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蟲師 第1話 助手

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蟲師 第1話 助手

1 - 第1話

2025年05月09日

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助手


いつものように、木箱を背負って歩いていた。山から見下ろすと、煙が立つ里が見えた。食料や水が減って来たからちょうどいい。梅雨前の夜は冷えるし、軒と食料と水を分けてもらおう。

俺は山を降りて、1番近くの小屋を叩いた。


「すまない。旅の者だ。雑魚寝でいい。軒を貸しては貰えんか」


少し遅れて、


「はぁい」


と返って来た声は、小さな鈴が鳴るような音だった。カラリと戸が開いて、俺の胸元辺りの身長の娘が出てきた。


「こんな田舎まで。どうぞお上がりください」


娘は肩まである後ろの髪と、目にかかる前髪を、一本の紐で抑えていた。一束だけ目にかかっている。瞳は、よく見ると青色で縁取られ、紫がかった綺麗な目をしている。後ろを向いた娘の髪は、戸の隙間の夕日が当たって墨色だ。つい、見惚れてしまう。


「?お客様?」


「あ…..あぁ….」


咥えていた蟲煙草を落としそうになり、慌てて右手で摘む。娘に見惚れるなど、今までになかったことだ。


「寒かったでしょう?今火をつけますね」


娘は藁の円座を出して、俺に座るよう促した。俺は左肩から木箱を下ろして横に据え、彼女を見た。彼女は慌ただしそうに火をつけたり、飲み物をよそったりしている。小柄な彼女があちらこちらに行くものだから、だんだんとリスのように見えてきた。


「田舎ですので、大した物はお出しできないんですが⋯」


彼女は湯飲みを手渡し、囲炉裏に米と味噌を塗った物を串状にして刺した。

湯飲みを受け取った時、彼女の小さな手が触れた。


「いや、これはかたじけない」


「これくらいしかありませんので⋯」


彼女は困ったように笑いながら、俺の斜め圧に腰を据えた。


「これはこの辺りの食べ物ですか?」


「ええ。一応。頃合いを見てお出ししますね」


「有難い。⋯私は蟲師をしている ギンコと申します。何か困ったことがあれば、お力になれるかと」


「困ったこと⋯ですか」


害の無い蟲が、彼女の左便りを激遊している。


「多分、この子たちのことですよね」


「!」


彼女は蟲を温たかい目で見つめた。


「こりゃあ驚いた⋯あんた、蟲が見えるのか」


「ええ。可愛らしくて、私は好きです。⋯現実でない、夢物語を期待していたら、元服を迎えた祝いか見えるようになりました。⋯触れてはいまませんがね。⋯あ、すみません、名乗りもせず⋯。私、ゆうと申します。紙を折って売って暮らしております」


ゆう….。


「綺麗な、お名前で⋯」


「えっ、い、いえ⋯わ、私も、気に入ってはおりますが⋯」


彼女は耳から首まで赤らめ、気恥ずかしそうに右下を向く。そういう反応を

されちまうと、俺に気があるのかと思っちまうだろう。


「やはり、字は”優しい”ですか」


「元は。ですが、私の字は平仮名でして」


「へぇ。珍しい。それは、随分と可愛らしい」


彼女は再び視線を降ろしてしまう。こう言われるのは慣れていないのか、

初心な反応をする。元服はしているだろうに。


「失礼ですが、ご年齢は」


「20です。小柄なので、なかなか年相応に見られませんが….」


20?周りには家がある。男との関係がなかった訳ではないだろうに。

「たしかに。可愛らしいではないですか」「っ、あ、あの、お言葉ですが、そのような言葉を軽蔑に使わない方がよろしいかと。恋人さんがご心配されますよ」


「そいつぁ失礼。思ったことを言ったまでですがね」


湯呑みを酒のおちゃこのように片手で持って口に運んだ。横目でゆうを見ると、正座のまま赤面でたえていた。クサイ台詞だと思ったが、彼女の反応を見たくて揶揄ってみたらこれである。彼女は思い出したように、串状のみそ飯の火の当たる面を返そうと手を伸ばした。


