テラーノベル
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「……じゃあな」と言って店を出て行った遥の背中を、私はただ呆然と見送ることしかできなかった。あんなに冷たく、突き放すような遥の声を聞いたのは初めてで、胸の奥がざわざわと波立つ。
「……紗南ちゃん? どうしたの、そんなに暗い顔して」
凌先輩が、心配そうに私の顔を覗き込んだ。その瞳はどこまでも優しく、濁り一つない。
「あ、いえ……なんでもないです。……遥、あんなに急いで帰らなくてもいいのにって思って」
「はは、あいつはああいう奴だよ。せっかくのパンケーキ、冷めちゃう前に食べようか」
先輩は器用にナイフを使い、私の分まで切り分けてくれた。
いつもなら、この「特別扱い」に胸が躍るはずだった。でも、口に運んだパンケーキの味は、なぜかほとんど分からなかった。
「……ねえ、紗南ちゃん。僕はね、今日君を誘えて本当に良かったと思ってるんだ」
先輩がふいに真剣なトーンで話し出す。私の心臓が、期待と不安で小さく跳ねる。
「これからも、こうして二人で過ごす時間を作れたらいいなって。君は、僕にとってすごく『特別』な存在だから」
――特別。
その言葉に、私は救われたような気持ちになった。でも、それが「一人の女の子」としての意味なのか、「隣の家の妹」としての意味なのか、今の私には聞き返す勇気がなかった。
店を出ると、外はどんよりとした雲が広がり、ポツリ、と雨が降り始めていた。
この日の「違和感」が、数日後のあの雨の中での出来事へと繋がっていくなんて、私はまだ想像もしていなかった。
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