「こんにちは」
豪が純に作業場を案内されると、従業員が一斉に挨拶をしてくれる。
「こんにちは。お疲れさまです」
彼も、営業用の笑顔を見せた。
純が、カートリッジ本体の組み立て作業やトナーの充填作業など、豪が依頼したインクトナーカートリッジの工程を丁寧に説明する。
以前も数回、ここの工場見学に来たが、汚れる作業が多い中、作業場は常に清潔に保たれ、品質の良さが伺われる。
それに、女性の作業員が多く、豪は内心驚いていた。
この作業場の中では、最終工程になるのだろうか。
検査業務の作業場へ向かい、純が検査内容を説明した。
作業担当の女性が背中を向け、一人で黙々と丁寧に目視検査をしている。
「こんにち——」
豪と純が来た事に気付いたのか、作業中の女性が二人に向き合い、挨拶をするが、言いかけた挨拶がピタリと止まり、豪は女性を見て目を見張った。
(…………奈美?)
マスクはしているが、特徴のあるアーモンドアイ、澄んだ黒い瞳。
後ろで一つに束ねている、濃茶の肩までの髪。
彼女も豪と視線がぶつかり、目を見開いている。
この日、汚れ作業でもしたのだろうか。
マスクと目元周辺が、うっすらと黒くなっていた。
時間が一瞬で止まったような、ほんの少しの間が、一気に気まずい空気に覆われていく。
そんな豪と彼女の様子を、純は何事だ? と言いたげな表情を映している。
「失礼致しました。こんにちは」
彼女が改めて挨拶をしてくれたが、どこか緊張している雰囲気だった。
「こんにちは。お疲れ様です」
豪も仕事中なので、挨拶を返しながら営業仕様の笑顔を作る。
(間違いない。この女性は…………奈美だ……)
マスク越しの声を聞き、透明感のある高めの声色で、この女性が奈美と確信した。
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