「熱っ、」


「おっと」


彼女の右手を咄嗟に掴んで、自分の右手で味噌飯を囲炉裏に刺した。


「す、すみません、」


「いえ。早く冷やした方が良い。水がめは⋯あぁ」


彼女の右手のそでを握って水がめに突込んだ。火傷はそうしていないだろうが、彼女の手は熱を帯びている。


「ありがとうございます⋯あの、もう⋯」


「痛みがないのなら」


手ぬぐいで彼女が手を拭く間、俺の手から彼女の温もりが消えなかった。

自分より一周りも小さい年齢の女性に、こんな感覚を味わったのは初めてで、自分でも戸惑っている。彼女は皿に味噌飯を乗せ、湯呑みの中身を注ぎ足した。


「ギンコさん、お待たせしました」


「あぁ⋯どうも」


名前を呼ばれて胸が高鳴る。香ばしい香りのする味噌飯を頬張る。


「美味、」


「それは良かったです」


「味噌だけじゃないな⋯豆かい?」


「そうです。胡桃を入れているんです。よくお分かりになりましたね」


「やはり、字は”優しい”ですか」


「元は。ですが、私の字は平仮名でして」


「へぇ。珍しい。それは、随分と可愛らしい」


彼女は再び視線を降ろしてしまう。こう言われるのは慣れていないのか、

初心な反応をする。元服はしているだろうに。


「失礼ですが、ご年齢は」


「20です。小柄なので、なかなか年相応に見られませんが….」


20?周りには家がある。男との関係がなかった訳ではないだろうに。

「たしかに。可愛らしいではないですか」「っ、あ、あの、お言葉ですが、そのような言葉を軽蔑に使わない方がよろしいかと。恋人さんがご心配されますよ」


「そいつぁ失礼。思ったことを言ったまでですがね」


湯呑みを酒のおちゃこのように片手で持って口に運んだ。横目でゆうを見ると、正座のまま赤面でたえていた。クサイ台詞だと思ったが、彼女の反応を見たくて揶揄ってみたらこれである。彼女は思い出したように、串状のみそ飯の火の当たる面を返そうと手を伸ばした。


「熱っ、」


「おっと」


彼女の右手を咄嗟に掴んで、自分の右手で味噌飯を囲炉裏に刺した。


「す、すみません、」


「いえ。早く冷やした方が良い。水がめは⋯あぁ」


彼女の右手のそでを握って水がめに突込んだ。火傷はそうしていないだろうが、彼女の手は熱を帯びている。


「ありがとうございます⋯あの、もう⋯」


「痛みがないのなら」


手ぬぐいで彼女が手を拭く間、俺の手から彼女の温もりが消えなかった。

自分より一周りも小さい年齢の女性に、こんな感覚を味わったのは初めてで、自分でも戸惑っている。彼女は皿に味噌飯を乗せ、湯呑みの中身を注ぎ足した。


「ギンコさん、お待たせしました」


「あぁ⋯どうも」


名前を呼ばれて胸が高鳴る。香ばしい香りのする味噌飯を頬張る。


「美味、」


「それは良かったです」


「味噌だけじゃないな⋯豆かい?」


「そうです。胡桃を入れているんです。よくお分かりになりましたね」


「へぇ….胡桃を」


胡桃はこの辺りでよく採れるのだという。

収穫時期は秋だが、保存が効くのでとって置いたんだろう。


「今床の用意をしますね」


格子の向こうに、二間ほどの畑が見えた。大根とよもぎを植えているようで、女性1人で耕すには十分な広さだ。床間に並べられている色紙や彼女の発言から、百姓は生活の足しくらいのつもりでいるのだろう。


