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岩崎家と西条家との話し合いにより、正式に両家合同で結納を行うことになった。
西条家は本宅を焼失した為に、店に拠点を移している。一部の職人が住みこんでおり、やや、騒がしいのが難点だと、結納を交わす場所の用意に手間取った。
岩崎男爵邸でと案も出たが、西条家、佐紀子の結納まで世話になることはできないとごたつき、結局、両家と縁続きになることから、神田旭町の岩崎の家で行うことになる。異例の出来事に、皆、慌てふためきその準備は、大騒ぎだった。
当日──。
佐紀子側、西条家の結納を先に行うということで、月子も、妹として席を共にすることになった。
部屋の上座には目隠しも兼ね、松竹梅が描かれた屏風が置かれている。その前には、広げられた毛氈《もうせん》の上に、結納を交わすに必要な縁起物が並べられている。
男爵家の女中、清子が茶を運んで来た。
裏方、設えには、すべて芳子の声がかかっている。佐紀子に負けてはならんと、大騒ぎで、そして、今も、岩崎家の出番を控え室代わりの岩崎の部屋で、芳子は耳をそばだてながら待っている。
「佐紀子とやらに、月子さんの衣装をバカにされてないかしら?」
オロオロしつつも、芳子は、どこか、闘争心丸出しだった。
「急な話ですもの。西条家も何を考えているのやら!月子さんのお衣装が、また、私の寸法直し、お下がりですよー!もう、私、泣きそうだわっ!正式な祝言こそ、みてらっしゃい!!佐紀子!!」
「芳子、そう、佐紀子さんのことを言うもんじゃない。聞こえるよ?」
諸々の感情に任せ、愚痴を言う芳子を男爵がたしなめる。
その隣で、更に文句を言う御仁が……。
「京一!なんだこれは!こんな狭い所で結納など、しかも、二家合同でだと?!平民の行うことはわからん!」
あの、いつぞやの会食で揉めた、大おじ、御前様が芳子以上に文句を言っている。
「そうおっしゃらず。大おじ様がいらっしゃらなければ岩崎男爵家の結納が進みません。何しろ、大切な仲人役ですからねぇ」
京一が、空々しく機嫌を取った。
西条家の仲人は、これからの商いを考えてか、同じ材木問屋の梶井屋の主人に頼んでいるようで、結納が行われている隣の居間からは、場を仕切る高齢男性の声が途切れ途切れ流れて来ていた。
そして、男爵家も、後々ごたつかないよう、口煩い、あの御前様を仲人に立てたのだ。
「まったく、この狭い部屋でいつまで待たせるつもりだ!」
「そうですか?普段は何も狭くありませんが?今日は仕方ないでしょう」
隣り合わせのお咲の部屋から身支度を終えた岩崎が出て来るが、チクリと御前様へ嫌みを言った。
男爵夫妻は、ハラハラしつつ、岩崎を見る。ここで、ご機嫌を損ねるとまたまた面倒なことになる。
そこへ……。襖が開いて、清子が顔を覗かせた。
「西条家はお済みになりました。皆様どうぞこちらへ」
救いの神登場とばかりに、京一はニコニコしながら、さあと、御前様を促し腰を上げた。
佐紀子側の親族代表は、何故か、大番頭含め店の重鎮が数名やって来ていた。新郎となる定吉と両親もやって来ていたが、完全に店側に取り込まれている状態だ。
「皆様、一息お付きになられませ」
瀬川が皆を奥、台所の板間へ案内する。控える部屋がないということからの措置だが、いわば、庶民の一行は、裏方は慣れている。無事に終わった安堵の息が漏れるだけで、場所が悪いなどと言う者はいなかった。
こうして、今度は岩崎家の番とばかりに、西条家の面々が部屋から出たとたん、清子と吉田が結納品など部屋を整え直し、御前様はじめ、岩崎家一行を迎え入れた。
台所の板間で休んでいた月子の母も、梅子に付き添われやって来る。
が……。
「娘、貴様、何様のつもりだ?世間知らずの京介の嫁になる娘の母親には、到底みえぬが?序列を知らぬのか?!」
これだから、平民はと、御前様が、上座に座っている佐紀子を睨み付けていた。
西条家の結納が終わり、今度は、佐紀子が月子の姉として参加する予定だったのだが、佐紀子は、当たり前のように、西条家側の上座、本来は月子の母が座る場所に座っていたのだ。
「あっ、佐紀子さんは、西条家の当主ですから。そこで……」
月子の母が、場をまとめようと言い張った。めでたい席に水を差すようなことはしたくない。その思いは伝わってくるのだが……。
「確かに、そうでしたが、結納を交わしたのです。新郎がいるでしょう?この場に顔を出さないなら、佐紀子さん、あなたは、単なる家族だから末席になるのでは?」
岩崎が、雄弁に語った。
「岩崎様!ここは……」
言い渋る月子の母、顔をひきつらせる月子に、岩崎は、そうなりますよ?などと、朗らかに返している。
御前様が、あからさまに顔をしかめ、佐紀子を再度見た。男爵夫妻も、素知らぬ顔をして、御前様に従う素振りを見せる。
佐紀子は、何の事か一瞬分からなかったようだが、これだけ正論で攻められては、ぐうの音も出ない状態で、歯軋りが聞こえそうなほど、悔しげな顔をしながら、黙って末席へ移動した。
男爵家の面々は、さも当然のことと、すました顔で、各々の位置に腰を下ろす。
こうして、御前様の取り仕切りによって、岩崎と月子の結納は、滞りなく進んで行く。しかし、佐紀子だけは、始終、忌々しげに岩崎を睨み付けていた。