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コンテストふぁいとです!!🫶🏻🔥
2019年11月25日
広島県廿日市市・「安芸島組」本部
赤黒い火山弾のような皮膚をもつ物体が、諸処に転がっていた。もう人間の姿とはほど遠い。煙を立ちのぼらせながら、傷という傷から溶岩のような血を吐き続けている。
手榴弾による爆発音を耳にしたスーツ姿の男たちが、ぞろぞろとロビーに降りてくる。
「誰なあ! こんなことしやがって」
男たちは、背を向けるようにして立ち尽くしている珍妙な格好の男に気付き、銃口を向ける。
「お前か! お前、誰なら!」
すると異風な男は両手を掲げ、ゆっくりと男たちに向き直った。赤く光るふたつの瞳で男たちを見るなり、不気味な笑顔をむけてみせた。
「おれか。おれは、この国のサーヴァント——つまり、殺し屋だ」
男たちは、いま一度銃身を強く握った。
そのとき、部屋の奥から、小太りの首領が、煙草を咥えて現れた。
「やれやれ、見境もなく皆殺しとは」
「おれはこの国にとっての正義にたどり着くためなら、手段など選ばない」
首領は煙草を床に落とすと、革靴でもみ消した。
「噂になってた『サーヴァント』っていうのはお前のことだったんだな。まあええ、こちらにも正義ってものはある。どちらの正義が正しいか、ここで試そうじゃないか」
首領は「撃て」の合図を出した。それと同時に、弾丸がサーヴァント目掛けて一斉に吹っ飛んでいった。
サーヴァントは大きく姿勢を崩し、その場に倒れて動かなくなった。瞳に赤い光を宿したまま。
「よし、そしたらわしが最期を看取っちゃる」
手下が首領に短刀を手渡す。彼は落ち着いた足取りで、倒れているサーヴァントに近づいた。
首領はしゃがみ込んで、失笑を漏らした。
「通り魔の分際で、偉そうに」
短刀の柄をしっかりと握り、首元にあてがう。すると赤い瞳が動き、首領の目線と合わさった。
「チンピラの分際で、偉そうに」
もう動かないかと思われたサーヴァントの右手が、短刀を握っている首領の手首を掴んだ。強烈な力で引き締められ、首領は苦痛に喘いだ。短刀が床に落下する。
サーヴァントは嬉々とした表情で転がった短刀を手にすると、首領の首元に当てた。
「こいつを殺されたくなかったら、全員武器を捨てろ!」
首領は歯噛みしながら、しかしなにをすることもできない。手下は各々拳銃を床に置いて、両手を掲げた。
「甘っちょろいうえに、愚鈍な奴らだ」
すると一瞬のうちに、サーヴァントは首領を投げ飛ばし、人間だった肉塊が持っていたアサルトライフルを拾った。
「見せてやるよ」
手下たちが拳銃を拾い上げ慌てている間に、サーヴァントはライフルを3点バーストで撃つ。スーツ姿の男たちは次々に被弾し、首の創傷から血潮を撒き散らした。弾は頸動脈を確実に捉えていたのだ。
手下をひとり残らず処分すると、続いて首領に銃口を向けた。首領は震える手で拳銃をサーヴァントに向ける。
「死ねっ!」
そう言い放った首領はサーヴァントの頭部に向けて発砲した。弾丸は額に命中する。
サーヴァントの手からライフルが離れた。彼はその場に顛落し、動かなくなった。
「おのれ、よくもこんなことを」
首領は再び短刀を握り、赤い目と赤い目の間めがけて振り下ろした。
すると短刀は床に当たって刀身が真っ二つに折れた。サーヴァントは瞬時に首領の背後に回り込んだのだ。
「おれの治癒能力を甘く見るんじゃねえ」
首領の頭に蹴りを入れると、前のめりになって顔をフローリングに直撃させた。前歯が1本折れ、信じがたい痛みと恐ろしさを受けながら、しかし両腕はサーヴァントの手によって後ろに回される。首領はうまく発声できないまま、呪詛めいた言葉を投げかける。
「おいおい、体力は温存しておくことだ。お前には尋問が待っている」
幅の広い結束バンドで両手を束ねると、表情を変えることなく、サーヴァントは懐から無線機を取り出した。
「こちら現場1F。ボスを拘束しました」