「ギンコさん、どうぞ。お粗末ですが….」


「いや、何から何まで。ありがたい」


御座がいくつか敷いてある。あれでは、日々肩が凝って仕方ないだろう。よく見れば、御座は一人分しかない。


「私のことは、お気になさらず」


そう言われてもな。周囲の家に蟲の事情を聞こうにも、もう日が落ちてしまった。もう家に出入りするのは邪魔な時間だろう。


「……あの、いつもはそれで寝ているんですよね」


「はい」


白い綿毛が浮くような彼女の雰囲気に、言おうとしていることがさらに言いづらい。


「……その、何だ….。一緒に、どうだろうか?俺だけ御座というのも….」


「あっ、ごめんなさい、気を遣いますよね。ギンコさんがよろしいのなら、御一緒させてください」


警戒心というものが無いのか。周りに男物がない所を見ると、どう見ても女性の一人暮らしだ。旅の男をそう易々と床に入れていい物かね。…..言い出したのは俺だが、心配になる。


だんだん囲炉裏の火も小さくなって来たので、水瓶の水を少し頂いて上着を脱ぎ、御座に寝転がった。彼女は味噌と米、少量の野菜を食べたあと合流した。


「ねぇギンコさん、ギンコさんは蟲に詳しいのでしょう?あのピンクの数珠繋ぎの子のお名前は分かります?」


「あぁ、珠帯か。人から出る体温が好きで、人の多いところでは数も増える。一緒に住む分には問題のないやつだ」


「たまおび….。じゃあ、あの黄色い木の枝が三角になったり、ならなかったりしながら動いてるのは?」


「尺降りだな。地面から生まれて、日に日に空に向かっていく。偶然迷い込んだんだろう。そのうち出ていくさ」


「しゃくふり….。じゃあ、水色の蝶のような子は?」


「雫蝶だ。見た目は蝶と変わらんが、卵から孵ると成虫の姿で出てくる。鱗粉が珍味になるという噂も聞くが、まぁ食べん方がいいだろう。普段の生活くらいでは、そう害にはならんよ」


「しずくちょう….。綺麗。こんなに可愛い子名前があったんですね」


彼女は蟲たちを空に浮かぶ星のように愛でた瞳で見つめている。


「なぁ、ご両親はどうされてるんだ。それに、君の年齢なら旦那がいてもおかしくない」


「あぁ….そうですね」


彼女は少し暗い顔をした。


「父は、この里の青年たちに田畑の耕し方を教えています。母は気を病んで、早くに亡くなりました。…..配偶者は….私が、人付き合いが得意でないもので」


「えっ…..いや、それは気の毒なことを聞いた、」


「いいえ。…..母は、家系状気を病む人が多く、遺伝かもしれません」


蟲を疑ったが、家系なら分かるか。


「あんたは?大丈夫なのかい?」


「私は父に似て、存外さっぱりしておりますから」


「そうかい」


母親が死んでいたのは気の毒だが、さらに驚いたのは彼女が人付き合いが苦手というものだ。話しているのには棘は無いし、なんなら穏やかで可愛らしい声質に癒しさえ感じるのに。


「人付き合いが苦手というのは、どういう」


「…..同じくらいの歳の子に警戒してしまうんです。だから馴染めず。歳の近い子は、もう子どももいるというのに。おかしいですよね」


彼女の中に蟲がいて、人間関係に障害を起こしているのかと思ったが、蟲の気配はない。


「…..おかしくは、ないだろう。人も蟲も様々だ。環境に合う合わないだって当然ある。環境が合わなかっただけかもしれない」


「….そう言って頂けると、安心します」


俺も、何故か分からない白い髪に緑の目。おまけに左目は空洞だからと、何度も異人かと言われた。原因さえ分からないが、それでも身体は呼吸しているのだ。生きている必要がある。


「父親と一緒に暮らそうとは思わないのか?」


「父は….里内で見守る分には構わないが、私に生活する術を身につけて欲しいのだと思います。冷たい人ではありませんが、放任なところもありますし。…..まぁ、私がしたいことは、基本尊重してくれると思います。寡黙な人で、口数は多くありませんが」


