コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
ヤバイ奴と知り合いになってしまった。アンズという名の異世界からの移住者の一人である。ご近所さんやルス曰く、移住後の教育期間を終えてすぐに服飾業界に革命をもたらした人物らしく、なのに本職は薬師という色々と変わった人物なのだが、その他にも不可思議な点がある。
アンズという『災害』に遭った日の夜は、ルスの反応がオカシイのだ。
最初はてっきり変態発言を連発されるせいだと思っていた。深く理解は出来ずとも、いやらしい意味を含む言葉に晒されたせいで体だけが変に反応してしまっているのだろう、と。だが、アンズとの遭遇回数を重ねれば重ねる程に二人きりになった時のルスの反応が過敏になっていき、とうとう昨夜はとろんと蕩けた瞳になりながら自分から細い脚を開いて、『…… 契約印を馴染ませるの、する?』と訊いてきたのだ。
ぶつっと理性の糸が切れそうになったのを咄嗟に引き留めてどうにか事なきを得たが、僕が経験者だったら危なかった…… 。細い脚を羞恥に震わせ、ショーツで履い隠していながらも尚、真っ白なシーツに愛液が零れ落ちてしまうくらいに溶けきった蜜壺が与えてくれる快楽を、もしこの身で知っていたならきっと、僕は陽の光を浴びる頃合いまでずっと獣が如くルスの小さな体を貪り尽くしてしまっていた事だろう。
僕が傍に居る限り、ルスはもう一生誰とも結ばれる事が出来ないが、だからって純潔まで奪ってしまうのは道理に反していると思う。僕らは夫婦ではあっても、仮初の関係である以上一線を超える必要は無いのだ。
(…… 指では散々ヤリ倒してしまったけど、ソレはノーカンだよな?)
契約対象を愛し、愛されているフリならいくらだって出来ても、深くまで体を重ねるのはまた別の話だ。どうせいつかは手酷く裏切って捨てる対象に僕の純潔を捧げる気なんか無い。…… 無いんだ、が…… 体格差があるから、指程度でも、二本や三本も入れてやれば、挿れているみたいな反応を返してくれるから、いつも下っ腹が重くなる。そのせいで気を散らすのに毎日苦労しているのだが、気絶するみたいに眠り込んでいくルスの間抜けな寝顔をじっと見て、なんとか理性を保ってきた。
だけど、昨夜みたいな事を毎度毎度されては流石に堪らない!
このままでは、生まれてからずっと突き通してきた理念を、本物の嫁みたいに可愛く誘惑してくるルスに砕かれてしまうのは時間の問題だ。獣耳を伏せ、涙目になりながら大きな尻尾を自分から上にあげてお尻を突き出しながらおねだりなんかされたら一溜りもないので、今僕達に何が起きているのか早々に確認せねば。
——そう決めて、今日単身、アンズに『僕らに何かしたのか?』と問う為に薬師ギルドの扉を開いた。
「おや、珍しいですねー。今日はお一人ですかー?」
不貞腐れた顔を誤魔化す事なくギルド内に入ると、数人の薬師達と共に調薬作業をしていたアンズがすぐに気が付き、僕に声を掛けてきた。
「お客さんか?」
「いいえー。この方は奥様がヒーラーですから、多分私への個人的な用事ではないかとー。なので、奥の部屋借りますねー」
薬師ギルドの受付係かと思われる年配の男性とアンズがカウンターの向こう側でコソコソ話している。無事に席を外す了承を得たのか、「こちらへどうぞー」と言われ、アンズと共に店の奥へ進むと、応接間かと思われる部屋に案内された。
「今日はどうしたんですかー?ルスさんは、一緒じゃないんですねー」
「あぁ。ルスは向かいの店で買い物中だ。少し抜けて来ただけだから、僕もすぐに戻る」
そう言うと、部屋の隅でお茶の用意を始めようとしていた手をアンズが止め、こちらに振り返った。
「じゃあ、そちらの席へどうぞー」
促され、応接セットとして用意してあるソファーに座る。薬師ギルドというだけあって室内はどこもかしこも薬品や薬草の匂いがしており、この応接室も例外ではなかった。
