コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
あれからは心がぐちゃぐちゃだった。
私はどうやって生きていけばいいのか分からなくなった。
私が死ぬべきか。
それとも。
……アキラが好きと言った女。
コヨミを殺すべきか。
もう、その二択しか思いつかないほど狂気に苦しめられていたのだ。
何度も揺れ動き、葛藤を繰り返した。
「ああ、私は一体誰なの神様!!」
枕に顔を埋めて悲痛な声を漏らす。
哀れな少女。ああ、悲しい。
いくらか寝返りを打って答えを待っても、返ってくるのは自身の嗚咽のみ。
究極の詰問に答えられるのは、私しかいなかった。
答えは自分で出すしかない。
流れる涙と汗を拭って、その審判を下すために机の上に置いてあるコップを手に取る。
単純な化学式を喉に通す。
いくらか落ち着いてくる。
思考も整合性を伴ってくる。
ため息をついて、私は改めて考えた。
アキラはドクターバックスで、私の前で文芸部副部長だという女……コヨミのことを好意的に見ているという旨の発言をした。
はっきり、言ったわけではない。
だが、「好きなの?」という質問に「まあ、ちょっとね」と照れくさそうに言ったのだ。
「好き」という気持ちに間違いはないだろう。
そこで私はかなり困惑し、取り乱し、そうこうするうちに私が店を飛び出した。
動物園に行く予定だったのに。
アキラは私を追って行ったが、それ以来はもう会っていない。
しばらく引きこもって、ずっと迷い続けた。
しかし冷静になると、もう私はいらなくなっているのだ。
なぜならアキラは私を欲していないのだから。
私を葬って生きていくしかないだろう。
私という存在を押し殺して、アキラが素直に生きていくことを見届けていこう。
「それがアキラにとっての幸せなんだもの」
そう決意し、これから先のことを考えてみる。
アキラの様子はあれから知らないが、大学には行ってみることにする。
私はあんなことが起こった直後、とてもじゃないが冷静でいられなかったのだ。
だから、アキラには休むと言っておいた。
適当に体調不良だと理由をつけて。
しかし、サプライズで会いに行こう。
きっと、アキラは喜んでくれる。
サプライズは人の心を動かすものなんだし、成功するに違いない。
私自身を捨てたが、私の肉体はそこにある。
以前までの傲慢な私ではなく、生まれ変わった私のことを愛してくれるはず。
さて、そうなれば会うタイミングが重要だ。
学科が違うので、講義では会わない。
探しだして声をかけるのは、流石にやりすぎ?
だったら。
文芸サークルに行こう。
恐らく、アキラは明日も文芸サークルに行くだろう。
他の人に心配をかけたくないタイプだし、それに……
……好きな人がいるんだもの。
そこで私はまた心が乱れるのを抑えて、あまり眠れないまま無理矢理にベッドに入った。
アキラ。本当に言ってるの?
アキラ。ねえ。アキラ。
ねえ。ねえ。ねえ。
いつしか目は閉じられていた。
「あなたが、コヨミさん?」
私は驚いた。
同時に、様々な想念が入り混じって胸が張り裂けそうになった。
決して、夢ではない。
現実に居た。
居たのだ。
アキラと一緒になって、こちらをまじまじと見つめる瞳があったのだ。
私は震える声で聞いた。
「アキラ、その人って……」
「な、何で居るんだよ。こんな時に」
「それ、どういう意味」
「別に何でもない。休むんじゃなかったのか」
「元気になったから来たの。なにか不味かった?」
「いや。何でもないよ」
「アキラの反応を見るに、この子がやっぱりコヨミさんなのね」
「ア、アカリ……」
「初めまして。私、アキラの双子の姉のアカリって言うの。よろしくね」
私は内心の動揺を隠しきれず、やはり微かに震える声で挨拶をした。
経緯はごく簡単だった。
予定通り、講義を終えて一直線に文芸サークルへ足を向かわせたのだ。
キャンパスを悠々と歩き、目的の建物に入る。
廊下を折れて、天へと昇りゆく案内所へ乗り込む。
3Fのボタンを押し、これからアキラと会える喜びにため息が漏れた。
まるで、ノアの方舟に乗せられたような気分だ。
私の幸福なため息は、1人だけの空間にたっぷりと満ちた。
充満する幸福は、鉄扉が開くと放出されていった。
そして、また短い廊下を歩く。
そこで、教室へと入るドアが見えた。
私は、アキラへの期待を胸に扉を開いた。
「よろしく、お願いします」
こうして、ばったりと遭遇したわけだ。
遭遇するだけならまだよかった。
だが、どうしても我慢ならないことが一つ。
アキラは楽しそうに傍らの女と笑って話し合っていたのだ。
なぜ。あの女が。
私は猛烈な嫉妬に震えて、握りしめる手は爪が食い込んだ。
手はみるみるうちに鬱血し、色素は不健康に紫色を描き出す。
アキラはもう、私のものなんだ。
……私のアキラなんだ。
なのにどうして、あの女が!!