親子の関係は良好なわけだ。


「なぜ、そんなことを….?」


「いや….気になった、だけで」


「そうですかぁ」


彼女に背を向けるように寝返りを打った。いや、里に居場所が無いのなら、いっそ…と思ったが……。


次の日、目が覚めると、天井に珠帯やら雫蝶やらが沢山卵をつけている。


「こりゃあ…..」


卵というか、もう、


「布のようですね….」


ゆうの言うように、卵と卵が連なって俺の目に届くまでになっている。


「今までこんなことなかったんです。綺麗ですねぇ」


「…..彼らは羽化の時、人間の体温を奪うんだ。少量なら身体に触らないが、この量だと….いくら梅雨前とはいえ、荷物を持ってここを出ないと、凍え死ぬのはあんただ。蟲に罪は無いが、逃げた方がいい」


俺が呼び寄せたのか?その要因もあるだろう。彼女も蟲を寄せやすい体質だろうが….。あぁ!そうだ、珠帯も雫蝶も、雨が増えるであろう梅雨前が産卵期だ。梅雨で水分を確保し、人間の体温で養分を蓄える。しかもここは俺がいたこともあり、他の家よりも長く囲炉裏の火がついていたから、産卵の条件は揃いすぎていたんだ。


「行き宛てはあるか?できるなら遠い方が…..」


「え?」


彼女は風呂敷に物を詰めていて、顔だけ上げて俺を見た。小動物のように見え、ときめいてしまったがそれどころではない。彼女を見ると、もう既に荷物を詰め込んでいた。


「荷物をまとめる手際が良いな⋯」


「物が少ないので」


商売道具と食料を風呂敷に詰め、土間にひときとめにされた。


「父の家に身を寄せようと思いますが、どうでしょうか⋯?」


「ここより被害は無いだろうが、⋯」


気になることはあるが ひとまず父親の家に移動する。父親の家は彼女の家から坂を二つ程上がった場所だった。戸を叩くと、ゆうに雰囲が似た、四十歳(しそじ)程の男性が応答する。事情を説明すると、ゆうの父親は俺に礼を言った。そして、俺の目を見て続ける。


「蟲師さん、もしよければ、娘を旅に連れて行っては貰えませんか」


「⋯いやいや、いやいやいや父さん!それは申し訳ないって⋯ギンコさんも困るでしょう?」


俺としては願ってもないことだが。


「ゆう、一度外を見て来たら良い。もし、向こうで良い人が出来た時は教えてくれ。そうだ、海が見てみたいと言っていたじゃないか。追い出す訳じゃない。戻って来る場所ではあるが、巣立ちの場所でもある。蟲師さん、娘を連れて行ってはくれないだろうか。娘も蟲らしき何かが見えるらい。いろいろ教えてやってくれ」


彼女を父親の家に往きわせたとして、来年の産卵期に同じことが起きないとも限らない。その際、困るのはこの2人….最悪、この里全体だろう。彼女が蟲を寄せる体質が変わらないからだ。彼女の聶に対する愛情

も少なからずあるだろう。それなら。


「分かりました」


「え、い、良いんですか ギンコさん」


「助手として⋯俺の仕事を手伝ってもらう。鼻に対する知識もつけて貰う必要

がある」


「は、はい。⋯よろしくお願います、先生」


父親の家に行ったそのままの足で、彼女を連れて里を出た。まずは傷む食材を市場で売ることから始めよう。彼女の畑は父親が有効に使うだろうから。彼女の紫の瞳が、山から顔を出した朝日に照らされて輝いて

いる。


「良かったのか?」


「え?」


言われるままだったろう。


「私は、ついて行きたいと思っていました。けど、先生が許可してくれるかは

分からなかったので。先生こそ、父に言われて断わりにくかったでしょう?」


「いや⋯俺も連れていくのが最善だと思ったまでだ。気にすることはない。…俺に気を遣う必要はないから、好きにしてくれ」


「わかりました。先生」


ゆうは俺を見上げ、弾けるような声をあげた。気恥ずかしいので、目は前を向いたままにする。蟲煙草の煙を深く吹って、口から吐いた。…..顔を見た方が良かったか、と少し後悔した。


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