「で、どうしましたか?」
背筋正しく対面の席に座ったアンズが早速用件を訊いてくる。『すぐに戻る』と事前に告げたおかげか、珍しく空気を読んでくれたみたいだ。
「実は——」と言い、大雑把にルスの現状をアンズに伝えた。詳しく話すとアンズが鼻血を出して悶え出しそうなので、最低限必要な表面的情報のみにしておく。
「——なるほど、なるほどー。ヒーラーだからなのか、ルスさんは結構耐性が強いんですねー。効果が発揮されるまでに、まさか何日もかかるとは思いませんでしたよー」
パンッと軽く手を叩き、糸目を更に細めてアンズがニコッと笑う。頬は桜色に染まっていて少し高揚気味なせいで僕の背筋に悪寒が走った。
「アンタ、ルスに一体何をしたんだ?」
訝しげな顔を彼女に向けると、人差し指を口元に当てて、「そう警戒される様な真似はしていませんよー」と言い、アンズが首を軽く傾げる。悪意は全く感じないので嘘ではない様だ。
「ただ、私の『言葉』にはちょっとした魔力が混じっているんですよー。もっとも、特定のジャンルの発言にしか発生しない能力なので、警戒の必要はないですよー」
「…… まさかアンタ、『言霊』が…… 使えるのか?」
『言霊』は最高位魔法だ。永く生きる僕でさえ、使える者は一匹しか知らないくらい珍しい能力である。
(そんな魔法を、たかが異世界からの移住者が?)
代償として世界でも捧げないと無理だろうというくらいの魔法だ。ヒトを操る事には慣れていても、操られる事へは不快感しか抱けないせいか、反射的にアンズへの警戒心が一気に上がった。コイツが僕に何かしようというのなら、すぐにでも影の中へ始末出来る様に体勢を整える。
「いえいえ、そんな能力持っているはずがないじゃないですかー」
あっけらかんと口にし、アンズがふふっと小さく笑い飛ばした。
「実はですね、私がスカウトされたのは、『薬師の適性が高い』からとか『服飾の技術を持っていたから』よりも、もっと別の理由があるんですよー」
「別の、理由?」
訝しげな顔をアンズに向けると、彼女はニコッと狐みたいな笑みを浮かべた。
「異世界から移住者を受け入れ、様々な技術を取り入れていけば復興が早く進みます。でもそれ以上を望むとなると、やっぱり元々この世界で暮らしている人達の総数を元に戻す必要がありますよねー」
「まぁ、そうだな」
この世界の人口を大幅に減らした原因になった自分が言うのも変な話だが、確かにそうだ。
「そこで私の恋愛知識を買われたんですよー」
「…… 恋愛、の知識?」
意味がわからず、疑問符が頭に浮かぶ。
「はいー。全て実体験ではありませんが、ありとあらゆるジャンル、コンテンツを網羅した私の知識が、人口の増加に役立つと判断されたって訳ですー」
「ジャ、コン…… ?」
理解の追い付いていない僕をスルーしたまま、アンズが説明を続ける。
「人口の増加には、結局のところ男女がヤルことをやらないといけませんよねー。その為の手助けをする為のスキルを、今の私は持っているんですー。あ、でも、何度も言いますが、警戒の必要は無いですよー。無差別テロ的に効果をばら撒いている訳じゃないんですー。ちゃんと『両片思いな二人』ですとか、『交際関係』や『夫婦』といった間柄の人達にしかスキルが発動しないようにロックが掛かっているのでー」
「…… 待ってくれ!つまりは、どういう事なんだ?」
話についていけず戸惑ってしまう。
「えっとですね、私は、私が発した特定の『言葉』を聞いたカップル的な方々の性的な衝動を高める事が出来るオートスキル持ちなのですよー。簡単に言えば、『対カップル向け媚薬効果のあるボイス持ち』といった感じですねー」
「じゃあ、この町にやたら妊婦が多いのって、まさか…… 」
顔色が自覚できるくらいに青くなり、声が震える。
「はーい。私のおかげですねー。仲良しカップルがより一層仲良くなって下さって、私も嬉しい限りですー」
