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むぅ、眠ってしまうとは不覚。皆さんごきげんよう、シャーリィ=アーキハクトです。作業中に眠ってしまったらしく、ベルが部屋まで運んでくれたとか。と言うか着替えてるんですけど、まさか!

「私が着替えさせました」

「ですよねー」

当たり前ですが、シスターの仕業でした。私の胸のときめきを返せ。

「そんなもの無いでしょう」

「はい」

相変わらず読まれてしまいました。シスターはエスパーさんでしょうか。

「馬鹿なこと考えてないで、身支度をなさい」

「直ぐに」

わぁ、髪がボサボサ。見るに耐えません。お洒落に興味はありませんが、身嗜みは整えないと。

「シャーリィ。工房で何を作っていたのか、実物を見ましたよ」

髪を解いているとシスターが語りかけてくれます。

「はい、試行錯誤の末に。まだまだ完璧な再現とは言えませんが、羊皮紙より扱いやすいですよ」

あの本に使われていた紙に比べればまだまだ質が劣ります。むぅ、今日も引き続き試行錯誤をしないと。

「綺麗なものでしたよ、シャーリィ。羊皮紙よりもね」

「ありがとうございます、シスター」

誉められました!

「あの、シスター。あの紙は羊皮紙よりずっと簡単に作れるんです。売り物になりますよね…?」

「普及すれば帝国に革命を起こせるでしょう。もちろん莫大な利益と一緒に」

「やっぱり!」

ん、でも何故か普及していない?ライデン社が本に書いて世に送り出したのに。不思議です。

ちなみに『帝国日報』と呼ばれる新聞は政府から発行されています。当然羊皮紙なので非常に高価で部数も少ない。一部銀貨五枚ですからね。

「簡単な話です。確かに十年程前にライデン社が普及させようとしたことはあります。ですが」

「出来なかった…?」

「そう、羊皮紙ギルドの猛反対と激しい妨害によってね。羊皮紙ギルドの抱える利権は凄まじいものがあります。それによって政府や帝室をも動かして潰しにかかり、ライデン社も手を引きました」

「なんと」

こんな革新的な技術を?酷い話です。え?でもそれだと…。

「つまり、売れない…?」

「マーサも扱いを断るでしょうね。少なくとも、文句を言えないくらいにならない限りは」

「えぇ…」

「そもそも、その本だって直ぐに出版取り消し。悪魔の書として燃やされています」

「悪魔の書って…あれ、でもこれは?」

「私が個人的に購入したものです。悪魔の書と言われていたので、手元に残しておきました」

「流石はシスター、天の邪鬼ですね」

ゴチンッ!っと大きな音がして、私の頭に立派なタンコブが出来ました。シスターの拳骨は最高です。目も覚めました。

……と涙目になるシャーリィでした。痛い…。

オッス、ルイスだぜ。今日は納品日だからな、農園に邪魔してるんだ。で。

「ぶわっはっはっはっ!」

「笑わないでください、ルイ」

「いや、だってよぉ!ハハハハッ!」

何せ朝一番に行ったらシャーリィの頭に立派なタンコブがあるんだぜ!?笑うなって方が無理がある!

「むぅ」

「ああ、悪い悪い。悪かったって、拗ねるなよ」

「拗ねてません」

そっぽ向きやがって。そんなとこも可愛いんだけどさ。

…なんだよ、悪いかよ。同年代でこんなに可愛い女が居たら惚れるだろ?普通。でもさ、まだだめだ。

こいつは、やらなきゃいけないことに集中させなきゃいけねぇ。余所見する余裕がないんじゃない、余所見させちゃいけねぇ。こいつは、シャーリィは色々難しく考えて抱え込んじまう。だから、今はこの関係で良いのさ。

