの人が突っかかってくるから」
「嬉しいでしょ?エトワールは」
「全然」
塩対応。何て言って笑う元気があるみたいで、私は、それ以上は何も言わなかった。
ブライトの顔色も悪いし、あまりここでラヴァインを構うのはやめようと、アルバやリュシオルの事も見て思う。
まあ、言えることは鬱陶しいけど、構って欲しい子供ってのが本当のラヴァインなのかも知れない。その無駄に大きな自信はどこから来るのか分からないけれど。ナルシストって、自分に自信が無いからだっけ……自意識過剰なのは。とか、思い出して、無邪気に笑うラヴァインを見て、そんな風に笑ったことが数回しかないあの紅蓮のことを思い出していた。
(早く、見つけなきゃ……アルベドの事)
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