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話が全く見えず混乱していると、ブライトは分かりやすいよう丁寧に言い直した。
察しが良いのはありがたいが、子供に諭すようなその態度はどうかと思う。確かに私の知能が低いんだろうけど。
此の世界について何も知らないのだから仕方がない。聖女についても、魔法についても。此の世界の人が聖女についてどういう考えを持っているかについても……
「聖女様も一人の人間だと」
「それが、アンタの勘違い?」
「はい。聖女も僕達と変わらないただ一人の人間だと。魔力量は誰よりも多いですが、きっと誰よりも繊細で、人の感情に敏感な人だと……僕の目には、そう映っています。エトワール様は」
だから、すみませんでした。とブライトは言うと人形のように綺麗な顔を歪ませた。
ブライト・ブリリアント―――
淀みのないアメジスト色の瞳を持つ、侯爵家の侯爵代理。漆黒の髪を編み込みハーフアップにした、常に優しい笑みを浮べた男。ヒロインストーリーでは、彼女の魔法の先生を務めあげた。このゲームの世界の中で誰よりも優しく繊細な人。
彼こそ、人の感情に敏感で心を痛めやすい。人の痛みに寄り添えるようなとても優しい人である。
帝国の魔道騎士団の統制をしていた光魔法の魔道士でもあった。
初めはそんな彼のことを、ゲーム越しに善人ぶってる偽善者だと思っていた。彼に抱いた最初の感情はそれだった。しかし、ブライトのストーリーを進めることに、彼が如何に周りを見て人の痛みに寄り添って支え続けたのかを知った。
帝国一の光魔法の魔力持った侯爵家に生れ、また彼も異常なまでの魔力量を持ち、聖女が現われるまで聖女の代りとして帝国を守ってきた一員であった。だからこそ、聖女に向けられた期待も目も苦しみも彼は理解していた。彼の家系が代々聖女を支え、聖女の伝説を伝えてきたこともあり、ヒロインの一番の理解者だったのだ、ブライトは。
ブライトの優しさは、偽善者なんかじゃなく、本当に美しく正しい心を持った善人で、聖人の域に達するぐらいの物だった。言えば、誰にでも優しいという奴だ。
エトワールにも同情し、彼女を最後まで武力ではなく言葉で説得しようとしていたのも彼だった。
「聖女というものを僕達は勝手に理想化し、都合の良いものに仕立て上げた。災厄を打ち返す唯一の光として」
「……私は、その災厄が怖い」
私はそうぼそりと呟いた。
災厄が怖いのは勿論だが、その後消滅してしまうと言うところに酷く不安を感じている。
役目を終え、天界へ還る。それは、人間界から肉体が消えてしまう、死を意味するのだ。
誰かを攻略しなくても死に、例え攻略せずとも悪女にならず災厄を打ち返したとしても死ぬ。いいや、攻略しなければ闇に心が飲まれるのかも知れない。
私が震えているのに気づいたのか、ブライトは私の肩にそっと触れた。
「ふぎっ! な、何でしょうか!」
「聖女様が……エトワール様が震えてらしたので。災厄は誰しも怖いものです。その前兆が現れ始め、今日のように空に星が見られないことだってあります。僕も怖いですよ。エトワール様と一緒で」
「……は、はあ」
(吃驚したぁ! 何か甘い雰囲気だった気がしたけど、気のせいか! 乙女ゲームだからと行ってそんないきなり甘くならないか!)