「悪かったって、機嫌直してくれよ」

「テラリア」

「ん?」

「テラリアのロイヤルケーキで手を打ちましょう。もちろん、一ホールです」

「げっ」

テラリアは帝国で一番人気のケーキ屋で、貴族様や帝室にも納めてる高級店。その中でも一番はロイヤルケーキ。一ホール丸々となると、銀貨八枚は飛ぶんだよなぁ。

「何ですか」

「いや、ロイヤルケーキ一ホール丸々は…」

「何ですか、情けない。こう言うのを殿方の甲斐性と言うのでは?」

「いや、お前俺より稼いで……はぁ、しょうがねーなぁ。分かったよ、次の納品日に買ってくるよ」

「言質取りましたよ、言い逃れは無しですからね」

「男に二言はねぇよ」

「なら良いです。ふふっ」

こいつ、たまに笑うようになったんだよな。少しだけ表情も緩むし…可愛いんだよなぁ。

「なーにやってんだ、青春か?」

「オッス、ベルさん。そう見えたか?」

「違います、ベル」

「否定すんなよ、年相応で良いじゃねぇか」

ベルさんから見たら、まさにガキのお遊びなんだろうなぁ。

「で、ルイ。今日の分なんだが」

「いつもより少し多めってロウさんから聞いてるぜ?」

「今回は思ったよりも収穫出来ましてね」

「別に良いんじゃないか。少し多くても姐さんなら上手く捌くさ」

「そいつぁよかった。お嬢、例の奴は見せたのか?」

「忘れてました。ルイ、話は変わりますが…これに興味はありませんか?」

「うん?」

そう言ってシャーリィの奴が取り出したのは…紙?羊皮紙じゃねぇな。薄くて軽い。ちょっと形は悪いけどよ。

「変わった紙だな。何の皮だ?」

「木です」

「は?」

「樹木、森を成すものの木です」

「いや、そりゃ分かるけどよぉ。木だって?木から紙を作れんのか?」

「作れるんですよ。皮よりずっと簡単で、安くて、更に薄くて嵩張らない」

「マジかよ、売れそうだな」

「でも売れません。売ろうとしたら、羊皮紙ギルドに潰されます」

「なんだそりゃ、駄目じゃねぇか」

「でもルイなら、この紙の価値が分かりますよね?」

「そりゃあ……おい、まさか」

「大々的に売るから目をつけられるんです。分かる人にだけ売り続け、人伝に緩やかに広げる。羊皮紙ギルドが気付いた時には、帝国でもたくさんの人が植物紙の良さに気付いている。何より、羊皮紙よりかなり安く売れるんです。つまり、庶民に普及させられる」

うっわ、笑顔だ。こいつの満面の笑顔は可愛いより怖いんだよ。だってさ、それは『敵』にしか向けねぇ。シャーリィにとって羊皮紙ギルドはもう『敵』なんだろうなぁ。

「そうなれば、もう手遅れです。便利なものを容易く手放せるような人間なんて、そうは居ませんからね。下手に弾圧すれば暴動が起きます」

「スケールがデカ過ぎないか?」

「お金のためなら気にもしませんよ。しかも、悪いことをしてるわけでもない」

大方シスターに止められたんだろうが、シャーリィはそれで止まるような女じゃない。開き直りやがったな?こいつ。

「で、俺に見せた理由はあれだろ。良さの分かる奴に売るのを手伝えって事だよな?」

「ルイがあちこちに顔を出しているのは知っていますからね。伝はあるでしょう?」

「まあ、な」

銀行や事務所、作家とか画家とか物を書く連中には馬鹿みたいに売れるだろうな。

「羊皮紙の十分の一の売り値で出すつもりです。もう少し掛かりますが、形も整えてより質の良いものをね」

「革命でも起こすのかよ」

「私は作って売るだけです」

「悪い奴だよ、本当に。でもな、見返りは要求するぜ?」

「もちろん報酬は支払いますよ?」

「金なんか要らねぇよ。それより」

ちょっとくらい、良いよな…?

「買い物に付き合ってくれよ。美味い飯屋とか紹介するからさ。それに、洋服とかもたまには買えよ。荷物持ちやるからさ」

こいつ、いつも農園に籠ってるし。その、まあなんだ……デートにくらい誘ってもバチは当たらねぇよな?

「買い物に付き合うくらい何でもありませんが。着るものは別に…」

「普段着ぐらい持っとけよ、お嬢。毎日同じ服じゃ代わり映えしねぇしな」

「年中真っ黒なベルには言われたくありませんが…少しは私服も買いますか」

ナイスフォローだベルさん!確かにあんたに言われたらアウトだけど!

「分かりました、ルイの次の非番の日にでも。私が合わせますよ」

「おう、また連絡するわ。んじゃ、俺も戻るよ。あんまり遅いと姐さんにドやされるからな。またな、シャーリィ」

「はい、またです。ルイ」

嬉しそうに走り去るルイスと満更でもなさそうなシャーリィを見て、ベルモンドは温かな気持ちを抱き優しく見守るのだった。

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