気付けば終業時間を迎え、残業もなく帰宅をする。
今日の夕ご飯は何がいいかな……。
あんなにメニューを考えるのが苦痛だったのに、今はワクワクする。
「美味しい」って感じてもらえるような物を作りたいって気持ちもプラスに捉えることができる。
優人と居た時間よりも、蒼さん(椿さん)と居る時間の方が遥かに短いのに、どうしてだろう?
借りているカギでオートロックを開け、エレベーターに乗り、部屋の鍵を開ける。
もう、蒼さんは出かけているよね。
とりあえず手を洗い、うがいをして、自分の借りている部屋へ行き、荷物を置こうとした。
ドアを開ける。
すると――。
「えっ、布団がある!」
蒼さんが買ってくれたんだろう。布団が置いてあった。
慌てて携帯を確認する。
すると蒼さんからメッセージが届いていた。
<お疲れ様。ごめん、布団を置くために桜の部屋に勝手に入った。ベッドも一応見に行ったんだけど、女の子ってどんなベッドが良いのかわからなくて。今度、桜と一緒に見に行きたい。無かったらネットで注文しても良いし。明日か明後日、どっちか時間ちょうだい?>
ベッドなんて高いし、買ってもらえるような働きを私はしていない。
布団も申し訳ないくらいなのに……。
蒼さんに返信をする。
<お疲れ様です。今帰って来ました。布団、ありがとうございます。ベッドは大丈夫ですよ!?ベッドじゃなくても寝れるので!お気遣いありがとうございます>
すぐ返信が来て
<わかった。帰ったら話そう?ベッドの件はおいといて、とりあえず、明日か明後日、時間空けておいてもらえたら嬉しい>
明日と明後日は土日なので、私はお休みだ。
蒼さんはいつ休みなんだろう。不定期って言ってた気がするけれど。
<わかりました!私はどちらも予定がないので、蒼さんの都合の良い方で大丈夫です>
そう返信をした。
着替えて夕食の準備をしようとしていた時に、蒼さんから返信が来ていた。
<了解。ありがとう。日曜日、お昼くらいから夜まで時間空けといてくれると助かります>
夜まで……?
蒼さん、お仕事じゃないのかな。
<わかりました。お仕事頑張ってください!>
昼から夜まで……。
何をするんだろう。買い物にしては長すぎるよね?
帰ってきたら蒼さんに直接聞こうかな。
エプロンをして、キッチンに立ち、私は夕ご飯の支度を始めた。
その日の夜十二時すぎ――。
<ガチャ>
玄関が開く音がした。
部屋に居た私は急ぎ足で蒼さん(今は椿さんだけど)を迎えに行く。
「おかえりなさい!」
私が声をかけると
「ただいま。眠くない?大丈夫?」
微笑みながら心配をしてくれた。
はぁぁぁぁぁ!
椿さん、やっぱり綺麗だな。
「大丈夫です。あの、布団、ありがとうございました!必ずお金はお返ししますので」
「いいの。そんなこと。先にシャワー浴びて来ちゃうわ。明日はお休みなのよね?眠たかったら寝ていいから。明日ゆっくり話しましょう」
私に気を遣ってくれているのかな。
でもいろいろ聞きたいこともあるし……。
「あの、お話したいので起きててもいいですか?」
「いいけど。無理しないでね?」
フッと笑って、椿さんはバスルームへ向かった。
あぁ、なんてセクシーなんだろう。ドキドキしちゃう。
すぐ食べられるように、夕ご飯の準備をする。
待っている間、眠くならないようにテレビを付けた。
深夜だからドラマもなんかラブラブしてるものが多いな……。
私も最初は優人とあんな感じだったのかな。
今、彼の顔を思い出すと怒りと憎しみしか感じない。
身体の関係だっていつの間にかなくなっていた。
優人が初めての人だったけれど、漫画みたいに気持ち良いってならないし、正直、痛みしか感じなかった。
昔、遥さんに一度相談した時に「相手が下手なのよ」というアドバイスをもらったが、比較対象がいないから今でもエッチの良さがわからない。
ドラマをぼーと見ていると、ラブシーンに入った。
女の人が喘ぎ声を出しながら、何かを言っている。
女優さんってすごいな。表情とかちゃんと気持ち良さそうに演技するんだもん。
私もいつかまた好きな人、できるのかな。
いや、好きな人ができても、私みたいなポンコツを大切にしてくれる人なんて現われないだろう。
でも椿さんに「自分をそんなに卑下しないの」って言われた。
そんなことないって自分を認めてくれる人がいて救われた。努力しなきゃ。容姿だって中身だって、誰かに好きになってもらえるように。
優人みたいな人じゃなくて、今度はちゃんとした恋愛がしたい。
「桜?」
自分の世界に入っていたらシャワーが終わり、リビングへ戻って来た蒼さんに気付かなかった。
「はっ!ごめんなさい。ぼーとしちゃって」
慌ててキッチンへ向かおうとすると、テレビから激しい息遣いが聞こえてきた。
あぁぁぁ!!蒼さんにこんなの真剣に見てたって思われたら恥ずかしい。私は急いでテレビを消した。
「あのっ、これは違うんです!たまたまテレビをつけたらドラマがやってて!私、あんな風に感じたことないから、本当にあんなに気持ち良いのかなって思って!!女優さんって演技がすごいなって思って!それで……」
あっ、また暴走をしてしまった。何を暴露してしまったんだろう。恥ずかしい。そんなこと、蒼さんは興味なんて無いのに。
バカみたい。絶対引かれてしまった。
真っ赤になった顔を押さえていると
「大丈夫だから。落ち着いて?そんなに慌てるなよ」
近くに来て笑いながら頭をポンポンと優しく叩いてくれる。
「ごめんなさい」
恥ずかしさで泣きそう。
「謝ることじゃないだろ?ご飯、食べていい?」
あっ、そうだ。ご飯!
「はい、今温めます」
キッチンへ再度向かい、蒼さんのご飯を温める。
今日は、おろしハンバーグにサラダ、お味噌汁。
テーブルに料理を並べると
「すげー。美味そう。いただきます」
と言って一口パクっと食べてくれた。
口に合うかな、本人が目の前にいると少し緊張する。
様子を伺っていると「うまっ!」蒼さんが子どもみたいに笑ってくれた。
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