「アンタが、私の推しじゃなかったらぶん殴ってたわ」
私は目の前の男にそう毒を吐いて睨み付けた。
整った顔、眩しいほどの金髪にルビーの瞳、そして金の装飾が施された純白の衣服に身を包んだ彼は、誰もが認める超絶イケメン。私が愛してやまない乙女ゲームの推しキャラ……ラスター帝国の第一皇子リース・グリューエン。彼が、推しが! 今まさに目の前にいる。しかし、私の心はときめくどころか冷え切り、怒りと落胆のマグマがふつふつと煮えたぎっていた。
呼吸することすら忘れるほど美しく、どんな宝石よりも輝かしい彼を前にしては言葉を発することすらできない。もし、今手元にスマホがあるならこの一瞬一秒を動画と写真に収めていただろう。
――――中身まで推しであれば。
「ああ、もう! 何でよりにもよって、アンタがリースなのよ!」
思わず頭を掻きむしりながら絶叫した。高級なカーペットを思いっきり踏みつけ暴れ、勢い余って脱げてしまったヒールは放物線を描きリースの顔面めがけて飛んでいく。
「何だそれは。求愛のダンスか?」
「どこをどう見たらそう見えるのよ!」
脱げた黒いヒールは、リースの顔面に直撃する間一髪の所で彼に受け止められた。国宝級のリースの顔面に傷がつかなかったことは嬉しいけど、そんなことよりも何故彼がここにいるのか問い詰めたい気持ちの方が大きい。
「こうしてまた会えたんだ、素直に喜べばいいじゃないか」
「ふざけないでよ! こっちは全然嬉しくないし、会いたくもなかったんだけど!」
私は、再び声を上げて叫んだ。
そんな私を見て、面白そうにリースは笑うと彼の頭上の好感度が2%上昇した。合計で76%だ。私は、好感度の上昇に肩を落とした。
「……私のリースが。もうほんと解釈違い! 最悪最低! リースはそんな簡単に笑わないの! 私だって、せっかく大好きな乙女ゲームの世界に転生して、まあ悪女だけど……それでも、推しに会えるならいいかなって思ってたのに!」
私は、目の前の男を睨み付けながらも心の中は絶望感でいっぱいだった。
乙女ゲームの世界だと気づいた時は興奮したが、蓋を開ければ私は死亡確定の悪役……偽りの聖女だし、いざ攻略キャラの好感度を上げようと推しキャラに絞ってみたら何とその推しリース・グリューエンの中身は一ヶ月前に別れた元彼!
全くこんな不幸があっていいのだろうか!? いいわけない!
「私のリースを返してぇッ!」
「と……言われてもなぁ」
泣き叫ぶ私を尻目に、困ったような顔をしながらもどこか楽しげに微笑んでいるリース。その笑顔が本当に腹立たしい。
愉快に笑う声も、輝かしいほどの金髪も、宝石以上に価値のあるルビーの瞳も、全部私の理想通りのリースなのに……なのに……!
中身が元彼ってだけで全てが台無しなのよ!
「そう泣くな。可愛い顔が台無しだぞ」
「……リースさまぁ……って、違う!」
思わずうっとりとしてしまいそうになった自分を叱咤し、私は涙目のままリースを睨み付けた。
本来ゲームなら、リース第一の召喚で召喚された聖女には興味を示さず彼女の我儘で横暴な性格に呆れ、嫌気がさし、ヒロインが召喚されたと同時に彼女に惹かれ初めヒロインを虐めた偽りの聖女を成敗しハッピーエンドを迎える。
そう、だからこの地点でリースが偽りの聖女である私に興味を示すはずはないのだ。あってはならないのだ。
そもそもリースは女子供が嫌いで、常に戦場を駆け回っているような男でありゲーム内で一番好感度が上がりにくい超難易度のキャラなのである。そして一歩間違えればヒロインであれど死亡エンドが待っている。常にリースを攻略するには死と隣り合わせ。
けれど、それがまたよかった。
この乙女ゲーム「召喚聖女ラブラブ物語」のリリース当初から一目惚れし何度も攻略に挑んできたキャラがリースなのである。まずビジュアルに惚れた、衝撃的な一目惚れだった。
そしてストーリーを進めていくごとに、彼の真っ直ぐ芯の通った強さや、いざという時助けてくれる優しさや、何も言わず寄り添ってくれる所とかに惚れた。
とにかくリースの全てを愛していた。私の理想の皇子だったのだ。だからこそ、今目の前にいるリースは全てが解釈違いなのである。
「もう、いっそ殺してよぉ……」
私は、両手で顔を覆うとそのまま膝から崩れ落ちた。
「お前が死んだら俺が悲しむから却下だ」
「そういう意味じゃないし、アンタの悲しみなんて知らないし」
リースの言葉に私は、顔を上げることなく答える。
「俺はお前にフラれてからも、ずっとお前のことだけを愛していたのに」
「私の中のアンタの好感度なんて0%よ! 今すぐ私の視界から消えて!」
私がそう言うと、ピロロン……と何とも悲しげな機械音と共に彼の頭上の好感度が1%下がった。
そのまま下がればいい。と私は内心思ったが口にはしなかった。
「……お前は変わらないな」
「ええ、変わってないわよ。アンタと別れてからもずっと……」
毎日ソシャゲのイベントを走って、アニメショップでグッズを買い漁って、推しがプリントアウトされた枕を抱きしめて寝て。
リースもといい、元彼と別れてからも私の生活は何一つ変わらなかった。
「そもそも、私がアンタと別れた理由ちゃんと理解してるわけ!?」
「そんな怒るようなことじゃないだろう」
「怒るようなことよ!」
私は勢いよく立ち上がるとリースに向かって叫んだ。リースはまだ怒っているのか? とでも言うような表情を私に向けていた。それが腹立たしくて、私は思わず彼に中指を立てて怒鳴りつけた。
「アンタが私の当選した推しの3Dライブチケット破ったこと一生許さないからッ!」
乙女ゲームの世界に偽りの聖女として召喚転生した私、天馬巡、現エトワール・ヴィアラッテアは絶対にリース・グリューエン中身元彼を攻略しないとここに誓ったのであった。