私は、そのまま抱き寄せられるのかと思って身を固めていたが、全くそんなことはなく、ブライトは災厄は誰しも怖いもので、僕も怖いから大丈夫云々かんぬんと落ち着かせようとしてくれた。
まあ、彼には私が本当に怖いものが何か分かっていないようだけど。
それでも、おなじだと言ってくれたことが嬉しくて私の頬はかなり緩んでおり、震えも止っていた。
ブライトは私をおなじ一人の人として認めてくれたみたいだった。
「そ、それで、その! 今日は弟さん一緒じゃないんですね。やっぱり、病気のことで……?」
私は勢い余って、変なことをブライトに質問してしまった。
彼は、一瞬戸惑いそれから苦笑いしてそうですね。と言うと、空を仰いだ。
「それもありますけど、こんな遅くまであの子を連れ回すのはあれかと思いまして」
そういうブライトの瞳には満月が映り込んでいた。
空は月の光が煩く星が出ていない。いや、彼が言うには星の光が届かない闇夜なのだが。
「一度パーティーに一緒に参加したときに、誘拐されそうになったこともありますし。屋敷にいた方が安全かと」
「ゆ、誘拐!?」
私は驚きすぎて思わず大きな声を出してしまった。ブライトはそれに少し驚いていたが、すぐに困ったように微笑んだ。
彼は私に背を向けると再び口を開いた。先程よりも小さな声で、まるで独り言を言うかのように。
それは、私の耳には届くことなく風に乗って消えた。
「そ、それは大変で……その、身代金とかですか?」
「いえ、身代金とかではないですよ」
「じゃあ……」
ブライトは私に振り向くと、目を細めて悲しげに笑った。
そして、彼は私を真っ直ぐに見つめた。アメジスト色の瞳はやはり美しいと思った。吸い込まれそうなほど綺麗な瞳だった。彼は私の問いに答えず、ただ黙って私を見つめていた。
暫く見つめ合っていたのだが、不意に視線が外されると同時に彼は一歩後ろに下がった。
それが何故かとても寂しかったのだ。
私は無意識に手を伸ばした。けれど、その手は彼に届かず、虚しく空を切るだけだった。
「災厄を引き起こし、世界をリセットすることを目的に動いている集団がいるのです。弟はそれで」
「でもそれって、災厄って……天災みたいな物なんですよね?」
「ええ、そうですね。けれど、彼らにとって災厄を打ち返す聖女の存在や光魔法の魔道士の存在は厄介なわけです。ですので」
と、ブライトは私の方を見た。彼の顔には影が落ちており、表情はよく見えなかった。
そして、ゆっくりとその唇が動いた。
「聖女様も例外じゃないです。誘拐、暗殺……過去に聖女が殺された事例もありますから」
「え……えぇ」
ブライトの衝撃的な言葉に私は言葉を失った。
災厄を支持、聖女を殺そうとする集団がいることにも驚いたし、私が狙われているかもしれないこともショックだった。
(いや、まだ私が狙っているとは限らないか?いや、そうだよね。うん)
私は自分の考えを無理矢理否定した。
しかし、また新たな死亡ルートを発見してしまってゲンナリと私は肩を落とした。
攻略しなくても死ぬ、攻略失敗しても死ぬ、ラスボス化して死ぬ、暗殺者に殺される。
どのエンディングを迎えても、結局死亡エンドだなんて。乙女ゲームってもっとハッピーなものだと思っていたのに。
バッドエンド多すぎないか。しかもどれもが死んでいるっていう。攻略し、誰かと結ばれても、もしかしたら……
私は頭を振って嫌なことを振り払った。今はそんなことを考えても仕方がない。
「そ、その。暗殺された場合……災厄で世界は滅んだりしたんですか?」
「もしそうだったとしたら、僕達はここにいないでしょうね」
「……気になったから聞いただけ。それぐらい分かってる!」
私はついカッとなって、怒鳴ってしまった。
自分で言ったことなのに、想像したら怖くて涙が出そうになった。
そんな私を見て、ブライトは申し訳なさそうに謝ってきた。私が勝手にキレただけだというのに。彼は悪くないのに。
絶対に、子供っぽいって思われた。かといって、聖女らしく振る舞おうとしても聖女らしさや、演じることには抵抗がある。寧ろ、演技は大根で聖女らしく振る舞うことは返ってマイナスポイントになるだろう。
となると、素のままでいた方が良い。
「エトワール様は変わっていますね」
「よく言われます」
「勿論、悪い意味ではなく」
ブライトは口元に手を当てクスリと笑った。私はそれに釣られて頬を緩めたが、直ぐに顔を歪めてしまった。
彼が私のことを聖女として扱っていないからと言って、彼の前でまで気を抜いていて良いわけではない。
ブライト含め攻略キャラは皆、聖女らしい王道ヒロインらしい性格の振る舞いの彼女に惚れたのだから。これでは、一向に攻略が進まない。
ブライトは一応諦めかけていたけど、彼のルートももしもの保険で残しておいてもいいかと思った。そう思い、私は彼の好感度を確認する。
(5……か、まあまあかな)
この間は1だったから、そう思えば進歩である。私は、この調子で頑張っていけばきっといつかは……と希望を持ちながら拳を握った。