すぐにヘリが現場上空に到達し、国防軍の車両も次々とあらわれる。
先陣を切って軍用車から現れたのは、任務の指揮官である枝本少佐だった。
「こいつだな」と枝本。
首領は言葉にならない罵声を浴びせるも、あえなく輸送車に連れ込まれる。
「今回もよくやってくれた、頼(らい)。安芸島組総長の生捕りは必ず成功させなければならなかった」
「いいえ、懲悪はおれの本分です。どのような任務であろうと、遂行してみせます」
枝本はサーヴァントの——頼の肩を、ぽん、と叩いた。目に宿された赤い光が、少し穏やかになった。
ふたりの後ろからは、武装した国防軍の隊員が次々に屋内に入ってくる。
2019年11月26日
兵庫県三木市・山陽自動車道上
暴力団「安芸島組」の総長を乗せた輸送車両は、前後3台ずつ誘導車を配置した隊列を成して、国防軍による「尋問施設」へ向け、真夜中の高速道路を走っていた。
「おっ、もう日付が変わっているみたいだな」
頼と枝本は、いちばん前の車両の後部座席に乗っていた。
「頼、前にも似たような質問をしたことがあるが——」
夜景を営む市街地が現れては消えるのを眺めていた頼は、枝本の方を見た。
「お前は、苦しくなることはないのか」
「苦しい、とは?」
頼はあくまでもきりっとした表情を崩さない。
「お前はこれまで数えきれないほどの任務を遂行してきた。だが、人が人を殺すことには、どうやってもある種の抵抗が伴うものだ。それがピークに達したとき、時としてそれがトラウマになり、消えない後遺症となって障害を引き起こすこともあるのだが、どうか」
頼は再び窓の外に顔を向けた。
「人を殺すことがトラウマになるような人間なんかに、サーヴァントは務まらないですよ」
窓に映った己の赤い目を見つめながら、頼は話を続ける。
「おれが17歳の時、つまり大政奉還があった年、おれの師匠であり父だった順上(じゅんじょう)は腹を切った。武士の時代が終わったということは己の人生が終わったということだから。だから、おれも腹を切って死のうとした。だが、死ななかった。いや、腹は切った。だがその傷があっという間に治癒して消えてしまったんだ。そして鏡に映った自分の目を見て気づいた。おれはサムライとしての力を手に入れたのだと」
「サムライとしての、力……」
「そう。この世に悪が存在する限り、それを消し続けなければならない。その役目を、すべてのサムライたちの運命を背負ったおれが、この不死身の運命に縛られるおれが、成し遂げなければならない。——おれは17歳の身体のままだが、もう168歳だ。じつにさまざまな民衆の苦しみを目の当たりにしてきた。そして苦しむ人々を少しでも救済しなければならない、と思っている。それはいつの時代でも同じです」
そこまで言うと、枝本の胸ポケットに刺さったペンを奪い、自らの右手を広げた。
「なっ、なにをする!」
ペン先が頼の右手の中央にずぶりと埋まった。ペンを抜き取ると、赤黒い点から血が垂れた。
「よく見ていてください」
ペンを奪い返そうとする枝本に、落ち着きはらった声で頼が言う。
枝本は頼の顔と、頼の右手を交互に見た。痛がっている様子はない。そして驚くべきことが起きる。
右手の穴が、小さくなるように縮こまり、消失してしまったのだ。
「『治癒』を少佐に見せるのは、初めてでしたね……」
ぽかんと口を開けた枝本にペンを返すと、頼はまた窓の外を見遣った。
ちょうど大阪に入るところだった。頼は押し黙って、現れては消える夜景を見ていた。
枝本はペンをポケットに戻すと、ふう、とため息をついた。
沈黙を破って、枝本の携帯電話が鳴り響いた。
「やれやれ、夜中にかけてくるなよ……。どこのどいつ——ん? 警視庁?」
枝本は携帯を耳に当て、応答する。頼はちらりと、枝本の方を見た。
「ええ、そうですが。……なに? そんな大層な任務を——、え? サーヴァントひとりの潜入捜査で?」
だいたいこういう話のときは、情け容赦ない任務が待っている。しかし、頼が任務を断ることは、決してない。
頼はドアの窓に視線を返す。次の夜景が見えてきた。