テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
私は、教師失格だーーーー。
こうして授業をしている間も一人の生徒を目で追ってしまう。
『青井 魂日』
今日も窓の外ばかり見て、私の説明など聞いちゃいない。
そんなんだから、成績が上がらないのよ?
……………………。
……………。
………。
職員室から自分の教室に向かう途中、生徒会長の神華 七美が、奴隷と呼ばれる護衛を引き連れ、廊下を通りすぎるのを見た。思わず、柱の影に隠れてしまった。
私達、教師ですら彼には逆らえない。小学生でも神華一族の恐ろしさは知っている。
彼らが、人間の面を被った悪魔だと知っている。
生徒会長から離れて、こそ泥のように後をついていく。………離れていても分かる、その圧倒的なオーラ。
高校生の姿をしていても私のような温室育ちには想像も出来ない修羅場を潜ってきているはず。
『死』が日常的に存在する非日常。
狂った人格者。
会長が急に立ち止まった事に気付き、私も慌ててその場で硬直した。
青井君が、また揉め事を起こしている。友達の側で奴隷に何か反論していた。
やめてっ!
彼らに関わっては、ダメよ!!
叫ぶのは、いつも心の中だけ。教師として何も出来ない私は、彼の真剣な眼差しから目を離すことが出来なかった。
あぁ………やっぱり………私………。
彼のことが、好き。
それから一週間後、私は校長に呼び出され、異動の内示を受けた。地方の高校への異動だった。突然の事に校長に理由を問いただすと、公には出来ないが、私の生徒へのワイセツ行為が原因だと言われた。懲戒処分にならないだけマシだと思えとも言われた。
はぁ?
ワイセツ行為?
ふざけないで……。私は、そんなことはしていない。
「……………」
私は、フラフラする足取りで生徒会室の扉を思い切り叩いた。
開いた扉に強引に体を滑り込ませ、私を見つめる相手まで、脱げた靴も気にせず走った。
「あなたね。校長に、あんな……バカなことを吹き込んだのは! ねぇ、どうして? なんで、そんなに私を追い出したいの? 答えなさいっ!! 神華」
「………僕は、あなたが嫌いです。表は教師の仮面を被っているが、中身はただのか弱い少女。あなたを見ていると、つまらない恋愛小説を読んでる気分になるんです。一つ………先生に質問しますね。あなたが、青井君を好きなのは知っています。どうして、彼に告白しないんですか?」
「告白って……。バカなこと言わないで。そんなこと出来るわけないじゃない! 私は、教師よ? 生徒に告白なんて出来ない」
「先生……。僕があなたを嫌いな一番の理由は、あなたが『生徒を好きになっている自分』に酔っているからです。つまり、あなたは自分の教え子である彼を好きだと勘違いしているだけなんですよ?」
パンッ!
初めて、目の前の生徒に平手打ちした。乾いた音が、冷たく響いた。
「図星で、キレちゃいました? やっぱり、ただの少女………。あなたを見るのは、今日が最後なので特別に僕の秘密を見せてあげますよ」
そう言うと、突然服を脱ぎ出した。
戸惑う自分を見つめる氷のように冷たい目。
次第に。
だんだん………。ゆっくりと………。
彼は男から………女に変わっていく。
「これが、僕の本当の姿です」
「あなた……女だったの?」
「はい。あっ! それと、もう一つ追加しますね。実は私、青井君と付き合っています」
「ぅ………フフ……。くだらない。ただの…………ただの嫉妬じゃない。彼を私に盗られそうになったから、私を目の前から消したかっただけ。ねぇ、そうでしょ?」
会長は、息がかかるほどの距離まで顔を近づけ、
「あなたは、私が嫉妬するほどの対象ですらない。先生……。私は、彼の為に死ねますよ。先生は、彼の為に死ねますか?」
私に無理矢理、銃を握らせる。
「この銃を使って、私を殺してください。 私を殺せば、彼を自分のモノに出来るかもしれませんよ? 勘違いじゃないと言うなら、さぁ…………私にあなたの本気を見せてください」
私は銃を床に叩きつけると、この悪魔から逃げた。
「狂ってるわっ! 正気じゃない。たかが、こんな…」
っ!?