高らかに手を挙げて、アンズが誇らしげな顔で微笑んでいる。こんな女をとんでもないスキル持ちにしやがった勧誘担当魔法使いの顔面をボコボコに殴ってやりたくなってきた。
「じゃあ、次の標的を僕達にしたってワケか」
額に手を当て、俯きながら大袈裟に息を吐き出す。すぐにでも殺したい程じゃないが、迷惑極まりない相手だと再認識した。
「標的だなんてとんでもない!ただ私は、お二人のもどかしい関係性の刺激になれたら嬉しいなぁーと」
「そんな刺激は必要ない!」
ハッキリそう告げて、二人の間にあるテーブルをバンッと叩く。だがアンズは一切表情を崩す事なくニコニコと笑ったままだった。
「まぁまぁ。単純にルスさんが可愛いから色々してあげたいという気持ちで贈り物をしている面の方が強いので、その辺は深く考えないで下さいー」
「…… そういう事なら贈り物を止めろとまでは言わないが、今後はルスを刺激しないでくれ」
「嫁が可愛過ぎて辛いからですかー?」
図星を突かれた気分になり、うぐっと言葉が喉に詰まった。べ、別に僕自身は嫁を可愛いだなんて思ってはいない。そう思われたいルスが、そういった感情を持つように、無自覚なまま僕にその感情を押し付けてきているだけなのだから。ならばここは、『そうだ』と答えるのが正解だろう。
「…… そ、そうだ。あまり可愛い事をされると、理性が…… その…… 」
人の目があるのだ。“夫婦”である体を保つ為にも、するべき行為と発言をしているだけだというのに、頬が勝手に熱を持つ。ルスの蕩け切ったアホ面を思い出すと耳まで熱くなってきた。
そんな僕を前にして、アンズが解脱者みたいな笑みを浮かべている。これはきっと、僕がルスに惚れていると上手く勘違いさせる事が出来たのだと判断して間違いないだろう。
「でも、お二人に何らかの“情”がないと、そもそもこのスキルは発動しないんですけどねぇー」
アンズがボソッと何か言ったかと思うのだが、気が散っていて聞き取り損ねた気がする。
「何か言ったか?」
確認しようとすぐに訊くも、「いいえ、何も。外の音じゃないですかー?」と言われた。なんだかテキトウに誤魔化された気がし、本当にそうだったのか再度問い詰めようとした時、遮るみたいにトントンッと応接室の扉をノックする音が鳴った。
「はーい」と返事をし、アンズが立ち上がって応対する。すると開いた扉の向こうにはルスが心配そうな顔で立っていた。
「奥様がお迎えに来たみたいですねー」
「め、迷惑だったでしょうか?」
不安気にアンズと僕の顔を交互に見る。するとアンズは優しく微笑み、「丁度話が終わったところですから、大丈夫ですよー」と言ってルスの頭をあやすみたいな仕草で撫でた。
「じゃあ、お二人をギルドの外までお見送りしますねー」
「あ、ありがとうございます」
目が泳ぎ、しどろもどろになりながらルスが頭を下げる。懐に入れた者への距離感がバグりがちなルスだが、アンズへの苦手意識はどうもまだ消えていないみたいだ。
「そう警戒せずとも大丈夫ですよ、もうあまり変な事を言うなと釘を刺されたばかりですからー」
「く、釘を⁉︎」
「いやいや、言葉通りに受け止めるな。やめてやって欲しいと言っただけだから」
僕がアンズに五寸釘でも打ちつけたシーンを想像でもしたのか、驚いて尻尾を逆立てているルスの頭をくしゃりと撫でる。獣耳ごと撫でてしまったせいか、ルスの口元が気恥ずかしそうに緩んだ。
そんな彼女の顔を前にすると、ついついこちらまで表情を崩してしまう。善性の影響下にあるせいであろう感情の動きに対して恐々とする気持ちを抱いていると、またポツリとアンズが何かを言った気がしたが見事に聞き逃した。
「…… んー。ホント、お二人ってもどかしい距離感ですよねぇ。ぱっと見では充分好き合っていそうなのに」
——と、この時アンズが言っていた事を知ったのは、随分後になってからだった。
【幕間の物語②『理性が試される』・終わり】