「コヨミさん、あなたとアキラってどういう関係なの」
「お、おいアカリ」
「なに?」
「もう、あの話はいいだろう」
「確認したいだけよ。それで、コヨミさんはどう考えてる?」
冷淡な声で問い詰める。
「私は文芸サークルの副部長で、アキラとは別になんともないです」
「そうなの? まあ、いいわ」
「あ、あのう、何かあったんですか」
「そのことなんだけどね」
「アカリもういいだろって」
アキラが割り込む。
居心地が悪そうに頭をかきむしっている。
ああ、その仕草もアキラなら美しい。
凍りついていた気持ちも、アキラがそこにいるだけで溶かされていくようだ。
しかし、気を取り直して事態に目を向ける。
「あの、良ければお話しを伺いたいんですが……」
「コヨミ。何言ってんだよ」
「き、気になるから……」
「いいわよ」
自信たっぷりに言う。
私とアキラの関係を壊すように、この女は抜け抜けと舐めた態度を取る。
人の問題に簡単に入ってきやがって。
私は必死に怒りを抑える。
「私、アキラとは確かに姉弟関係よ」
「それが‥‥何か?」
「でもね。あなたは勘違いしてるわ。
「勘違い?」
「ええ、そうね。姉弟は姉弟でも、私とアキラは特別なの」
「アカリ!!」
アキラの絶叫。
部内に居た他のメンバーの視線も、一挙に重い波に変わって打ち付けてくる。
その空気の質量の荷重に耐え切れなくなった心の帆船は、たちまち荒波に飲まれる。
このままでは、難破だ。溺れる。
溺れてしまう、狂気と殺意の深海に……。
私は立ちくらみを覚えてよろけた。
扉にもたれかかる。
アキラが非難する声。
その非難はなに? 非難に込められた感情ってなに?
明らかに、彼女に好意があることを示しているではないか。
否定が肯定を示すことの残酷さ。
言の葉の、綾。
アキラは慌てて2人を外へ押し出した。
会話を聞かれたくないのだろう。
「とにかく、2人とも落ち着け」
「おかしなことをいうわね」
「はぁ?」
「私はまったくもって冷静よ。事実を述べたまでなのに、何を言っているのかしら。落ち着くのはあなたよ。アキラ」
「もう、いいです」
「え、なに? コヨミさん」
アキラに文句を言っているところに割り込む。
何様なのだ。この女。
「アカリさんとアキラの関係は、何となくわかっていました。それは学内でも有名なことですし」
「コヨミ。そんなわけないだろ」
小声でアキラが諌める。
「でも、なんでわざわざ部室までいらっしゃったのですか」
「あら、悪いかしら」
「いえ、しかし私に対して……そのう、なんというか敵視、しているような態度ですから」
「ふふ。敵視だなんて、そんなわけないわ。まあ、それでも”報告” しておかないとかわいそうだと思ってね」
「ほ、報告って。何をですか」
「この前、アキラと喧嘩しちゃってさ。でも、私とアキラは”復縁” したの。知っていたかしら」
「な、何を」
「だから、アキラといい仲になったと勘違いしたあなたが、その隙を狙って誑かさないように言っておこうと思ってね」
「復縁って……」
「そう。あの後話し合って、正式に恋人としてお付き合いすることになったのよ」
「アカリ。何言ってんだ。そんなことは」
「なによ。事実じゃない」
言葉が漏れる。
「私とアキラの関係を、邪魔しないでください」
「は?」
聞き捨てならなかった。
はっきりと言った。
確かに。
私の耳は記憶している。
なのに、怒りが収まらない。
アキラの反応が真実を語っていたからだ。
だから、私は絶望した。
「関係? それどういうこと」
「おい、コヨミ。何言ってんだ、関係なんてないだろ。場をかき回すようなことは……」
「なんで? アキラ。なんでなの!?」
私は走りだす。
ああ、以前の私もこうして走り出していたっけ。
でも、今の方が苦しい。
それはそうだ。
私のアキラが……本当に盗られたんだから。