「ふ~ん……。やっぱり、あなたにとって彼は『たかが』程度なんですね」
「っ!?」
ーーーーその時、自分の本心が分かってしまった。
彼女は、ずっと前から私の心を見透かしていたんだろう。
二度と会うことのない相手。去り際、扉に向かって
「やっぱり、あなたは悪魔ね」
「アハッ! それ、知ってます」
私は、やっぱり教師失格。
残念だけど教師には、全然向いてないみたい。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
治療を終え、退院した生徒会書記の『二川 愛蘭』。
その数日前ーーー。
朝の全校集会で生徒会長が、「明後日、書記の二川が戻ってきます。戻ってきたら、皆さんも彼女を温かく迎えてほしい。お願いします」
なんて、優しい笑顔で言ったもんだから、退院当日。復帰祝いをする為、廊下には生徒の長蛇の列が出来ていた。この列は、彼女がいる七組の特進クラスまで続いているようだ。
「………………はぁ」
正直、邪魔で邪魔で仕方ない。
彼女自身の家も超が付くほどの金持ちだった。『二川グループ』を率いる不動産王 二川 充(ふたかわ みつる)の娘。平生徒の俺達からしたら、まさに雲の上の存在だった。
放課後、帰ろうとした俺の前に二川の奴隷が現れた。
「ついてこい。青井 魂日」
またかよ………。前にもこんなことがあったな……。
逃げ出す口実が思い付かないまま、屋上まで連れていかれた。鉄の扉を開けると、フェンスに寄りかかり、沈んでいく夕陽を見ながら黄昏れている二川がいた。
「あっ…あの……。退院おめでとうございます」
「…………あぁ」
こちらを見もしない。いつの間にか、先程の奴隷も消えており、屋上には二川と二人きりになっている。相変わらず、長身の美少女で、まるで映画のワンシーンのように輝いて見えた。
「その…………手……大丈夫ですか?」
「……………あぁ」
気まずい空気に耐えられなくなった俺は、この場を去ることを本気で考えた。
「私には、この世界が砂漠に見えるよ。何もなく………ただ砂だけが広がっている世界…………」
「じゃあ、その中にいる俺はサボテンか?」
こちらを見た二川が、鼻で笑った。
「フッ……。相変わらずバカだな、お前は。…………でも……何でかな……お前といると心が落ち着く……」
「二川さん。なんか、随分……人間っぽくなりましたね」
「そうか? まぁ、お前に『人間として生きるチャンス』をもらったからな。無駄には出来ない」
「ところでさ、それ何?」
「あぁ……これは… 」
屋上に来てからずっと気になっていた、今も二川の隣にある大きな黒のビニール袋。
二川は強引に袋を開け、俺にソレを転がしてきた。
人間の頭をーーーー。
「うわわあっ!?」
「コイツらは、私の復帰祝いに毒物と小型爆弾を持ってきてな。私を殺そうとしたから粛清した」
今も俺を見つめる名もない彼らを飛び避けながら、二川の隣まで逃げた。
「お前は、まだ会長と付き合っているんだろ? ………なら、やめた方がいい。恋愛ゲームは、そろそろ終わりにした方がお前の身のためだ。そもそも、私達はお前とは違う世界の住人なんだよ。こうして、常に誰かに命を狙われているし、逆に命を奪うこともある。…………お前には、無理だ。愛だ、好きだと……そんな甘い戯言ばかりほざいているお前では、到底闇の中では生きていけない。運良く、長生き出来たとしても心が蝕まれ、腐って朽ちるだけ。生き地獄が待ってる」
また彼女は、違う世界の住人に戻ってしまった。
「はぁ………。まぁ……確かに何もない砂漠だな。孤独と絶望しかない。でも隣にさ、大切な誰かがいれば、砂漠もそんなに悪くないって、いつか思えるようになるよ。たぶんだけど………砂漠にいるのが問題じゃなくて、いつまでもただ突っ立っているだけで、オアシスを目指して歩き出さない自分が問題なんだよ」
二川は、何もない世界を見つめ、静かに泣き出した。その涙の意味が分からず、俺は慌てて彼女にしわくちゃなハンカチを手渡した。
「……今日もらった退院祝いの中で、一番役に立ったよ。ありがとう、青井」
初めて見た本当の笑顔ーーーー。
やっぱり美人だなぁと思った。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!