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前の話にも執筆したが、私の祖父母や母達は代々、とある宗派で熱心に信仰している。


しっかりお経を唱えていれば、死後も所謂天国に行き、業を無くして次に生まれ変われると昔から言われてきた。


ただ皆はそう言うけれど、私は視えるから死後どうなるかなんて一目見ればすぐ分かる。


これは、数年前の話だ。




同じ信仰をしている近所の信者が、私の家のすぐ近くの道路で車に轢かれて亡くなった。


その方は50~60代くらいの女性で、無理矢理会合に参加させられて不機嫌な私によくお菓子をくれる人だった。


ここでは名前を『青井さん』と呼ぶことにする。


青井さんは本当に人柄が良く生き生きとした人だったが、事故に遭う数日前にスーパーで見かけた時には何故か不自然なくらい肌もくすみ、影が無かった。


あれ?おかしいな……と思った数日後、本当に突然、青井さんの訃報を知った。


ちょうど、成人式のシーズンだった。


青井さんは深夜に信号のない夜道の道路を渡ろうとして、20歳になったばかりの男の子達に轢かれたそうだ。飲酒運転だったそうだ。


異様な速度で接触し、青井さんは苦しむ間もなく即死だったという。


お世話になったからという理由で、母は私とまだ幼い娘を葬式へ連れて行った。


その葬儀場は御親族の他に、同宗教の人達ばかりが集まっていた。


泣き崩れる御親族に、他の同宗教の人達がこう声を掛ける。


「何でこんな良い人が事故に遭うんだろう……」


「でもね、沢山お経を唱えて頑張っていた人だから大丈夫。ちゃんとすぐ成仏できるよ!」


「そうそう、見て。こんなに穏やかな死に顔」


「きっと今、青井さん微笑んで近くにいると思うよ」


「そうだよねぇ、だってこんなにお経唱えてもらえるんだものねぇ」


「本当に、苦しまないで亡くなったのが幸いだね……」


色々な励ましの言葉が飛び交う。


それに対して御親族は泣きながら「そうだよね、そうだよね」と頷く。


きっと、この場で私だけだろうなぁ。「そんな訳ねぇだろ」なんて思ってるの。


私は人としての心とか情とか、そういうものはとっくに消え失せているのかもしれない。悲しむ雰囲気の場で1人、涙のひとつも流れなかった。


人って悲しいよね。どんなに生前寝る間も惜しんで必死で信仰していても、自身が亡くなったことを受け入れない限り、上に上がることすらできないんだもん。


案の定、葬儀に行く途中の道路で暗い顔のまま立ち尽くしている青井さんの姿を、私は視ていた。


流石にそのままだと後味が悪いからと、守護に頼んで青井さんを葬儀場に呼んだが、自身の空になった器を無言で見下ろした後、青井さんはそのまま葬儀場を後にした。


私が帰る時に再度同じ道を通ったら、やはり青井さんは例の道路に戻って来ていた。


ふらりと、信号のない道路を反対側の歩道に向かって歩き出す。


彼女は出先から自宅に帰ろうとしていたのだ、とその時やっと分かった。


しかし道路の真ん中に差し掛かった時、グシャッ!とひしゃげる音と共に青井さんは道路の真ん中で転がった。


こちらを見る目が、完全に生気のない死後の目だった。


そのまま青井さんの姿はノイズのように霞んで、気付いたらまた彼女は反対側の歩道に立っていた。


再び左右の確認もせずに道路へと歩き出す。


私は何だか違和感を覚えたが、そのまま見ていても仕方ないので帰宅した。




違和感の正体が分かったのは、後日母に「アンタやっぱり、青井さんがどうなっているか、死後の状態が視えてるの?」と聞かれた時だった。


どうせ宗教を貶すと怒られると思って半ば諦めつつ状況を伝えると、母は珍しく黙り込んだ。


「……本当はこの宗教を信心しているとね、業とか宿命とかそういうのを転換させて、綺麗に生まれ変われるはずなの」


「それは耳にタコができるくらい聞いたし、もう聞き飽きた」


「……うん。でもね、自殺だけは……」


その一言と、青井さんの繰り返す行動の違和感が一致した。


「あれ変だなーと思ってたんだけど。ずっと繰り返してんだよね。葬儀場で亡くなってることは伝えたはずなのに、それすら忘れたように繰り返すの。成仏する気もないのかと思ってたけど、もしかして自殺だったの?」


「……真相がどうとか、わたしには分からないけど……青井さん、あの事故の日に娘さんと相当な大喧嘩して、帰ってくるな!って怒鳴られていたみたいなの。それで夜中に家を飛び出したんだって。娘さんのこと昔から溺愛している人だったから、愛娘にそんなこと言われたらショックよね……」


