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校長室を後にした駿は、職員室のデスクで身の回りの整理を行っていた。
「本当に・・このまま辞めてしまうんですか?」
つかさは駿に不安な眼差しを向ける。
「いいんですよ・・もう」駿はどことなく涼しげな表情をしている。
「ですけど・・皆川先生が辞めたら・・金森さんはどうなるんです?約束したんじゃないんですか?一緒に居るって!それは」
「だったらどうしろって言うんですか!!」
つかさの言葉を遮る様に駿が声を張り上げる。
「仕方ないんです・・まぁ、金森には秋根や椎名が居ます・・それに雛形先生だって・・それでいいんですよ・・」
「それは違いますよ?皆川先生!金森さんの心の拠り所は皆川先生しか居ないんですよ?」
「もう・・いいんです・・」
駿は荷物をまとめ終わり、職員室を出る。
そこには梓、聖奈、沙月の姿があった。
しかし駿は言葉を交わす事なく、職員用の下駄箱に向かって歩く。
「ちょっと待ってよ駿くん!」聖奈は駿の前に立ち塞がる。
「どいてくれ・・秋根」
「どかない!ちゃんと私たちが納得できる様に説明してくんなきゃどけないよ!」
駿は目を逸らして俯く。
「なんで駿くんが辞めなきゃなんないわけ?」
「仕方ないんだよ・・・」
「仕方なくないよ!それに梓はどうなんの?駿くんまで見捨てんの?梓がどんだけ辛いか・・他の誰よりも駿くんが分かってるんじゃないの?」
駿は俯いたまま口を開かない。
「なんとか言えよ!」聖奈は両手で駿の胸元を小突く。
「駿・・私と一緒は・・嫌?」
ずっと沈黙していた梓が目に涙を浮かべながら口を開く。
「教師ってさ・・忙しい割に給料低いんだよ・・だから嫌になって辞めるだけだ・・ただそれだけだよ・・こんなに割に合わない職業なんて思ってなかったんだ・・」
駿は涙を堪えながら言う。
「嘘ばっかり!分かるよ?そう言って突き放せば私が離れて行くって思ってるんでしょ?」
「綺麗事ばっか言ってても飯は食えないからな・・教師なんて報われない仕事・・もううんざりなんだよ・・」駿は黙って去ろうとする。
「嫌!嫌だ!嫌だ!嫌だ!行かないで!私を・・見捨てないで・・・駿・・お願いだから・・ぐすっ」梓は涙を流しながら駿の足にしがみつく。
「悪いな・・・梓・・約束破ることになって・・・もう・・俺の事は忘れてくれ・・」
駿は足にしがみつく梓をゆっくりと離すと、靴を履き外へ歩いて行く。
「駿・・嫌・・行かないで・・ぐすっ」
梓はその場で泣き崩れてうずくまる。
「ごめんな・・・梓」駿は後ろを振り返らず、大粒の涙を流しながら、学園を去って行く。
その日の夜。コンビニで夕食用の弁当を買った駿は、袋を手にしてうつむきながら歩く。
袋の中には弁当とビール、そして大学生の時に禁煙して以来ずっと吸っていなかったタバコが入っている。
「なんか気まぐれで買っちゃったな・・・」
駿は薄暗い公園のベンチに腰を下ろし、タバコを口に咥えて火をつける。
「ふぅー・・ゴホッ!ゴホッ!」駿は数年ぶりにタバコを吸ったせいかむせてしまう。
「はぁ・・梓には悪いことしたな・・たぶん怒ってるだろうな・・・」夜空を見上げる駿の目にはうっすらと涙が浮かぶ。
「はは・・嫌われたかな・・・」駿はタバコの火を靴の底で消して立ち上がる。
「あ・・そう言えばこの公園って・・」
駿は公園を見渡す。
薄暗くて気づかなかったが、そこは梓と初めてキスをした公園だった。
「ふっ・・」駿は微笑むと自宅へと歩みを進める。
見慣れた景色を歩き自宅アパートの階段を一段一段ゆっくりと上がる。
すると、部屋の前で体育座りをして駿の帰りを待つ梓の姿があった。
「梓・・・」駿は、まだこちらに気づいていない梓に悟られない様に、音を立てずゆっくりと階段を下る。
「どこ行くの?駿くんの家はそこでしょ?」
「なんで部屋に行かないの?早く帰りなよ」
階段の下では、駿の行き先を阻む様に聖奈と沙月が腕を組んで仁王立ちしていた。
「お前ら・・・」そんな会話に気付いたのか、梓が駿に駆け寄って来る。
「しゅ、駿?駿だよね?」梓が、泣きすぎたせいが腫れ上がった目で駿に近づき背中抱きつく。
「会いたかった・・駿に会いたかったよ・・・ぐすっ・・・」
「梓・・・」駿の目からは絶え間なく涙が溢れ出る。
「ごめんな・・梓・・俺が不甲斐ないばっかりに・・こんな事になって・・本当にごめんな・・・ぐすっ」
駿は堪えていた感情を抑えきれずに、震えた声で言う。
