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第172話 最後の条件
【現実世界・湾岸方面/仮移送ルート先・開けた資材ヤード・朝】
保管棟の崩落から離れたあと、
城ヶ峰たちは開けた資材ヤードへ一時的に導線を引き直していた。
屋根のない広場。
鉄骨の倉庫群から少し距離を取った、舗装だけの空間。
そこへ樹脂ケース、発電機、点滅灯、ケーブルを運び込み、即席の輪を作る。
今度は最初から、一本ではなく二重三重だった。
点滅する灯。
交差するケーブル。
開け放したゲート。
止めずに回し続ける小型発電機。
ラストが“食いにくい形”へ、現場そのものを変えている。
木崎はまだカメラを下ろしていなかった。
遠く、規制線の向こうに警官たちの列が見える。
朝の光の中では、昨夜よりずっとはっきり姿が見えるはずなのに、
逆に誰がラストなのかは切りにくい。
一度顔を見た。
だが、見たからといって追えるわけではない。
あいつはまた、警官たちの流れへ混じっている。
「……来てる」
木崎が低く言う。
「でも、前ほどは寄れてない」
城ヶ峰が短く返した。
「十分だ。
近づけない時間があるなら、その間に読む」
日下部はケースから端末を繋ぎ直し、
崩落の直前まで拾っていたログと、匠の補助線、
それに今朝の“交差した光路”のデータを重ねていた。
佐伯と村瀬が、その左右から画面を追う。
「……繋がった」
日下部が言った。
木崎がすぐ顔を向ける。
「何がだ」
日下部は画面を拡大した。
白い線。
杭の点。
補助層の細い三層構造。
そして中央ではなく、少し外れた位置に残る一つの支点。
「残支点候補、二つじゃない」
「正確には、二つに見えてたうちの片方は“影”です」
「本当に生きてるのは一つだけ」
村瀬が指先で追った。
「これ……湾岸じゃない」
「そう」
佐伯が言う。
「もっと内側。
始まりに近い方へ寄ってる」
その言葉で、車両の中の空気がわずかに変わる。
日下部がはっきり言った。
「現実側の残支点は、最初の転移中心に近い対応点です」
「つまり、学園の“向こう側”に寄ってる」
木崎が低く息を吐く。
「やっぱりそこか」
「匠さんの“始まりに近い重なり”とも一致します」
日下部が続ける。
「固定点も、おそらくその周辺で取ることになる」
「湾岸側だけじゃ閉じない。
学園側と、現実側の対応点をまとめて一つの光路として扱う必要がある」
城ヶ峰が短く聞く。
「つまり、最後に必要なのは何だ」
日下部は迷わなかった。
「四つです」
指を立てる。
「一つ。
現実側の残支点を落とすこと」
「二つ。
補助層を三層で安定させること」
「三つ。
学園側と現実側の“始まりに近い重なり”へ、交差した光路を通して固定点を作ること」
「四つ。
主鍵と副鍵二つで、反転を最後まで押し切ること」
誰もすぐには喋らなかった。
帰るために足りないものは、もう“何となく”ではない。
数えられる形になった。
木崎がゆっくり言う。
「……見えたな」
「はい」
日下部が答える。
「全部じゃない。
でも、最後の条件は見えました」
【現実世界・湾岸方面/資材ヤード外縁・朝】
その時、外縁の点滅灯が一つだけ不自然に暗くなった。
隊員が顔を上げる。
木崎も反射でそちらを見る。
壊れたわけじゃない。
だが食われかけている。
灯りの支柱の根元に、赤茶がじわじわと広がっていた。
「来たな」
城ヶ峰が言う。
隊員たちがすぐに別の点滅灯をその横へ重ねる。
ケーブルをもう一本交差させる。
消えかけた灯が、また少しだけ息を吹き返す。
向こうも見ている。
こちらが掴んだものを、黙って取らせてはくれない。
だが今のラストは、さっきまでのように一気に棟ごと傾ける動きに出られなかった。
交差した光と、開いた導線を嫌っているのが分かる。
食える場所を探している。
つまり、迷っている。
木崎はカメラ越しに、遠くの警官の列の中の一人を見た。
制帽。
反射ベスト。
歩幅が静かすぎる。
一度止まる。
また角度を変える。
決め手はない。
でも、たぶんあれだ。
「……今はこっちが一歩先だ」
木崎が低く言った。
◆ ◆ ◆
【異世界・転移した学園/体育館・朝】
体育館では、レアの多層拘束がほぼ形になっていた。
ダミエの内箱。
その外側へ重ねられた光具の循環。
さらに外側に置かれた結界杭。
三重、とまではいかない。
だが、一人で支える箱ではもうなくなっている。
