「期待しなくなると、すげぇ楽になるんだ。嫌われても憎まれても何とも思わなくなるし、誰かの顔色を窺う必要もなくなる」
微笑んで話す尊さんが今にも壊れてしまいそうで、抱き締めたい衝動に駆られる。
私はそれをグッと押さえ、まじめな顔で言った。
「私は裏切りませんよ」
「分かってるよ。信じてる」
尊さんは穏やかな表情で頷く。
この人は最初からこうだ。
決して感情的にならず、焦らず、ゆったりと淡々と、目の前にある出来事を見つめて対応していく。
事情を知らない人は、彼を「大人」と言うだろう。
でも本当は、彼はあまりにも傷付きすぎて誰にも期待しなくなっただけだ。
私たちは強く求め合い、信じて愛し合おうとしているのに、心はまだまだ遠いところにある。
少しずつでもその距離を縮めていけたらいいな。
心の中で呟いた私は、話題を変えた。
「副社長と秘書さんと食事なんて、予想外だったな」
「エミリはいい奴だと思うよ」
「いきなりの名前呼び!」
私は目を丸くして驚く。
「兄貴の恋人として、プライベートでも知ってるだけだ。妬くなよ」
私はブスッとふてくされ、パフェの残りをスプーンですくう。
「いい奴だし、美人だ。気も利くし、男を愛したら一途だ」
「ほう、随分評価してますね」
私は半眼になって尊さんの言葉をあしらう。
「……おい。兄貴の恋人を特別視してるなんて思うなよ? 継母に見合いの話を持ち込まれても、『アホか』と思っただけだし、本当になんとも思ってない」
「ふ、ふーん……」
少し嬉しくなんてなってない。うわずった声にもなってない。
「だから喧嘩売るなよ?」
「売りませんよ! 人の事を何だと思ってるんですか」
「お前、割と勢いでなんでもやっちゃうから……」
「しみじみと言わないでくださいよ。……今、上司として色々思いだしてるでしょ。それもやめてください」
私が本気で嫌がると、尊さんは横を向いてクツクツと笑った。
**
十二月四週目の平日夜、風磨さんとエミリさんに会う事になった。
尊さんとエミリさんの縁談が正式に破棄されたかは、まだ分からない。
でも尊さんの話を纏めると、怜香さんが一方的に二人を結婚させると言っていただけで、当の本人たちはまったくその気がなかった訳だから、縁談とも言えるものじゃなかったんだろう。
もしかしたら社長夫人として圧力を掛けていたかもしれないけど、エミリさんには風磨さんがいるし、社長も気持ちのない縁談には反対していた。
多分、怜香さんは篠宮家の中で孤立してるんだろうけど、亘さんは尻に敷かれている雰囲気だった。
怜香さんを納得させるには、そのパワーバランスをひっくり返す必要があるんだろう。
私たちは今後の事を考えるに当たって、四者で食事をする事になったのだ。
着る物に悩んでいたら尊さんに『それほどきちんとした格好でなくてもいい』と言われたけど、プライベートとはいえ副社長と会うので、綺麗めの服を選んだ。
どこのお店かは聞かされていなかったけど、デリケートな話をするなら個室のある落ち着いたお店になるだろう。
食事会は仕事が終わったあとなので、私はベージュのニットアンサンブルに、テラコッタカラーのセンタープレスパンツを穿いて出勤した。
尊さんとはただの上司と部下として過ごし、それぞれ別の時間に退勤する。
そのあと、中目黒駅に集合だ。
私は交通機関を使って向かったけど、尊さんは多分ハイヤーだろう。セレブめ。
中目黒駅に着くと、改札を出たところでダークスーツにグレーのコート、えんじ色のマフラーを巻いた尊さんが立っていて、私を見ると「おう」と片手を挙げた。
……やっぱり顔がいい……。
あと、遠目から見たシルエットがいいし、一見めちゃいい男だ。
周囲には待ち合わせの人が大勢いて、若い女性たちは尊さんをチラチラ気にしている。
けど彼が私に声を掛けると「女つきかよ」と一気に冷めた目になった。面白い。
そのあと、私たちは歩いて少しの距離にあるイタリアンレストランに向かった。
コメント
2件
尊さんは兄を通じ、エミリさんとも親しいようで....🤭 わざと朱里ちゃんを妬かせようとする、意地悪ミコティ😂w 朱里ちゃんも エミリさん達と 仲良くなれると良いね~🍀
はいはいそこのお嬢さん方! アカリンのお通り〜✨ ミコティはアカリンにしか興味はありませんし、お嬢さん方はまったく眼中にございません〜シッシ ˙³˙ )ノ" アッチイケ♡