「私・・駿と離れ離れなんて・・そんなのヤだよ・・・」
「俺だって嫌だよ!」駿は背後に振り向き、梓を力強く抱きしめる。
「梓と離れたくない!ずっと一緒にいたい!死ぬまで一緒にいたい!」
駿は抑えていた気持ちを梓にぶつける。
「けど・・周りはそれを許してくれない・・だから俺は・・この街を離れなくちゃいけないんだよ・・」
「だったら私も一緒に行く!学校なんて辞めて働く!駿の迷惑になるような事は絶対にしないから!だから一緒に」
「それはダメだ!学校は卒業するんだ!」
「なんで?私は駿と一緒に居れるんなら、何も要らない!何も望んだりしない!ワガママだって言わない!お料理だって頑張る!だから・・だから・・・ぐすっ」
梓は涙を手の甲で拭う。
「焦らなくていい・・梓は何処に居ても俺が愛してる彼女だから・・だから必ず迎えに来る!約束する!」
駿は梓を力強く抱きしめ頭を撫でる。
「わかった・・くずっ・・私・・待ってるね・・駿の事・・信じてずっと待ってる」
「梓・・愛してる」駿は梓に口づけをする。
「あの・・私たちも居るんだけど?」
キスをする駿と梓を聖奈が覗き込む。
「あ・・」駿は顔を赤くしてから梓から口を離す。
「あっ!ダメ!」しかし梓が再び顔を近づけて駿に口づけをする。
そんな2人に恥ずかしくなった聖奈は後ずさる。
「ん?駿?なんかタバコみたいな匂いするよ?」梓が口を離して首を傾げる。
「あ・・ごめん・・さっき1本だけ吸っちゃったんだよな・・あはは」
「え?駿ってタバコ吸ってたの?」
梓は目を見開いて驚く。
「大学生の頃吸ってたんだよ・・けど教師になるんなら吸わない方がいいかも?って思って禁煙したんだよ・・・」
「それなのになんで吸ったの?」
「なんで何だろうな・・自分でも分からないんだよな・・あはは」
駿は頬を赤く責めながら、照れた様に頭を掻く。
「あの・・通りたいんですけど?」
不意に背後から男性の声が聞こえてきて、駿は振り返ると、そこには迷惑そうな顔をしたスーツ姿の男性が立っていた。
「あ・・すいませんでした!どうぞ!」
駿と梓は隅に避けて頭を下げる。
「まったく・・場所をわきまえてくれよ」
男性はご立腹と言った様子でそう呟くと、自分の部屋に入って行く。
「怒られちゃったね」梓は舌を出す。
「あはは・・だな」駿は梓を抱き寄せて頭を撫でる。
「全く2人は・・何をやってるんだか」
つかさがやれやれと言った様子で聖奈と沙月の後ろで腕を組んで立ち尽くす。
「え?雛形先生まで?」聖奈が背後に振り向き、驚いた様に目を見開く。
「まぁ、あなた達だけじゃ心配だったし・・でも私の取り越し苦労だったみたいね」つかさは安心した様に笑みをこぼす。
「だったらさ!せっかく雛形先生も居るんだし、みんなでご飯食べに行かない?」
沙月が思い立った様に手を叩きながら皆に提案する。
「おぉ!いいね!またこの前みたいに薔薇苑行こうよ!」聖奈が笑みをこぼす。
「はぁ?薔薇苑だぁ?またあそこ行くのかよ・・あそこ高いんだって・・・」
「でもさ?駿言ってなかった?お母さん見つかったら、また行こうって」
ガックリと肩を落とす駿に梓が語りかける。
「あ!そう言えば言った気がする!うん!確かに言ったわ!」
「えー!?2人だけでそんな約束してたわけ?ずるくなーい?」
聖奈が頬を膨らませながら近づいて来る。
「バカ!みんなで行くんだよ!みんなで!」
「なんだぁ!そうだったんだ!それでこそ駿くんだよ!」聖奈は駿に抱きつく。
「ちょっと!駿は私の何だから!抱きつかないでよ!」
梓はジェラシーを感じたのか、聖奈を駿から無理矢理引き離して、両手でポカポカと聖奈を叩く。
「ごめん!ごめんってば!ちょっと梓の妬いた顔見たかっただけだから!もうごめんって!」
聖奈は薄ら笑いを浮かべる。
「もう!やって良い事と悪い事があるでしょー!聖奈のバカ!」
梓は不等号目をしながら聖奈に文句を言う。
「はい!はい!2人とも!今からみんなで薔薇苑行くんでしょ?その辺にしときなさいってば!」
沙月が梓と聖奈の間に入り仲裁する。
「え?結局薔薇苑は決定なの?」駿のは首を傾げる。
「えー?行かないの?」梓は頬を膨らませる。
「冗談だよ!みんなで行こう!」
「やったー❤︎」梓は満面の笑みでバンザイをする。
「雛形先生も一緒に行きますよね?」
「ま、まぁ・・私も行っていいなら・・」つかさは顔を赤く染めて目線を逸らす。
「当然ですよ!みんなで行きましょう!薔薇苑!」
皆はタクシーを呼び、薔薇苑へ向かった。