テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
課の他のメンバーたちが次々に出社してきた。
それぞれに朝の挨拶を交わし終えてから、拓真はもう一つの紙袋からやや小ぶりの菓子箱を取り出す。
「課長、こちらは総務の皆さんに」
「え?こっちにもわざわざ?」
私は補足する。
「自分たちがいない間、その分総務のみんなは忙しかっただろうから、ということで、北川さんからです」
「おぉっ、さすが北川さん、気が利くなぁ」
斉藤の声に、拓真は照れたように笑う。
「入社以来皆さんには大変お世話になっていますので、それも兼ねてということで。皆さんの好みが分からなかったので、選ぶのは笹本さんにお任せしましたけど」
「それなら、ありがたく頂戴するか。ありがとう。斉藤さん、これ、後でみんなに配ってもらえる?」
「了解です」
田中は菓子箱を斉藤に渡してから、私と拓真の顔をしげしげと見る。
「この出張で、ようやく二人は打ち解けたかな」
私は拓真と顔を見合わせた。
「いや、二人ってなんだかぎこちなかったじゃない?だから、君たち二人が一緒に出張なんて大丈夫なのかと、ちょっと心配だったんだよ」
さすが田中は上司だけあって意外と見ているのだな、と失礼なことを思いつつ感心し、侮れない上司の一面を今さらながらに知る。その田中が今の私たちの関係には気づいていませんようにとこっそり祈りながら、周りに知られないようにいっそう気を付けなければと改めて気を引き締めた。
拓真はというと、演技なのか、本心なのかは分からないが、気まずそうに笑っていた。田中に向かって軽く頭を下げる。
「ご心配おかけして申し訳ありませんでした。ですが、この出張に同行させてもらって、笹本さんと色々話をする時間もありましたから、もう大丈夫です。互いにいい同僚としてやっていけるんじゃないかと思います」
田中は安心したように笑う。
「そう?なら良かったけどさ。一緒に仕事をしてるわけだし、どうせなら楽しく働きたいからね。お、始業時間だな。まずは先に朝礼だな」
田中が時間を確認したのとほぼ同時に、大槻の声がフロア中に響いた。
「朝礼を始めましょうか」
こうして始まった週明けの朝礼だが、内容は毎回たいして変わらす、今週の予定と各課からの連絡事項の伝達や情報のすり合わせなどが行われた。朝礼が終わり、各自席に戻る。
席に落ち着いた私は、カレンダーを眺めた。今週はぼちぼち年末調整用の資料作りに手を付けようかと、その工程を大まかに考え始めたところに、田苗がひそひそと私に話しかけてきた。
「それで?北川さんとの出張はどうだった?」
「どうって、何が?」
どきりとしたが、平静を装う。彼女を含む周りの人間に、今の動揺を気づかれたくはない。
田苗は目を輝かせながら畳みかけてくる。
「何かロマンスはなかったのかってことよ」
私は彼女に苦笑を見せる。
「そんなのあるわけないでしょ?仕事で行ったんだから」
「それはそうだろうけど」
田苗の唇が不満そうに尖っている。
「あんなに素敵な人と一緒にいて、本当に何もなかった?せめて、ときめきの一つくらいはさ」
彼女の追求に落ち着かない気持ちを隠すように、私はにっと笑って冗談めかして答える。
「もしそんなものがあったなら、今日の私、もっとうきうきした顔してるはずでしょ。それよりも、ほら。田苗の内線、鳴ってるみたいだけど?」
私は彼女のデスク上の電話を目で示した。
「あ、ほんとだ!」
田苗はあたふたと自分の席に戻り、受話器に手を伸ばした。
やれやれと思いながら、私はまだ立ち上げていなかったパソコンの電源に指を伸ばす。稼働を待って画面を眺めていると、嫌な視線をふと感じた。どきりとして、恐る恐る目だけを動かして見た先にいたのは太田だった。
明らかに苛立っているのが分かる顔つきで、彼は私を凝視していた。
私は慌てて目を逸らし、仕事に集中するふりをした。
出張の日からずっと、彼からの電話やメッセージは執拗に続いていた。どうせ話は堂々巡りだろうと思い無視し続けてしまったが、実際にこうして太田と同じフロアにいると、やはり出るべきだっただろうかと弱気になる。そして、どうすれば私を完全に諦めてくれるのかと考えずにはいられなくなる。思考は暗くなるばかりで、そのせいで心がずしりと重くなった。
田苗が私の様子に気がついて、怪訝な顔をする。
「笹本、大丈夫?気分でも悪い?」
私ははっとして笑顔を作る。
「なんでもないよ。大丈夫」
「そう?だったらいいんだけど。……あのさ、聞きたいことがあるんだけど、いい?」「うん、いいよ。何?」
「このリストなんだけどね」
田苗が私の前に資料を置き、ページをめくる。
まずは仕事だと私は気持ちを切り替えて、彼女が指さす部分に意識を集中させた。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!