「まさか、葵と一緒にデートをする日がやって来るなんてなあ」
日曜日の午前12時。雲ひとつない青空の下、駅前にある天使の小さなブロンズ像の前で葵を待った。それだけで、僕は自然と顔が綻んだ。
正直なところ、僕は諦めていた。
デートに誘ったところで、ネガティブ思考で性格も暗い僕なんかがオーケーしてもらえるはずなんてないと。そんなもの、ただの夢物語だと。ずっと、ずっと、そう思っていた。
でも、それが現実になった。
まるで夢の中にいるみたいだ。
できることなら、このまま覚めたくない。 ずっと夢の中の住人でいたい。
そんなことを、一人願った。
「葵、楽しんでくれるか――な?」
「だーれだー」
突然視界が真っ暗になったので少し驚いたけど、甘い蜜のようにとろける声を聞いて安心した。こんな声の持ち主なんて、僕は他に知らない。
「葵、遅かったじゃ――」
僕がその女の子の名前を出すと、目隠していた両手を離してくれたので、後方にいる人物――陽向葵の姿を見たわけだけど。
その瞬間。
僕は完全に見惚れてしまった。
彼女の澄み切った心の中を表しているかのような真っ白なワンピースを纏った葵の姿に。
それを見て、僕の心は根こそぎ奪われた。夏の暑さも忘れてしまう程に。
「おっはよー、憂くん!」
「お、おはよう葵」
なんとか挨拶の返事はできたけど、心ここにあらず。葵のあまりの美しさに。
そして葵は、照れくさそうにしてモジモジして、僕に感想を求めてきた。
「ど、どうかな、このワンピース。似合ってる、かな?」
「う、うん。すっごく似合ってるよ」
「そ、それだけ……?」
「う、ううん。違う。あまりに可愛くてさ。上手く言葉にできないんだ。語彙力ないね、僕。でも、とにかく可愛いくて」
僕のそれを聞いて、葵は頬を朱に染めた。
「あ、ありがとう。お世辞でも、すっごく嬉しい」
「お、お世辞なんかじゃないよ。そんなこと、言ったことないでしょ、僕。素直な気持ちでそう思ったんだ」
葵はより真っ赤になった顔を見られるのが恥ずかしいのか、少しだけ下を向いた。
「一生懸命、選んでよかった。どうしても、憂くんに可愛いって言ってもらいたかったから――」
「も、もしかして。今日のために新しいやつを買いに行ったの?」
ふるふると、葵は顔を横に張った。
「今日のためって言うよりも……憂くんのため、かな。憂くんに喜んでほしかったの。だから今、とにかく嬉しくて」
真っ直ぐで、ありのままの心の内を言葉にしてくれた葵。そんな彼女に、僕は『二度目惚れ』をしてしまった。そんな言葉なんてないのは知っている。でも、その表現が今の僕にピタリと合うんだ。
すでに僕にとって想い人の葵に対して、改めて惚れ直した。そんな感じがしたんだ。
だから、『二度目惚れ』。
「じゃ、じゃあさ。そろそろ行こっか。私、憂くんと一緒にお祭りに行くの久し振りだから、楽しみにしてたんだ」
「そ、そうだね。ほんと久し振り」
そう。僕達はこれから、電車でふたつ先の駅の先にある夏祭りに行くんだ。葵がどうしても打ち上げ花火を見たいって言ったから。
「憂くんも浴衣でも着てくれば良かったのに」
「僕はそんな柄じゃないし。それに、葵だってワンピースじゃん。だから余計に、着てこなくて良かったよ。僕だけ浴衣姿っていうのもちょっと変だし」
「あ。確かにそうかも。じゃあじゃあ憂くん? もう縁日も始まってるし、行こう! 私、屋台大好きなの。なんかさあ、お祭りの屋台で売ってるお好み焼きとか焼きそばって、いつもよりも美味しく感じない?」
「あー、分かる。何でだろうね? ちょっと不思議」
不思議と言いながらも、僕はひとつだけ知ってる。別にお祭りの屋台じゃなくても、葵と一緒だったら、僕はなんでも美味しく感じることを。
だって、『恋』という名の調味料がそれらの食べ物に変化を加えてくれるから。
『第15話 幼馴染との初めてのデート【1】』
終わり







