小春ちゃんは頭を上げてよと優しく言ってくれるから、ありがとうと言うしか無かった。
それからしばらく経ったある日、珍しく遅刻をしてしまい1限目が終わったころに教室に入ると
小春ちゃんが「おはよ~、ネネが遅刻なんて明日雨降ったりしてね?」といつも通りフレンドリーに話しかけてきた。
なぜか安心感が強くて、それから暫くの間小春ちゃんと談笑をしていると、2限目が始まるチャイムが鳴り、互いに席に着く。
2限目の授業は数学、イコール斉藤先生の授業なのでこれに遅れる訳には行かないので間に合ってよかったと安堵しつつ、とても浮かれていた。
好きな先生の授業は、周りにとってどんなに退屈だとしても私にはイベントのように感じるのだ。
しばらくすると教室の扉がガラガラと音を立てて開くのが見えたのでそちらに目を向けると齋藤先生が立っていた。
先生は教卓に教科書とノートを置いたのを合図に日直が号令をかけるので私達はそれに従って起立し挨拶をした。
全員が着席すると先生は授業を始め、白いチョークを一本手に取り黒板に文字を書き始める。
斉藤先生はとても教え方が上手いし、面白くて退屈になることが全くと言っていいほどに無い。
なんと言ったって好きな人の声を聞きながら勉強ができるんだから、これ以上に至福の時間はないだろう。
そんなことを考えながら先生を目で追っていると、目が合いそうになって慌てて黒板に向き直った。
しかし先生を1秒でも長く見て居たくて授業どころじゃないのもまた事実。
(…はあ、先生好き…)
その夜、部屋着に着替えた私は寝る前のスキンケアをしながら先生のLINEのトプ画を眺めていた。
白背景に鼠色の猫がゆるく描かれたアイコン、背景はソフビ人形のようなネコのフィギュアの写真で、背景だけは主張がとても強い。
(先生のアイコンってなんか先生っぽくてかわいい……猫好きなのかな?)
私はそんなことを考えながら微笑ましく先生のLINEを眺めていた。
まだ交換したばっかりでメッセージのやり取りなんてしていないのに、トークと書かれたところを無意味にタップしてしまうが、話題は未だに思いつかない。
そう思ってLINEのホーム画面に戻った瞬間、急にピコンっと通知が鳴り、メッセージが1件ついていることに気付く。
私は急に現実に引き戻されたようになりながらトークを開くと、その送り主は齋藤先生で、心臓が飛び跳ねた。
開いてみると〈明日は遅刻しないように、今日は早く寝るんだぞ~〉
先生から送られてきたLINEを読んで、ベッドの上で足をバタバタしながら、思わず頬が緩むのを感じた。
「あーもう!早く先生に会いたい!てか付き合いたすぎるっ!!」
思わず声が出てしまってハッとする。
そして直後に恥ずかしくなって枕に顔を埋めた。
その日はその余韻に浸りながら、また先生とデートをする妄想が脳裏に浮かんできたので、スマホを枕元に置いて仰向けになった。
今日はいい夢が見られそうだと思い、目を瞑った瞬間に隣でスマホが震えた。
ゴロンと転がってスマホを手に取ると、ロック画面が表示されていて、そこにはTwitterの通知が1件。
それはおすすめのツイートだったものの、文面を見て私は固まってしまった。
すぐ目に入ったのは「先生と付き合えちゃった」という文章
思わずタップしてみると、それはトーク画面のスクショとともにツイートされているものだった。
相手は先生と書かれていて、本名を使っているであろうところは絵文字で隠されていて、それでも会話内容は一瞬にして理解出来た。
ツイートをした主が私同様に学校の先生に恋をしていること、そして私とは違い、この子は〝先生に告白〟していて〝卒業したらな〟と返信されてていること。
「…みんなおめでとうって、言ってる…」
リプ欄をスクロールしてもヘイトどころか、おめでとう、ばかり。
普通批判するでしょ、そう思って下まで遡っても出てくるのはコピペばかりのインプレゾンビや祝福の言葉しか無かった。
「……ずるい」
それはまるで、100連分課金しても出なかった推しキャラを、初心者に単発で弾いたと自慢されているかのような強い嫉妬心を抱くことだった。
なによりツイート主の「ゆん@先生に恋して50日目」というユーザー名にも腹が立った。
私なんか、告白どころか先生とこんなにやり取りをしたことだってまだないのに。
私なんか、先生のこと好きになって先生以外のことなんて考えたことないし死ぬほど大好きなのに、担任なのに近くて遠いし、なんでたった50日のやつが先生と、好きな人と結ばれてるの?
こんなツイートおすすめに流してくんなよ、と内心思いながらそのアカウントをブロックすると、怨ずった愚痴を鍵垢でツイートしてから眠りについた。
翌日学校に着くと、いつも通り教室に向かっていち早く登校している小春ちゃんと、HRが始まるまでの間に流行りの話や世間話をして時間を潰す。
昨夜のことを小春ちゃんに言う気にはならなくて、苛立ちにも似たモヤモヤを隠すために微笑む。