テラーノベル
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第31話:秋の気配と、最強の「動くこたつ」
北海道の十勝地方。その秋の訪れは、東京のそれとは全く別物である。
暦の上ではまだ秋口だというのに、朝晩の冷え込みは容赦なく、吐く息はすでにうっすらと白みを帯びていた。
「……さっむ」
古民家の縁側に立った俺は、思わず身震いをしてフリースの上着を羽織った。
ブラック企業時代、暖房の切れた深夜のオフィスでダウンジャケットを着込みながらエクセルを叩いていた記憶が蘇り、寒さは俺にとってトラウマのスイッチでもある。
「北海道の冬はヤバいって聞いてたけど、秋の時点でこれか……」
縁側の床板も氷のように冷たく、さすがに今日から素足で過ごすのは厳しそうだ。
俺が両手を擦り合わせながら、本格的な冬支度(ストーブの準備や窓の断熱など)について思考を巡らせていた、その時だった。
『……ミャウ?』
背後から、少し寝ぼけ眼のシロがトコトコと歩いてきた。
俺の足元まで来ると、ブルッと寒そうに震えている俺を見上げ、サファイアとアンバーのオッドアイを不思議そうに瞬かせた。
「おはよう、シロ。ごめんな、今日はちょっと冷えるから、お前も部屋の中にいた方が……」
俺が言いかけた瞬間。
シロが『ふぅ』と小さく息を吐き出し、純白の毛並みをフワリと逆立てた。
――ぽわぁぁぁん。
「……え?」
突如として、俺を包み込んでいた凍てつくような冷気が、嘘のように消え去ったのだ。
いや、消え去っただけではない。
シロを中心とした半径約2メートルの空間だけが、まるで目に見えない『ドーム状の結界』に覆われたかのように、空気が一変した。
温度、湿度、そして風の通り抜け方までが、完全に制御されている。
それはまさに、春のうららかな昼下がり、一番気持ちの良い『陽だまり』そのものだった。
「な、なんだこれ……あったか……」
俺は信じられない思いで、自分のフリースを脱いだ。
半袖のTシャツ一枚になっても、全く寒くない。むしろ、ちょうどいい。室温計はないが、体感で完璧な『25度』に設定されているのがわかる。
『ゴロゴロ、ゴロゴロ……』
シロは「これで寒くないでしょ?」とでも言いたげに喉を鳴らし、俺の足元でゴロンと横になった。
そのシロの体から、ストーブのような輻射熱と、極上のマイナスイオンがダブルで放出されている。
「お前……ついに『空間の温度』まで操作できるようになったのか……」
もはや神獣というより、超高性能な次世代スマート家電である。
「お兄さーーん! おはようございまーす……ぶるぶるっ、今日は冷え込みますねぇ!」
そこへ、マフラーをぐるぐる巻きにして、白い息を吐きながら小春ちゃんが自転車でやってきた。
「おはよう、小春ちゃん。とりあえず、こっちに来てみろ」
「はいっ……って、ええええ!?」
縁側に足を踏み入れ、シロから半径2メートルの『春の陽だまり結界』に入った瞬間、小春ちゃんは目を丸くしてフリーズした。
「な、なにこれ!? お兄さんの周りだけ、季節が春なんですけど!? あったかーい!!」
小春ちゃんはたまらずマフラーを外し、コートのボタンを外して大はしゃぎし始めた。
「シロがやってくれたんだよ。どうやら、動くこたつ……いや、最強の全自動エアコンに進化したらしい」
「すごいです、シロちゃん! これなら冬の配信も縁側で余裕ですね!」
小春ちゃんは早速ジンバルを取り出し、スマートフォンの配信開始ボタンをタップした。
『100,000』『600,000』『1,500,000』
今日も相変わらず、バグのような速度で同接(同時接続者数)が跳ね上がっていく。
「世界中の皆さん、おはようございまーす! 【日常チャンネル】です! 今日は北海道、すっごく寒いんですけど……見てください!」
小春ちゃんがカメラを俺の方に向ける。
そこには、庭の草木に真っ白な霜が降りているというのに、縁側で半袖Tシャツ一枚でくつろぐ限界社畜の姿があった。
足元では、シロがぽかぽかと光を放ちながら寝転がり、ちゃっかりコン吉もその隣で丸くなって暖を取っている。
『……ん? 主、季節感バグってないか?』
『背景は霜降りてるのに、なんで半袖なんだよww』
『寒くないのか!? 見てるこっちが風邪引きそう』
「ふふふっ、実はですね……シロちゃんの周りだけ、今、気温が25度あるんです!」
小春ちゃんがカメラをシロにズームすると、シロの体から発せられる熱気で、周囲の空気が陽炎のようにわずかに揺らいでいるのが見えた。
