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「先生、大変です!」
「どうしたね、小林君?」
「ついに、我が探偵事務所の電気が止められそうなんです……」
「なんだ、そんなことか。それなら小林君、倉庫からランプを持ってきたまえ。むしろそっちの方が、雰囲気が出ていい」
「そういうことではないと思います……」
「なに、このビルは私が遺産で受け継いだものだ。電気が止められても、追い出される心配はないから安心したまえ」
「だから、そもそも電気が止められないようにしましょうよ! そもそも、先生がいけないんですよ!」
「なぜかね、小林君?」
「先生が仕事の選り好みをして、やれ浮気調査はつまらないとか、家出人は探してもしょうがないとか言って仕事を断るからじゃないですか!」
「しかし、つまらないのは事実じゃないか?」
「そういうことじゃないんです! ああもう、僕の同級生なんかはもう結婚して子供までいるっていうのに……」
「嫌ならいつでも出て行きたまえ、小林君。そもそも私は、君を助手に雇った覚えはないのだよ。それなのに君が勝手に……」
「ああ、でも、子どもがいたらいたで大変だなぁって、この前友人の話を聞いて思ったんですよ」
「まったく話を聞かないね、君は。……しかし、どうしてそう思ったんだね?」
「ええ、これは、友人の、そのまた友人の身に起こった出来事なんですけどね……」
その友人の友人、仮にAさんとしておきます。Aさんは離婚したのか、死に別れたのか、そこは詳しく聞きませんでしたが、とにかく奥さんがおらず、小学校に入る前の娘さんだけがいたそうです。それで、ある日、Aさんは娘さんと遊園地に行ったんですね。
それで、遊園地の入口には看板があって、「楽しんでね」と書かれていたそうです。まだ字が読めるようになったばかりの娘さんは、まじまじとその看板をみていたそうなんですね。
その後遊園地のいろんな乗り物に乗ったのですが、どうにも娘さんはそわそわして楽しんでいる様子がなかったそうです。そこでAさんは、せっかく遊園地に来たんだから入り口に書いてあるようにしないと駄目だぞ、と言ったそうなんですが、そうすると娘さんがやたら暗い顔になった。
体調でも悪いのかと思って、Aさんはその日早めに切り上げて帰ったそうです。
けれど、その晩、娘さんは自殺してしまったそうです。
「ほう」
「先生、なぜだかわかりますか? 娘さんはまだ字が読めるようになったばかりだった、だから漢字が……」
「小林君、もしその女の子が、字を習ったばかりで漢字が読めず、『楽しんでね』を『しんでね』、つまり『死んでね』と読んで自殺したと考えているなら……」
と、先生は一呼吸を置き、
「それは間違っているよ」
といった。
「えっ、なぜですか?」
「小林君、子どもが字を読めるようになるのは何歳くらいだと思う?」
「ええっと……」
「だいたい、4歳くらいから字を読んだり書いたりできるようになるそうだ。もちろん個人差はあるけれどね。その話の少女は、「楽」の字が読めなかった。これは小学校2年生で習う漢字だ。すると、その女の子は4歳から8歳といったところだろう。ところで小林君、自殺の最年少は何歳か、知っているか?」
「知りません……」
「9歳の子が、宿題が出来ていないのを苦にして自殺したのが最年少だとされている。もちろん、記録に残っていない、もっと若い自殺者もいるだろう。だが、そもそも子どもが死の概念を理解できるようになるのが4歳から7歳くらいにかけて、大人に近い意味で理解できるようになるのは9歳くらいからだと言われている。死を理解していない子どもが死んでも、それは自殺なのか、事故なのか、判断がつかないだろう。だからまあ、9歳より前の子どもが死んでも、自殺とは認めにくいわけだ。以上のことから、その女の子は自殺するには早すぎるんだ」
「それじゃあ、この話はいったい……」
「まあおそらく、その話をしたAさんは……」
一呼吸おいて先生は言った。
「その娘さんが、自殺したということにしたいのだろうね」
「!!」
「理由は分らない。育てるのが苦になったとか、再婚するのに邪魔になったとか。まあいずれにせよ、子どもを殺すのに十分な理由など存在しないだろう。小林君、君は友人と直ぐに警察に行って、そのAさんの身柄を確保すべきだね」
「わかりました! ……しかし、先生」
「なんだね?」
「依頼もないのに事件を解決してしまっては、今回も報酬が入りませんね……」
(終り)