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~Side日菜~
ふわっふわの真っ白い泡をそそいで。
こんもり膨らむにつれてただよってくる、甘くやさしいミルクの香り。
うーん、美味しそう…!
ラテをつくっている時ってほんとしあわせな気分になるなぁ。
…って、
いけないいけない、集中。
この最後の行程で、かわいいクマさんになるかどうかが決まるん…
「ブタのラテアートなんて、うちには無いけど?」
ふにゃ。
容赦ない言葉に、つい手がすべった。
チャームポイントの丸耳は見事に歪んでしまって…
ゆっくり溶けて、ツルンとした頭になってしまった。
「あ、ちがった。ブタじゃなくてサル?」
うわぁああ、ひどいっ。
せっかく今日は上手くいく気がしてたのにっ!
涙をこらえながら見あげると、イジワルな声の主が冷やかにわたしを見降ろしていた。
「それより、5番のドリンク、まだ?」
「えっ…あ…!もうちょっと…」
「デザート、もうあがってんだけど」
「も、もうちょっと待って…」
「は?ブリュレ冷めちまうだろ。ああもういいや、先出すから早く持って来て」
キビキビと歩いて、真っ白なシャツに包まれた広い背中が遠のいていく。
このバイト先の先輩で、わたしの指導係。
榊晴友(さかきはるとも)くん。
うう…
今日もかっこいい後姿だなぁ…って、
みとれる前にドリンクを…!
抹茶ベースにラテ状にしたミルクをそそいで、ソーサーに乗せてトレイへ。
こぼさないように気を付けて運んで…。
5番テーブルにデザートを出し終わった榊くんがくるりと振り返った。
とたんに、形のいい眉がひそめられる。
ぐいっ
と、整った顔が近づいて、
「…おい」
わわ…!
「な…なに…?」
榊くんは、怖い顔のまま抹茶ラテを見て小声で言った。
「抹茶パウダーが乗ってないぞ」
「あ…!」
そうだった…!
急いでいてすっかり忘れてた…!
回れ右!…をしたところで、榊くんにがっちりと腕をつかまれた。
「バカ。んなことしてたらラテが減るだろうが。最初から作り直してこい」
「は、はい…!」
5番テーブルは今、デザートだけが出された状態。
デザートはドリンクと出すのが基本だ。早く作らなきゃ…!
榊くんがお客のお姉さんに話しかけて時間かせぎをしてくれていた。
まちがわないように注意してドリンクを作り直して急いで行くと、お姉さんは榊くんと話するのに夢中で、ドリンクが来ないのも気にしてなさそうだった。
わたしが謝りながら出すと、お姉さんは全然怒った風もなく「わぁ美味しそう!」って褒めてくれた。
よかったぁ…。
でも、わたしの心はどんより沈む。
また、榊くんに迷惑をかけてしまった…。
「おい、ぼけっとするなよ。さっきのラテアート、作り直したのか」
「え、あ…!」
でもシュンとしている暇はなかった。
お姉さんとの会話を切り上げ戻ったそうそう、榊くんがどやしてくる。
「す、すぐ作ります!」
「あーもういいよ、俺が作るから」
「で、でも…」
「さっきの、どう見てもクマじゃなくてブタじゃねぇか。あんなの出せねぇ」
「ちょっとどけ」と言いながら、榊くんがわたしのすぐそばに寄ってきた。
わ…っ。
ギャルソンスタイルのスラリとした身体が、触れるくらいの距離に来て思わず緊張する。
慣れた様子でミルクを泡立てカップにそそぎこんで。
撫でるようにさっと描いてあっという間に生まれたのは、誰もが認める森のクマさん。
背景に森の絵まで入れた、うちの人気メニューだ。
うう…やっぱり榊くんは上手だな…。
榊くんがドリンクを運んでいくと、それまでおしゃべりに夢中になっていたお姉さんたちが、はっとして話をやめた。
洗練された動きでカップを配る榊くんをじっと見つめる。
ちょっと、ぽうっとなってる…。
あ…話し掛けた…。
榊くんは、にこやかに応じる。
「えーこれホントにお兄さん作ったのぉ?」
「かわいい!」
楽しそうな声が聞こえてきて。
わたしの胸は、チクリと痛む。
しょっちゅう目撃してしまう光景だ。
でも、見た瞬間、いつも胸がきゅっとなって切ない気持ちになってしまう。
お客さまにこんな気持ちになっても仕方ないのに…。
そう、これはヤキモチ…。
だって。
わたし、立花日菜(たちばなひな)は、 ずっと、ずっと前から、 榊くんに恋をしているから…。