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糸川先生は、いかにも真面目そうな雰囲気で、背が高くスーツが似合っている。聞けば理科教師らしく、シンメトリーなセンター分けからは理数的な知能の高さが感じられる。
「それでは、とりあえず自己紹介から始めてみましょうか」
すっかり忘れていた。年度初めは毎年自己紹介ラッシュだ。短文で相手の興味を引き、自己アピールをするというとてつもなく難しいテストを入学したばかりにやらされるなんて、地獄以外の何物でもない。
俺は出席番号2番だからすぐに順番がやってくる。出席番号1番の人がしゃべりやすい雰囲気を作ってくれたらありがたいのだが。
出席番号1番、つまり俺の席の前に座っている男は、背は高く、目は大きかった。彼はおもむろに立ち上がる。自己紹介を始めるらしい。さて、どんなテーマだ。普通であれば自己紹介のとき、名前だけでなく例えば好きな食べ物だったり、入りたい部活動だったりをつけ足すはずだ。彼がつけ足したテーマに俺も続けば、あまり悪目立ちせず言葉にもつまらず話せるはずだ。頼む、頼むぞ、1番の彼。
「あー、俺の名前は天川高彦。たかひこって読んでく・れ・た・ま・え、バキューン。それたーかひこ!たーかひこ!ラブミーテンダー!アイウォンチュ!ラブミーテンダー!アイウォンチュ!」
教室にしばし、沈黙が流れる。およそ5分間だ。人生で経験した中で最も長い沈黙だ。彼は満足げに座っている。思考停止だ。みんなコードを抜かれたテレビのように、顔に何も映すことなく、ただ呆けている。くだらないというか、しょうもないというな、よくそんなことできるなというか、とにかく彼は大物なんだろう。俺はやっと意識を取り戻して、自己紹介を始めようとするが、教室の空気は最悪だ。恨むぞ、タカヒコ。
「えー、あ、私の名前は青地光星です。え、あー、食べ物、好きな食べ物は、えー、たまごスープです。よろしく」
とても恥ずかしい。なんと拙い自己紹介だろうか。薄っぺらいだけでなく何も面白くないじゃないか。俺は自分が悲しくなる。
「お前、あんまし面白くないじゃないか」
急に声がして、見てみれば前の席の高彦だった。
「お前のだってひどかったじゃないか」
俺は恥ずかしさと怒りを堪えきれずに言う。
「それもそうだ!地獄の空気だったからな。てか、お前って呼ぶな。高彦って呼べ」
「ああ、分かったよタカヒコ」
なんだか面倒くさいやつだ。彼と当分は近くの席だなんて、疲れてしょうがなさそうだ。
「あ、光星。お前花粉症だろ」
急にタカヒコは言ってくる。確かに春は花粉症がひどく、実は今もくしゃみはないとはいえ少しきつい。
「お、バッグのなかにマスクがあったぞ!光星にやる 」
彼はそういってマスクをくれた。あまり表面的な変化はないはずなのに、よく花粉症だと気づけたな、と感心する。実は彼、すごい目配りのできる人間なのではないか?
「そこ、他の人の自己紹介はちゃんと聞きましょう」
糸川先生がこちらを見て言ってきた。
「はいさーせんさーせん」
高彦は軽々しく言う。はて、やはり目配り気配りのできない人なのだろうか。謎は深まるばかりだ。
「では次、霜文月羽さん、お願いします」