テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
深い、深い蒼の深淵
そこは陽の光すら届かないはずの暗黒の世界のはずだったが
俺とアクアが辿り着いた海底の谷底には、神秘的な光を放つ巨大な円形神殿のような遺跡が鎮座していた。
その外壁を凝視すれば
現代の精密な電子回路図を彷彿とさせる緻密な魔力経路(マナ・ライン)が縦横無尽に刻まれている。
それがアクアの放つ純粋な魔力に呼応するように、時折ボゥと青白く、脈動するかのように明滅していた。
「カイリ様、ここ……不思議です。初めて来る場所なのに、胸の奥が温かくなるような、懐かしい感覚がして……」
アクアが何かに導かれるように、遺跡の入り口に刻まれた巨大な幾何学模様の紋章に、そっと白く細い指先を触れる。
その瞬間
静寂に満ちていた深海が、警告の波動に震えた。
『不確定要素の接近を検知。防衛術式(プロトコル)起動』
無機質で冷徹な思念波が海水を媒介にして俺の脳内に直接響き渡る。
直後、遺跡の巨大な影から、さらなる巨躯が躍り出た。
それは、鉄よりも硬質な魔結晶の装甲に身を包んだ、全長10メートルを超える
「古代魔導ゴーレム:アクア・ガーディアン」だった。
太古の叡智によって創り出されたであろうその右腕は、鋭利な巨大の銛のように変形し
侵入者である俺たちへ向けて無慈悲に狙いを定める。
「アクア、下がれ!」
俺が叫び、彼女を庇うように前に出る。
それよりも早く、ガーディアンの砲口から高圧縮された水のレーザーが、水圧すら切り裂く速度で放たれた。
直撃すれば、岩塊すら粉々に粉砕するだろう。
だが、俺は冷静に、己のスキルの極致を信じて右手を前にかざす。
「固有スキル『水質浄化(モレキュラー・フィルタリング)』───全方位・分子防壁(モレキュラー・シールド)!」
放たれたはずの超高圧レーザーが、俺の眼前に展開された見えない膜に触れた瞬間
パシャリと力なく「ただの水」へと分解され、周囲の海水へと霧散した。
どんなに強力な水魔法だろうと、水を構成する分子の結合そのものを自在に操れる俺の前では
それは攻撃ではなく、利用可能な「資源」に過ぎないのだ。
「攻撃の構成物質を特定した。……アクア、あいつの核(コア)を露出させる。君は歌ってくれるだけでいい! トドメを任せてもいいか?」
「は、はい! お任せください、カイリ様!」
頼もしい返事を聞き、俺はスーツの推進力を全開にして一気に距離を詰めると
ガーディアンの胸部装甲へ直接掌を触れた。
俺の「浄化」は、単に不純物を取り除くだけの受動的な力ではない。
対象の物質的「結合」を強制的に解き、元あるべき純粋な状態へ戻すという破壊的な転用も可能なのだ。
「不純物質(装甲)の排除───強制乖離(ディスコネクト)!」
ガシャァァン!という激しい破壊音と共に
鉄よりも硬いはずの魔結晶装甲が、一瞬にしてただの砂のように崩れ去った。
剥き出しになった装甲の奥、赤々と不気味に、しかし美しく光る動力源がその姿を晒す。
「今だ、アクア!」
俺の声に応じ、アクアが鋭く、かつ天上の調べのように清らかな高音を奏でた。
彼女の歌声は、魔力励起によって物理的な破壊の衝撃波へと変換され
ガーディアンの核を内側から粉々に、塵も残さず粉砕した。
機能を停止した太古の巨体が、スローモーションのようにゆっくりと海底の泥へと沈んでいく。
それと同時に、遺跡の巨大な扉が、数千年の沈黙を破って重々しい音を立てながら開放された。
遺跡の最奥へと進んだ俺たちを待っていたのは、周囲の海水を魔法的な障壁で退けたドーム状の巨大な空気空間だった。
その中央、祭壇のような台座には、一つの至宝が鎮座していた。
眩いばかりの、それでいて柔らかな光を放つ
巨大な真珠──『深海王の真珠(レガリア・パール)』。
「これは……ただの宝石じゃない。島全体の、いやこの海域全体の魔力を制御する、超古代の『環境制御ユニット』だ」
俺がその真珠に触れようとした瞬間
真珠から放たれたまばゆい光が、螺旋を描いてアクアを包み込んだ。
何もない空中に浮かび上がる、半透明の黄金色のホログラム。
そこに映し出されたのは、アクアに生き写しの面影を持つ、気品と威厳に溢れる女性の姿だった。
『……我が愛しき末裔、歌姫の血を引く者よ。あなたがここへ辿り着いたということは、地上に再び絶望が満ちたのでしょう』
『この真珠を受け取りなさい。それは海を浄化し、新たな国を築くための「王権」です』
「お、お母様……?お母様なの…っ?!」
アクアの瞳から、一筋の真珠のような、光り輝く涙がこぼれ落ちる。
彼女は、単なる珍しい種族の人魚ではなかった。
かつてこの豊穣な海を統治し、あまりにも強大で清浄な「浄化の力」を恐れた地上の人間たちによって
歴史の闇に葬られた『蒼の王族』の正当な生き残りだったのだ。
「アクア……君は…っ」
「カイリ様。わたし、思い出しました。わたしの歌は、誰かを傷つけるためのものではなく、この汚れた世界を『浄化』するためにあったのだと」
アクアが意を決して『深海王の真珠』を手に取ると
真珠は彼女の胸元へと吸い込まれるように消え、彼女の額には王族の証である
小さな青い三日月のような紋章が鮮やかに浮かび上がった。
その瞬間、遺跡全体が大地を揺るがすほどの鳴動を上げ、島全体を覆っていた死の霧───
魔毒の雲が、目に見える速さでこの遺跡の「核」へと吸い込まれ、純粋で無害なエネルギーへと変換されていくのが見えた。
「すごいな……。これだけの出力があれば、島どころか、この海域全体を完全に俺たちの領土として管理できる」
「はい、カイリ様。わたしたちの『国』……。ここから、本当の始まりですね」
俺はアクアの温かい手を取り、力強く頷いた。
古代の失われた知恵と、俺が持つ現代の科学的知識。
そしてアクアが覚醒させた王族としての力。
最強の布陣が整った俺たちの前には
もはやどのような敵が立ち塞がろうと、恐れるものなど何もない。
「よし、地上に戻ろう。この真珠の莫大なエネルギーを使って、次は島全体を重力から解放して浮かせる、『空中浮遊島』の計画でも立てるか」
「空中……!? ふふっ、カイリ様の発想には、いつも驚かされます。でも、カイリ様となら、本当にできてしまいそうですね」
俺たちは光に満ちた遺跡を後にし、再び頭上に眩しい光が差し込む、希望に満ちた水面へと向かって泳ぎ出した。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!