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#恋愛
十色
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20
#消失
有栖川 郁太郎
63
45
「明日、私の名前を呼んで」
夜中に届いたそのメッセージを、僕は何度も見返した。
差出人は、登録していない番号。
返信しようとしても、送れない。
桜庭ひより。
その名前を、朝まで何度も口の中で繰り返した。
教室に入ると、彼女の席は空だった。
窓際から二列目、前から三番目。
机はある。
でも、桜庭さんはいない。
それだけで、教室が少し間違って見えた。
チャイムが鳴る直前、扉が開いた。
「セーフ!」
桜庭さんが笑いながら入ってくる。
友達に囲まれて、いつも通りに笑っている。
でも僕には、その笑顔が昨日より少しだけ薄く見えた。
休み時間。
僕は立ち上がった。
田崎が「おい、相沢?」と声をかけてきたけれど、無視した。
数メートル先の彼女の席まで歩く。
たったそれだけなのに、教室中を横切っているみたいだった。
桜庭さんが僕を見る。
「なに?」
僕は息を吸った。
「桜庭さん」
それだけでは足りない気がした。
だから、もう一度。
「桜庭ひよりさん」
教室が一瞬、静かになった。
彼女の友達が笑う。
「なに、フルネーム?」
「告白?」
違う。
そんな軽いものじゃない。
桜庭さんだけが、笑っていなかった。
まるで、ずっと探していたものを見つけたみたいな顔をしていた。
「……なに?」
「放課後、少し話せないかな」
また教室がざわついた。
でも彼女は、僕を見たまま言った。
「いいよ。昨日の教室で」
昨日の教室。
彼女が一人で泣いていた、三階の空き教室。
放課後、僕がそこへ行くと、桜庭さんは窓際に立っていた。
夕方の光が、彼女の横顔を薄く照らしている。
「メッセージ、来たんでしょ」
僕はスマホを見せた。
「明日、私の名前を呼んで」
桜庭さんは、それを見て小さく首を振った。
「私じゃないよ。送ってない」
「でも」
「でも、思ってたことと同じ」
彼女は窓の外を見た。
「呼んでほしかった。誰かに、ちゃんと私の名前を」
僕は何も言えなかった。
「毎日、名前なんて呼ばれてるのにね。変だよね」
「変じゃない」
気づけば、僕はそう言っていた。
「名前を呼ばれるのと、ちゃんと見られるのは、たぶん違うから」
桜庭さんは、少しだけ泣きそうな顔をした。
「相沢くんって、そんなこと言う人だったんだ」
「僕も知らなかった」
彼女は笑った。
昨日より、少しだけ自然な笑い方だった。
「私ね、たまに自分が薄くなってる気がするの」
「薄く?」
「教室にいても、みんなと話してても、私だけそこにいないみたいな感じ」
彼女の声は静かだった。
「明るくて、優しくて、空気読めて、怒らない桜庭ひより。みんなが見てるのは、たぶんそういう私だけ」
僕は聞いていた。
逃げずに。
「それが本当に私なのか、分からなくなる」
そのとき、僕のスマホが震えた。
登録していない番号。
本文は一行。
「その名前を、忘れないで」
桜庭さんが息をのんだ。
「今の、私にも見えてる」
僕たちは画面を見つめた。
もう、ただの夢じゃない。
桜庭さんは震える声で言った。
「もし私が本当に消えたら、相沢くんは覚えててくれる?」
「覚えてる」
「笑ってるだけの私じゃなくても?」
「それでも」
「面倒くさくても?」
「それでも」
彼女は唇を噛んだ。
「じゃあ、明日も呼んで。ちゃんと、名前で」
「呼ぶ」
そのとき、窓から強い風が入った。
積まれた机の上から、古い紙が一枚落ちる。
拾い上げると、それは座席表だった。
一年二組。
田崎。
相沢。
桜庭ひより。
けれど、彼女の名前だけが薄くかすれていた。
消しゴムで何度もこすられたみたいに。
その下に、小さな文字があった。
あと一日。
⸻
*田崎
相沢が変だ。
あいつは目立たない。
誰にも踏み込まない。
そういうやつだった。
でも今日、桜庭の名前を呼んだ。
その瞬間の桜庭の顔を、俺は見た。
あれは、驚いた顔じゃない。
見つけてもらった人の顔だった。
コメント
1件
第3話、めっちゃエモかった…!「名前を呼ばれるのと、ちゃんと見られるのは違う」って台詞に心臓ぎゅーってなった😭 相沢くんが教室の空気を無視して彼女の名前を呼んだ勇気、尊すぎる…。座席表が薄くなってる描写と「あと一日」の文字が不気味で、これからの展開が気になりすぎるよ!!続きが待ちきれない〜😆💕