「もう、内大臣のところの一の姫猫が、勝手に喋って。琵琶の音がうるさい、家司《しつじほさ》が、夜うろうろするので、外へ出られない、内大臣の姫君は、泣いてばかりで鬱陶しいし、おまけに、房《へや》では、内大臣が持ち込んだ、おかしな香《こう》を炊くので、変な気分になるし、あれは、姫のややには、良くないと思うとか。あとは、えっとー、守恵子《もりえこ》様が、気に入らない。守満《もりみつ》様も、はっきりしないし、あっ!親分に、食ってかかって、大喧嘩してるんですよ!」
「……で、それを、私が、仲裁するのか?!」
「わー、常春《つねはる》様、さすがです!タマのこと、良くわかってるー!」
余程、タマも腹に据えかねているのか、ペラペラペラ途切れなく語ったが、そんな、大騒ぎの中へ、それも、猫相手。誰が、入っていくかと、常春は、げんなりしつつも、気になる事が……。
「髭モジャ殿、新《あらた》殿」
常春は、男二人を見た。
事は、内大臣家の話。そして、姫君について……。
荷運び場の休憩小屋で、皆、内大臣家には、姫君などいない、と、言い切った。
「おお、ここに来て、内大臣様か。しかも、姫君とはなぁ。犬!その、姫君とやらは、何者なんだ?!内大臣家に、姫は、いない、はずなんだが?」
新が、タマへ、問い詰めた。
「犬!って、あなたこそ、誰ですかっ!初対面で、犬!って、ないと思います!」
けっ、と、新は、顔をしかめ、犬の癖に、面倒くせぇー奴だと愚痴った。
「そうねー、タマは、ほおっておいて、私達だけで、話を整理しましょう」
「えっ!タマも仲間に入れくださいよぉ!!上野様!」
「なら、うだうだ言わず、こちらの質問に答えなさい!」
もおー、上野様は、犬じゃなくて、タマが嫌いなんだ、きっと、そうだよ、そう、そう、などなど、タマも、愚痴りながらも、仲間外れは嫌だとばかりに、従った。
「一度、タマの言った事も含め、整理して見ませんか?」
常春は、言うと、懐から、携帯用の書き付け道具を取り出す。
小さな紙と、筆と墨が、筒の中に入っている物だった。
おいおい、と、新が物珍しそうに、お前の兄さんは、いつもこうなのかと、紗奈を見る。
「もう、書物、いえ、文字馬鹿と、言っていいほど、どこでも、何でも、書き付けて、それを、まとめてるの。だから、常に小道具を仕込んでるの」
妹の説明に、常春は、ジロリと嫌みな視線を送ると、では、と、言って、なにやら書き始めた。
「まず、出て来た人物はと……」
皆、口々に、思い付いた名を言った。
内大臣、内大臣の姫君、琵琶法師……。
常春は、逐一書き付けていく。
「……で、これだけでしたか?」
「いえ、常春様、ここの家令《しつじ》に、そうだわ、秋時《あきとき》様も」
橘の言葉に、誘われたかの様に、新が続ける。
「それと、うちの馬鹿息子、八原《やはら》」
「え!八原って、新の?!」
「そうらしいぞ、女童子よ」
「まあ、だから、新殿、八原殿の事が、わかったのですね?」
「橘様?それは、どのような意味なのでしょう?」
常春が、筆を止め、橘に問った。
「親、ですもの。子供がつく嘘は、見抜けますよ。まあ、大きくなってしまえば、なかなか、それも、難しくなりますけどね。それなりに、知恵が働きますから」
「ああ、琵琶法師に噛みつけなんて、俺は、あいつに、言ってない。それに、やけに、張り切っていたんだ。そして、場は、なんとなく、収まりを見せた。まるで、計ったかのようにな」
だから……と、髭モジャが言いかけるのを、新が、頷く。
「そうよ、髭モジャ、あいつにしては、上出来、だったんだ」
成る程のぉと、髭モジャは唸った。小屋で、八原の事を、上出来だと、新が言ったのは、そうゆう意味合い、つまり、琵琶法師となんらか打ち合わせての芝居が、上出来だったと、言いたかったのだと。
「まあ、あの時は、まだ、おかしい、程度で、確信がなかったからなあ。とにかく、紗奈と、二人にはしたくなかった。もし、あいつが、琵琶法師と、組んでいたら、紗奈に、何かあるだろうからなぁ」
新の発した、紗奈に何かあるという言葉は、皆を、震え上がらすに、十分なものだった。
「確か、西市の裏辺りで……でしたか?」
「ああ、女房さん、西市は、昔は、公共市場とやらで、栄えたが、今は、さっぱり。一応、荷の出入りは、あるんだが、それを狙って、周辺に、妙な輩が住み着く様になってなぁ」
それで……と、皆は、納得した。
お上が設置した市場が、どうして、あまり利用されなくなったのか、他に店が増えたから、流しの小売りも現れたから、と、思っていたが、治安、という問題を抱えていた為だったのか。
「あー!あと、一の姫猫と、あちらの、家司も、忘れないでください!」
タマが、何やら、粘っている。自分だけ置いてきぼりになっているのが、悔しいようだ。
しかし──。家司?
「タマ、どうして、内大臣様の所の家司を?」
常春が、タマに問いただすと、タマは、得意気に答えた。
「えーと!姫君のややの、父親は、家司だから、いつも、様子を見に来て、一の姫猫が、外へ抜け出す隙がないんだって、うるさくって!」
姫君の、やや、その、父親?!
「タマ、ちょっと、待ってくれ!!」
「えー!ちょっと、それ!やっぱり、姫君は、腹が、腫れたんじゃなくって、身籠っていただけじゃないの!」
おーい!兄妹《きょうだい》よ!と、新が声をかけて来る。