テラーノベル
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時は第二次世界大戦の、真っ只中。
周辺地域での空襲が激しくなってきたため、帝都から山梨某所のド田舎まで疎開することになった。今より暮らしが不便になるな、とアッパとオンマは言っていたが、俺としてはとても好都合だった。
「朝鮮人」という、ただそれだけの理由で────それはそれはもう、吐き気を催すほどの理不尽な扱いを、街や学校で受けていたことを思えば。
*
俺達が「任田家」という「日本人の一家」として、山梨のその村に疎開したのは、昭和19年の8月上旬のことだった。
幸運にも、現地の農家の夫婦から空き家を借りることが出来た俺達は、彼等の農作業を手伝うことを条件に、暫くその家に住むことになった。
農地は、借家から15分ほど離れた場所にある。その道中に見えるのは、この村唯一の診療所。木造の洋風建築である、小ぢんまりとしたそれが見えてきたら、農地に到着するまであと少しだ。
────そんな疎開して間もない、ある日の早朝のこと。
俺は周辺の散策も兼ねて、農地までの道を一人で歩いていた。上空には、ブゥンとエンジンを唸らせ、帝都を目指すB29が3機ほど。
単なる偵察だろうか。それとも機体に積んだ数多の爆弾で、また人を沢山殺しに行くのだろうか。
そんなことをぼんやりと考えていたら、見えてきたのはあの診療所。
「…………」
俺は徐ろに診療所に近寄り、西側の窓から遠巻きに中を覗いてみた。何となく、本当に何となくだ。ちょっと気になっただけなのだ。他意は無い。
見えたのは寝台の上で眠る、一人の若い男。
俺より色白で、華奢で……そして何よりも、俺と同じ男とは思えない、綺麗な顔をしている。まるで、人形のような……
暫くして、男の目が開いた。俺は慌てて、窓の側から離れる。
しかし気付かれていたらしく、男は頭をこちらにゆっくりと向けて、俺の方を見た。 どうして良いか分からず、暫し固まる俺。
すると男は窓を開け、顔を出して言った。
「おはようございます。早いですね」
花が綻ぶような、そんな笑顔で────俺に挨拶をしてくれた。
「お、おはようなんだぜ!」
俺も挨拶を返し、小っ恥ずかしさの中、そそくさとその場を去っていった。
「笑った顔…………可愛かったんだぜ」
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