「…………」


そういうのは、実際に視た方が真相に近付く。


仕事に行く途中の道に事故の現場があり、翌日帰り際に青井さんの近くをわざと通った。流石に朝は時間がないのと、青井さんの亡くなった時刻に行った方が収穫があると思ったからだ。


日が落ちた現場に、やはり青井さんは立っていた。


「…………な……い」


微かに聞こえた言葉に、私は耳を傾けた。


「…………ない……」


暗い表情でしばらく立ち尽くしていた青井さんの霊体は、やはりまた道路に歩き出し、途中でひしゃげた。


グリンと首が変な方向に曲がり、私と目が合った。


ふと、そこに『タッカ タッカ タッカ』と蹄のような異質な音が響き、以前娘を狙って来ていた蜘蛛屍人のようなガリガリのヒトガタをした奴等が走ってきた。


あれよという間に、地面にひしゃげて落ちている青井さんの霊体を引き千切るようにして、蜘蛛屍人達が貪り始めた。


ーーーあぁ、遅かったか。


少し離れたところで私はぼんやりとその光景を眺めていた。


この地域一帯にいる蜘蛛屍人達は、本当に何でも貪る。弱々しい霊体はご馳走なのだろうか。


これはもう、成仏させることは難しい。


手に負えないから関わるのはやめようと、踵を返した時。


「 帰 る 場 所 が な い 」


はっきりと、怒ったような声音が背後から聞こえた。


驚いて振り向くと、食われながらも這うようにこちらに向かってくる青井さんの姿があった。


「帰りたい……あぁ、畜生、帰りたい……あと少しなのに」


絞り出すような苦し紛れの声で地面を這いずる青井さんの片方の眼球は飛び出し、もう片方の目は血で染まっていた。


もう少しでこちらの歩道に手が届きそうになった瞬間、大型のトラックが青井さんをすり抜けた。


風が巻き上がり、霞むようにして青井さんの姿はそれっきり消えてしまった。




しばらくの間、事故の現場には生々しい血痕が残っていたが、雨に打たれてやがて消えてしまった。


彼女は家に帰れないまま、蜘蛛屍人達に食われて消滅した。


しかし同宗教の人達は、未だに「大丈夫、今頃成仏して次に進んでいるよ!」と言っている。


消滅を見届けたことは母にも言っていない。




ーーーさて、問題はここからだ。


あの事故を境に同宗教の、青井さんと同年代の信者が毎年亡くなっている。


翌年は佐々木さんという60代くらいの朗らかな男性。


更に翌年は、南さんという物凄く活発でハキハキとした物言いの女性。


後の2人も、妙な亡くなり方をしている。


佐々木さんは風呂場で顔だけを浴槽に溜めた真水に沈めて亡くなり、南さんは朝元気だったのにお嫁さんが帰宅した時には自分で自分の首を絞めるような姿勢で亡くなっていたという。


この2人はどちらも自宅での葬儀をこじんまりと行っていたので、お邪魔した際に本人の霊の状態を視る機会があったのだが、やはりどちらも蜘蛛屍人に貪られて最後は消えた。


彼等の葬儀に参加した時にはもう半身を食われていて、既に手遅れだった。


共通して現れる蜘蛛屍人は紛れもなく、以前4歳手前の娘を狙ってきていた奴等だった。あの時は私や今の夫が娘の死期を悟り、回避に尽力した。


本家にいた蜘蛛屍人の塊は夫やその守護達が消滅させたが、翌年から再び何処からか現れている。


でも本当は、死期が確定した人間の末路を無理矢理捻じ曲げるのは霊界的には禁忌も同然で、そのツケは何処か周囲に矛先が向かってしまうそう。


私達は守護が多いことや実際に視えることで、危機回避はある程度できるため、あまり深く考えていなかったが、娘の天命を捻じ曲げた年に私の従姉妹の身内が亡くなって、それを皮切りに従姉妹の家族関係が相当悪化したらしい。


今年はまだ死人が出ていないが、あれ以来同じ宗派の方が立て続けに毎年亡くなっているのは、果たして偶然なのだろうか?


実際に今でも、この地域一帯に蜘蛛屍人達が駆けて行く様子を私は何度か目にしている。


……私の本家の人達や同宗教の人達は、毎日真剣に念仏を唱えながら、一体何を生み出しているのだろう?


もしかしたら、あのお経は蜘蛛屍人達がいる下の階層の扉を開ける呪文になっているのではないかと、最近ふと思う。

私が死に呼ばれるまで。

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