チャット欄が、一瞬の静寂の後、大爆発した。
『はあああああああああ!?!?』
『空間温度制御スキルキターーー!!!』
『シロ様、ついに気候まで操り始めたぞwwww』
『動くこたつじゃん!! 最高すぎる!!』
『うちのポンコツエアコンと交換してくれ!!』
『灯油代ゼロで春の陽気とか、北海道の冬における最強のソリューションだろ』
『(ドバイの石油王からの¥50,000ギフト)=”Master! Send Shiro to Dubai! Summer here is 50 degrees, I need a cooling aura!“(主よ! シロをドバイに送ってくれ! こっちの夏は50度だ、冷却オーラが必要だ!)』
「石油王さん、おはようございます。残念ながらシロはドバイには行きませんよ。それに、これはただの自然現象ですから」
俺はTシャツ姿のままほうじ茶を啜り、いつものように冷静なトーンで語りかけた。
「……皆さま、落ち着いてください」
『落ち着けるかああああああ!!!』
『また主の限界言い訳タイムが始まったぞww』
「北海道の古い家屋には、木材が蓄熱する性質があります。それに加えて、猫の平均体温は約38度。これが十勝の特異な気圧配置と組み合わさることで、局地的な『フェーン現象』が発生しているんです。ええ、田舎ではよくある気象条件の重なりです」
「あるわけないじゃないですかぁぁぁ!!!」
小春ちゃんが、たまらず大声でツッコミを入れた。
「フェーン現象が半径2メートルで起きるわけないでしょ! それに、さっきからシロちゃん、時々ピンク色に光りながら熱気出してますよ!!」
『小春ちゃんのキレキレのツッコミ助かるww』
『適応力バグおじさん、ついに気象庁に喧嘩を売る』
『猫の体温でフェーン現象は草』
『物理学「解せぬ」』
俺の苦し紛れすぎる現実逃避に、200万人の視聴者から愛のある総ツッコミの弾幕が浴びせられる。
「あははっ! もう、お兄さんの言い訳、冬に向けてさらにパワーアップしてますね!」
小春ちゃんも、ポカポカの陽だまりの中で笑い転げている。
『ミャウ(失礼ね、私が温めてあげてるのに)』
シロは少し呆れたように鼻を鳴らすと、今度は俺の膝の上に飛び乗ってきた。それに続くように、コン吉も俺のもう片方の膝に丸くなる。
ズンッ、という心地よい重みと共に、もふもふたちの極上の温もりが直接太ももに伝わってくる。
「……あぁ、極楽だ」
俺は思わず、だらしない声を出してもふもふたちを撫でた。
ブラック企業で凍えていたあの頃の俺に教えてやりたい。
お前は数年後、北海道の厳しい寒さの中で、神様みたいな猫の最強の暖房設備(オーラ)に包まれて、半袖でアイスを食いながら生きているぞ、と。
「よし、小春ちゃん。せっかくシロがこたつにしてくれたんだ。今日はこのまま、縁側でゴロゴロするだけの配信にしよう」
「大賛成です! 私、みかん持ってきますね!」
『最強の冬支度完了だなww』
『主と小春ちゃんがダメ人間になっていく……』
『見てるだけでこっちまで暖かくなってきた。シロ様尊い』
『(スイスの銀行家からの¥50,000ギフト)=”I will invest in the Shiro-brand Eco-Heater!“(シロ印のエコヒーターに投資しよう!)』
世界中が驚愕し、そして癒やされる中。
北の大地に忍び寄る厳しい冬の足音すらも、最強の神獣もふもふの力にかかれば、ただの「最高の昼寝のスパイス」に過ぎなかった。
圧倒的なマイナスイオンと、適温25度の絶対防壁。
俺たちのストレスフリーなスローライフは、季節が変わっても、誰にも邪魔されることなくポカポカと続いていくのだった。
ゆうき あきや
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ゆうき あきや
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キュルノ
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コメント
1件
シロの「動くこたつ」、めちゃくちゃ良かったです…! 寒さのトラウマを抱える主人公が、シロの温もりで春の陽だまりに包まれる光景が、読んでいてじんわり心まで温かくなりました。半袖でほうじ茶を啜る姿と、小春ちゃんのキレキレのツッコミ、そして「フェーン現象」と強引に言い張る限界言い訳タイム…全部愛おしくて、思わず笑顔になりました。シロの誇らしげな様子も可愛くて、この冬の配信、絶対に見守りたくなります。🍊