ダミエは額の汗を拭いもせず、結界線の繋がりを見ていた。
さっきより呼吸は少しだけましだ。
負荷が分散したからだ。
ハレル、サキ、リオも、その場にいた。
イヤーカフ越しにノノが現実側の解析結果を送ってくる。
『最後の条件、見えた』
ノノの声。
『現実側の残支点は、学園の向こう側に寄ってる』
『固定点も“始まりに近い重なり”』
『つまり、学園を外せない』
ハレルの指が主鍵へ触れる。
「……やっぱり、ここか」
『そう』
ノノが答える。
『帰る場所を作るだけじゃなく、
ここを“出口側が死なない場所”にしなきゃいけない』
サキが紙へすぐに書き足す。
残支点=現実側の学園対応点寄り
固定点=始まりに近い重なり
交差した光路が必要
レアは、その紙をちらりと見て、小さく笑った。
「近づいたね」
リオが冷たく言う。
「何を知ってる」
「全部じゃない」
レアは肩を揺らす。
「でも、始まりに近いところを使うのは正しい」
「遠い場所で無理に出口を作ると、“帰る”じゃなくて“寄せる”になるから」
ハレルの目が細くなる。
「寄せる?」
「形だけ近づけるってこと」
レアが言う。
「似てるけど違う場所に着く。
向こうにもこっちにも、ちゃんと属さない感じ」
サキがぞくりとした顔になる。
それは、ただ帰れないより気味が悪かった。
ダミエが低く言う。
「だから始まりに近い場所で固定する」
「そう」
レアが答える。
「あと、一本じゃ弱い」
「それも合ってる」
リオがそこで短く聞く。
「主鍵と副鍵二つで押し切る時、何を一番間違えると終わる」
レアは少しだけ黙った。
そして、今度は軽口ではなく、珍しくはっきりした声で言う。
「出口側の形が先に潰れること」
「だから、三層」
その言葉に、ダミエが結界線を見たまま言う。
「匠と同じことを言うな」
「同じもの見てるからでしょ」
レアは答えた。
◆ ◆ ◆
【異世界・王都イルダ/北西区画・朝】
北西区画では、まだ戦いが続いていた。
だが、今朝の空気は夜明け前とは違っていた。
押されてはいる。
けれど、線だけは切れていない。
槍列。
術師。
治療班。
イデールの支援。
ヴェルニの爆風。
アデルの結界。
それぞれが、崩れない形へ少しずつ寄っている。
アデルは前線で、学園と現実側の情報を聞いていた。
『最後の条件、見えた』
ノノの報告。
『学園と現実側の対応点をまとめて固定点にする』
アデルは短く返す。
「それでいい」
ヴェルニが横で狼型を押し返しながら叫ぶ。
「向こう、答え出たのか!」
「まだ全部じゃない!」
アデルが言う。
「だが、帰り方の形は見えた!」
崩れた石壁の上では、ジャバがその声を聞いても笑っていた。
街を散らし、線を広げ、守る側を疲れさせる。
それがまだ効いているからだ。
だがアデルは知っている。
敵が笑っていても、こちらが条件を掴んだなら、それだけで盤面は変わる。
「前列、押すな!」
「持たせろ!」
「今日は十分だ!」
王都軍兵が応える。
その声はもう、“ただ耐える側”の声ではなかった。
◆ ◆ ◆
【異世界・転移した学園/体育館脇・朝】
ノノの声が、ハレルたちのイヤーカフへ再び入る。
『現実側、残支点の位置を一つに絞った』
『細かい座標はまだ読むけど、もう候補じゃない。
そこだって言える段階』
サキが大きく息を吸う。
「……じゃあ、本当に次なんだ」
ハレルは主鍵を握った。
熱はまだ細い。
だが今は、その細さが前みたいに不安には見えない。
細いからこそ、支えて重ねなければいけない。
それが分かったからだ。
リオが静かに言う。
「向こうは向こうでログを守った。
王都も持たせてる。
こっちも箱を多層にした」
ダミエが短く続ける。
「ここまで来たら、あとは順番だ」
サキは紙の上の四つの条件を見つめた。
残支点。
補助層三層。
始まりに近い固定点。
主鍵と副鍵二つ。
帰るために必要なものは、ようやく数えられるようになった。
それは安心でもある。
同時に、逃げられない形でもある。
ハレルが言う。
「……次は、実行の準備だ」
誰も否定しなかった。
◆ ◆ ◆
現実側では、ラストを振り切りながらも、最後の条件が見えた。
学園では、レアの箱が多層となり、出口側を守る形が揃い始めた。
王都では、まだ線を保ちながら、その時間を稼いでいる。
帰還の光路は、もうただの言葉ではない。
条件を持ち、形を持ち、実行を待つ段階へ入っていた。
第十一章 帰還光路 ————了